I miss you to death.

光が見え始めて、わたしは波導の力を抑えた。同時に、目も開ける。

出た先は、巨大な結晶根に溢れていた。
ロータの地に結晶根があるのは、はじまりの樹の影響が強いのもしれないと今さらながら思う。

 

「ミュー?」
「……あ、ミュウ!」
「ミューッ、ミュミュー!」

 

声のしたほうを見上げると、過去に一度見たきりのミュウの姿があった。
こちらへ飛んできたミュウは、はしゃいだようにわたしの周りを飛び回る。いつの日だったか、城でわたしに会ったことを覚えていたのだろうか。

 

「そういえば、あの時のラプラスのオルゴールは、大事にしてくれてる?」
「ミュー!」

 

あのメロディ、久しぶりに聞いてみたくなる。
手を伸ばして頬を触ると、肯定するようにミュウは笑う。ウインディにも友好的に挨拶をしてくれた。
そうだ、訊いてみよう。ミュウなら、きっと知っている。

 

「……ミュウ」
「ミュ?」
「以前、男性が一人ここへ来たはずなの。その人が向かった場所を、教えて欲しい」

 

あの方はここへ来たはずだ。
ミュウはしばらく黙っていたが、わたしを見て目を細めると背を向けて先へ飛んだ。

 

「ミュー」

 

頷いたミュウに付いて行こうとすると、視界が大きく揺れた。

 

「……ぁ、……っ!」

 

とっさに手を付いたが、足の踏ん張りが利かず情けなく前へ倒れる。ウインディが慌てて駆け寄り、乗るように促すがそれを手で制した。

 

「大丈夫……」

 

胸の真ん中を掴んで、足に力を入れる。……もう少しだけ、動け。
わたしが追い付くのを待ってからミュウは奥の通路へと入った。少し進んでは振り返り、わたしを待っている。

しばらく歩き、ミュウへ追い付きながら通路を抜けた先で、わたしは目を見張った。
辺り一面が青や緑に輝く場所だった。中央にある巨大な結晶からは強い生命の力を感じる。わたしの後ろから来たウインディも、魅入られたように全体を見回している。

 

「綺麗な所……」

 

仮に、ここがその名のとおり世界のはじまりだというならば、充分に納得できる。
見回すようにゆっくり視線を動かした先で、見覚えのある物が目に入った。声が出ない。体を襲う倦怠感も、高熱もそれに伴う苦しさも、一瞬全てを忘れてそれへ駆けた。
見間違えたりしない。忘れたりもしない。

結晶に引っ掛けられていたのは青いグローブだった。心臓の鼓動が速くなる。
吸い寄せられるように、目の前にある結晶の塊へ目を向ける。──まさか。
その結晶へ手を触れた。結晶根を使うときのように波導を手に集中させて、息を呑む。ああ……、やはり。

 

「……見つけました」

 

まるで、かつて修行という名のかくれんぼで、この方を見つけた時のようだ。
ここにいらっしゃったのですね、

 

「……アーロン様」

 

結晶に覆われていたのは、他でもないあの方だった。やはり、はじまりの樹へ来ていた。

結晶に覆われたアーロン様から目を移すと、花を一つ見つけた。
あれは、時間の花だ。波導を扱える者に時の奇跡を見せてくれるということを、かつてアーロン様から教わった。
何か、時の奇跡が見えはしないだろうか。歩み寄ってそっと花へ触れる。

 

『出てきてくれ、ミュウ!』
「……これは、」
「グル……!?」

 

花が開くと、その空間にアーロン様が現れた。
ああ、きっとこれは、あの日の出来事なのだ。

鳴き声が響いて上を見上げると不思議な鳥がいた。その鳥はミュウへと姿を変え、ミュウはアーロン様の元へと飛んで行く。

 

『ミュウ、お前がこの樹と一つだということはわかっている。……頼む、お前の力を貸してくれ』

 

頷いたミュウへアーロン様は手をかざす。
そしてアーロン様の姿と声に、目を閉じたくなる。耳を塞ぎたくなる。

波導は我にあり。
なんて悲しいことなのだろう。わたしも教わったこの教えが、この方の終焉への始まりになるなど。
解放された波導はミュウへと流れ込んでいき、その光が弾けたと同時に、時間の花の花弁が閉じた。

 

「ミュー」
「ミュウが、協力してくれたんだね……」

 

あの日、はじまりの樹から溢れた大きな力の根源だ。
あれはアーロン様の波導をミュウが受け取り、増幅させたものだったのだろう。それが樹を介して大地に伝わり、あの戦争を止めた。

再びアーロン様の傍へ行き、結晶へ額を当てた。
波導は感じられる。波導は全てのものが持つ固有の振動だ。たとえ命が尽きていようとも、肉体という物質に波導は存在し続けている。

会いたかった。この方に。
だが、再会の全てが感動的であるとは限らない。

 

「……あ」

 

その傍にもう一つ時間の花があった。迷わず手を触れた。
きっと何かの奇跡があるはず。見ておきたい。アーロン様が遺したもの、全て。

花に触れると、再び空間に映し出されたアーロン様はグローブを外して苦しげに座り込んだ。私の目の前にいる姿がとても痛々しい。

 

『ルカリオ……すまなかった』

 

心臓が鷲掴みされたようだった。
ルカリオを封印した理由も、彼が大切であればこそで。

 

『無益な戦いと命を引き替えにするのは……私一人で、充分だ』
「そんなわけ……っ、そんなわけがありません!」

 

答えが返ってくるわけがないとわかっていても、言わずにはいられなかった。

なぜ、あなたは、勝手に自らの命を懸けたのですか。
なぜ、その命を尊いと思う者がいるとわからないのですか。

 

「嫌いです。大嫌いです……」

 

たった一人で大き過ぎるものを引き受け、たった独りで死を受け入れた。そんなあなたなど、大嫌いです。

アーロン様の手に自分のを重ねる。当たり前だが、わたしの手は何にも触れずアーロン様の手をすり抜けた。
時間の花によってここに映されているものは幻影にも近いもので、実際のアーロン様はこうして結晶に覆われてしまっている。

わたしもアーロン様も、間違いなく今ここにいるというのに。この人は、なんて遠いのだろう。

 

『ルカリオ、できることなら、もう一度…もう一度お前に会いたい……、……──』
「……ぁ、……っ!」

 

花弁が閉じて、奇跡は終わりを告げた。
唇を噛む。アーロン様があの日にしたことを、なぜ封印をしたのかということを、彼ら師弟に起こった真実を、──最後に紡がれた言葉を、ルカリオに届けたかった。
でも、わたしにそれはできない。そのための時間が、わたしには足りな過ぎるのだ。

 

「ガウ……!」
「ミュー……?」

 

ウインディとミュウがわたしの傍へ寄り添った。
アーロン様へ重ねていた手を見て、再び自覚した。出血斑が広がったのか、指先や掌が黒くなっている。

 

「ミュウ、……お願いしたいことがあるの」
「ミュー?」

 

ミュウはウインディやルカリオと同様、人とは違う生き物だ。だが、ミュウの不思議な力は群を抜いているのだと思う。
これから先もずっとミュウがこの樹と生き続けるのなら、

 

「もし……もしもルカリオがはじまりの樹へ来るようなことがあったら、ここへ連れてきてあげて」

 

いつか彼が解放されたなら、疑いを晴らさなければルカリオもアーロン様も報われない。

 

「ミュッ」
「……ありがとう」

 

頷いてくれたミュウに安堵し、座り込んで大きく息を吐いた。体が、怠くて痛くてしょうがない。心臓が苦しい。

ウインディが胸に頭を押し付けてきた。
いつものように頭を撫でて、できる限り力を込めて抱きしめる。
頭がぼんやりするし、息も苦しい。ウインディを撫でる手は、自分の手ではないみたいだ。

 

「ウインディ、」

 

名前を呼んだ。決して望んでなどいないけれど、これが最後だ。

 

「離れて」

 

ウインディはそれに従おうとはしなかったが、黒くなった手で押し退ける。
空いている手で、首から銀朱の布を外して剣を抜いた。それを首へ当てる。大きく腫れた首筋は我ながら、なかなかどうして気持ち悪いものだ。

彼には酷なことをしてしまう。だが、どうするかは自分で選びたい。
ウインディは口を噛み締めているようだった。
ごめんなさい、ウインディ。最後になってひどい主人で、ごめんなさい。
しかし、ごめんと口には出さない。彼は謝罪を望んではいない。

少しだけ手が震える。
アーロン様や女王様、いや、リーン様を失うことほど怖いことなどなかった。でもあの日、わたしはアーロン様のことを失ってしまった。自分にとって最も恐怖であることを、既に経験してしまった。

だから、もう怖いものなどないはずなのに。
……嘘だ。わたしはきっと、本当は怖いのだ。そうでなければこんなに手が震えるものか。

 

「……っ、けほっ」

 

咳とともに涙がこぼれ出た。泣くつもりなど毛頭ないのに。泣きたくなどないのに。

本当は、もっと。
もっともっともっともっともっと。

生きていたかった。
あの城で生きていたかった。
リーン様と生きていたかった。
ウインディとルカリオと生きていたかった。
アーロン様、あなたと生きていたかった。

 

「……けほっ、ぅ、ぉえ……っ!」

 

何かが這い上がってくるような嘔吐感に襲われる。
とっさに手で口を押さえるが、意味を成さなかった。口から流れ出たそれは指の間を通り、ぼたぼたと地面に落ちる。
こんなにも綺麗な場所なのに、不穏な赤で汚してしまった。

 

「ガウッ!」
「来るな!」
「ッ……!」

 

黒い手を上書きするように塗られた赤は、なんて醜悪なのだろう。
口を拭い、剣を持ち直した。手がべたべたであることももはや関係ない。
せめてと思い、ウインディとミュウに笑いかけて、目を閉じる。

アーロン様、あなたは、できることならルカリオにもう一度会いたいとおっしゃっていましたが、わたしにはそう思ってくださったのでしょうか?

 

(わたしは、あなたに会いたくて死にそうな程でした)

ですが、わたしの行く末を左右するのはあなたではありません。病でもありません。
わたしのことはわたしが決めます。誰かに何かを言われることではありません。

──そういえば、かつてアーロン様に似たようなことを言ったことがありましたね。