「とりあえず、これ飲めよ」
「ありがとうございます……」
赤い髪のウェイターさんを加えて、彼らは三人で戻ってきた。
赤い髪の彼から渡された器を受け取ると、スープのいい香りが鼻をついた。透明なコンソメスープには細かく刻まれた玉ねぎが入っている。
スプーンですくって口に運ぶ。久しぶりの水以外の味に舌がびりびりと刺激された。小さな玉ねぎを咀嚼して飲み込むと、温かいものが胃へ落ちる感覚があった。
「おいしい……」
ぽつりと声が漏れた。少し微笑んだデントさんが、パンが乗ったお皿をテーブルへ置いた。
「これはよく噛んで食べてね。じゃないと、縮んでる胃が受け付けないから」
「あ……、はい」
スープを半分ほど飲んだところで、私はふんわりと柔らかいパンをちぎった。
「では本題に戻りましょうか」
「はい、すみません……」
突然に与えられた食事を食べ終えた後、再びピリッとした空気に戻った。腕組みをしたコーンさんと向かい合うと、なんだかもう顔すらも上げられない。
デントさんと、もう一人の赤い髪の人はひっくり返ったテーブルを戻したり、割れた皿やガラスの破片の片づけを始めている。
「あなたがいかに貧乏かはよくわかりました」
「すみません……」
「業務妨害で警察に突き出してもいいですが」
「いっ……!?」
「警察沙汰にして事を大きくすると、店の評判にも関わるかもしれませんからそれは見逃しましょう」
手錠を掛けられてパトカーに乗せられる姿が想像できてしまった瞬間、人生終わったと思ったものの、なんとかそれは避けられたらしい。
しかしながら私に同情したから、という理由ではないので私のしたことが見逃されたわけではない。
「必然的に弁償してもらうことになります、貧乏トレーナーさん」
今度は浮浪者と呼ばれなかったな、と現実逃避してどうでもいいところへ思考を働かせる。
食事を摂らせてもらい且つ浮浪者と呼ばれたら、それこそ本物の浮浪者のようで嫌だ。貧乏トレーナーのほうが何倍もましである。しかし、弁償という言葉が重くのしかかる。
「お、おいくらでしょう……?」
「デント、ポッド、被害総額はいくらになりそうですか?」
コーンさんは片付けをしていた二人に視線を移した。
あっちの赤い髪の人はポッドさんか。デントさんではないほう、という消去法で彼の名前を認識する。
ポッドさんが破片を拾って新聞紙に包んでいる傍で、デントさんが電卓を叩いている。どの皿が割れたかなどをチェックしているらしい。
片付け役、計算役、取り調べ役が見事に連携している。三人とも、ただ作業していたわけではないことに妙な感心を覚えた。
そう思ったのも束の間で「あちゃ~、これも割れてたか」というポッドさんの声にガツンと大ダメージを受ける。
「あそこの窓ガラスに、割れた皿の枚数とその品質を考慮して……だめになった料理の分に、お客様へのお詫びに出したおみやげ品、テーブルクロスのクリーニング代、あとは……テーブルが倒れた時にできたんだろうけどフロアのここがへこんだね。けっこう目立つから修繕が必要だと思うけど、これはどうする?」
「それも入れてください」
次々とデントさんの口から流れる被害の羅列に何の呪文かと思った。問いかけに即答したコーンさんにデントさんは苦笑しながら電卓を叩く。
「最後に、今日の営業時間短縮による売り上げの低さも入っちゃうかな」
「そこまで入れるかぁ?」
「入れてください。二人ともなに日和ってるんですか」
デントさんやポッドさんの言葉には、本当はここまでしたくないけど……というような雰囲気があった。
私もポケモンたちも決して故意でやったわけではないことや、ひもじい思いをしていたエモンガやシママを見て同情の余地があると思ったのかもしれない。しかしながらコーンさんはすっぱりとそれを切った。その反応が妥当だとわかっているけど、それでもやはりつらい。
デントさんが近寄ってきて電卓をこちらに見せた。
「こんなところかな」
「当然ですね」
「……」
金額を見て納得するコーンさんと、反対に絶句する私。なんだ、この金額。
どうやらお皿は特注で作っているものであり、料理の食材も質にこだわっているのでそれが大半を占めているらしい。
もうひとつの大きな要因は、この事故ともいえる被害によって通常の閉店時間よりも早く店じまいしたことだろう。
私は完全に追い詰められた。
こんな金額、お財布にはもちろんのこと、銀行の口座にすらない。そもそも口座の金額だって久しく動いていない。
「たぶん、今の君じゃ払えないよね?」
「……はい」
「八日も何も食わずに生活してたんだから、そりゃそうだよな」
だからってそれが理由で許されるわけもないことはわかっている。意図したことではなかったといえ、この現状に罪の意識は芽生えるのだ。
「でも、さすがにこの金額だと許容範囲を超えてるから見逃すわけにはいかないんだ。ごめんね」
「いや、加害者は私ですから……」
コーンさんの威圧感に充てられていた私には、デントさんの言葉はものすごく温かいものに感じられた。あなたは神ですか。
「なら、どうするかは決定ですね」
「まぁな」
ポッドさんの相づちにコーンさんは椅子から立ち上がり、私を見下ろす。陰影が非常に怖い。あなたは魔王ですか。
「この金額分、きっちりと働いて返してもらいましょう?」
「りょ、了解で、す……」
声が引きつった。
私には拒否する権利などない。あるのは、この人の決定に逆らわず受け入れる義務だけだった。
受動的エレジー
───悲歌