complex emotions

ライク・ツーのことが好き。

そう言ったら、ライク・ツーは驚いた顔をした。さすがに彼を驚かせるくらいのことはできたらしい。
けれどその表情はすぐに消え去った。私を見る二色の美しい瞳は鋭く細められる。怪訝と、嫌悪の意味が込められているように見えた。

 

「何言ってんだお前」
「……別に、変なことは言ってないよ」

 

予想していた反応だったから、私は特別驚きはしなかった。ライク・ツーのことだから、そういう反応をするだろうと思っていた。

手入れをしていた彼の本体のパーツを、一つ一つ元に戻していく。
ライク・ツー本体の手入れに関わることができて、彼自身とふたりでいられるこの時間が、私はとても好きだった。
ライク・ツーとふたりで過ごせる時間が嬉しかった。この時間だけは彼を独占していられることが嬉しかった。私とだけの時間をライク・ツーが許してくれることが嬉しかった。

でも途中から、マスターとしての純粋な気遣いではなく、恋という名の下心のほうが勝っていることに気が付いた。
私はライク・ツーを気遣って手入れに訪れているのではなく、彼に会う時間が欲しいから彼の部屋を訪れている。それに気付いた時は、一人で勝手に愕然とした。

言わないほうがよかったかもしれない。しかしきっと、自分の抱える気持ちは際限を知らない。
そう思った私は愚かでずるいから、言うことにした。ライク・ツーに気持ちを伝えることにした。

 

「誰かを好きになるのって、普通のことだよ」

 

ライク・ツーからの怪訝な表情と声を理解していても、素知らぬ顔でそんな言葉を続けた。

UL85A2のパーツを全て戻し、手入れを完了させる。
私はずるいから、ライク・ツーにあえて伝えることで、際限のない自分の気持ちを削ぎ落そうとしたのだ。
自分でコントロールが効かなくなるから、ライク・ツーにそれを手伝わせたのだ。

 

「迷惑だった?」

 

何も気にしていないようなふりを必死に繕って、ライク・ツーに目を向ける。
私と目を合わせたライク・ツーが何を考えているかはわからない。でもきっと答えは決まっている。

 

「迷惑も何も、くだらねぇと思う」

 

傷ついてはいなかった。好きの気持ちにストッパーをかけるために好意を抱く相手を巻き込んでいる。そんな私に対してなんて、ひどいことを言ってくれていい。

 

「……そっか。ごめんね、不愉快な気持ちにさせて」

 

布で全体を拭き上げた銃を丁寧にテーブルに置いて、手入れ道具を片付けていく。

好きと伝えた相手からの答えはだいたい二択だ。
好意が返ってくるか、嫌悪を向けられるか。ライク・ツーはたぶん後者だろうかと予想はしていた。だから私は傷ついていない。
これでけじめがついたと思った。受け入れてもらえなかったならそれでいい。そもそも受け入れられていたら、きっと私のほうが驚いていた。

これはわかりきっていた結末なのだ。十手や八九に教わった言葉を借りるなら、負け戦、というやつだった。
だから別に私は傷ついてもいないし、泣いたりもしない。少なくともこの場を去るまでは。

 

「じゃあ、戻るね。また明日」

 

せいぜい強がって、平静を装って、また明日などとライク・ツーにいつも通りの挨拶をして。
明日からも変わらず過ごせるようにと必死にあがいている。あがくくらいなら、言わなきゃよかったのに。そう後悔する自分もいる。
手入れ道具をしまい終えて席を立つ。

 

「……、……お前さぁ、俺がなんて言うかくらいわかってたんだろ?」

 

椅子から立ち上がったライク・ツーはそう言った。
引き止められたわけではないから、私には立ち止まる理由がなかった。しかし立ち上がって私を見据えるライク・ツーの視線は、私の動きを止めるには充分だった。
静かに、でも大きく息を吸い込んで、吐き出した。

 

「……うん。わかってたよ」
「だったらなんで言ったんだよ。自分で火の中に入ってきたくせに、んな顔してんじゃねぇよ」

 

私は今、どんな顔をしていたんだろう。自分で思うより隠せていなかったのだろうか。
少なくとも、ライク・ツーが呆れたように舌打ちするくらいには顔に出ていたらしい。もしくは、ライク・ツーが自ら気付いただけなのか。どちらかなのかはわからない。

 

「……ごめん」

 

ただでさえ自分勝手な都合にライク・ツーを巻き込んでいる負い目に拍車がかかる。
私が勝手にフラれて、それでも普通にここを立ち去って、それで終わりにしなければならかった。

 

「ごめんで済むか。勝手なこと言いやがって」

 

何も反論できないし、私に反論する権利はないと思って何も言わなかった。俯いてしまうくらいは許して欲しかった。
そうだよ。私は勝手なことを言ったの。でも私が勝手に言ったことなら、君に勝手に失恋して、それで終わりでよかったでしょう?
どうして、黙って私をここから去らせてくれなかったの?訊けない疑問を飲み込んで、手入れ道具を持つ手に力を込めてしまう。

 

「お前、明日からも今まで通りにしてろよ? お前が俺に不自然な態度取って、他の奴らがなんか勘ぐってくるのめんどくせぇから」
「うん……、わかってる」

 

ライク・ツーらしい心配だと思った。ライク・ツーにとっていつも通りにしていることなど簡単なことだから、今この瞬間にもそれがうまくできていない私に釘を刺してきたんだろう。
私の返事に、ライク・ツーはどこか腑に落ちないようにため息を吐いた。

 

「……お前わかってないと思うけど、まぁいいや」
「え……?」

 

わかっていないとは、何をだろう。
私が失恋して、でも他のみんなから詮索されないために私もライク・ツーもこれまで通りで過ごす。私は普通にそう理解しているけど、ライク・ツーが思うこととは何か間違った認識をしているのだろうか。

 

「何か、違ってた?」
「いや、いい。普通にしてればそれでいい」

 

なんだかライク・ツーの言動が、私にとっては的を射ていなくて首を傾げてしまう。

 

「……ったく、お前が余計なこと言わなかったらこんなめんどくさい事態にならなかった」
「……うん、だからそれはほんとに、」
「答えがイエスだろうがノーだろうが、俺が今まで通りにしてろとしか言えないことくらい折り込んでから言えっての」

 

呆れたような顔をされたけれど、私は急に言われた言葉を理解しようとするのに必死だった。

今の言葉をそのまま受け取るのなら、私の気持ちに対して、ライク・ツーはどのみち今後の対応は変わらないということだ。答えがどちらであってもだ。
答えが『ノー』だから今まで通りに過ごせという意味だと、私は当然のようにそう考えていた。
けれど今、ライク・ツーがあえて『イエスだろうがノーだろうが』と言った理由とはなんだろう。

それを考え始めると、今の私ではどうしても自分に都合のいいような結論にしかならない。
しかしそんなのおこがましい気がして、どうにか私に都合の悪い結論を出そうと、おかしな方向への努力を始めようとすらしていた。だってそうしなければ、自惚れんなと言われてしまいそうだと思ったから。

 

「え、と……」
「そもそも『迷惑』とは言ってない」
「……ごめん、私、今ちょっと頭しっかり動いてないから、自惚れそうになってるけど……」
「あっそ。じゃあ自惚れとけば?」

 

はいはいと言わんばかりの軽い返事に、いよいよ頭が馬鹿になる。自分に都合のいい考えしか出来なくなる。
正しい反応なのかすらもわからないままに、少し泣きそうになった。困ったように笑いがこぼれてしまう。

 

「あ、はは……」

 

わかりづらい。わからないよ。
ライク・ツーの言葉は厳しくも正論だというのは理解していたつもりだった。

 

「そっか……、そっか」

 

でも今だけは、正論も何もあったものじゃない。遠回し過ぎて、とてもわかりづらい。

 

「……じゃあ、自惚れておくことにするね」
「どーぞ。ご自由に」

 

でも、自惚れておけばいいと本人から言われたのなら私がそれをしても悪いことはないのだろう。おそらくは、ライク・ツーの言いたいことをきちんと受け取れたのだと思っておくことにする。
答えがイエスでもノーでも、今まで通りにしていろとしかライク・ツーは言えないらしい。
失恋したから今まで通りにしていなくてはならないと、私は思っていた。でもどうやらそうではないらしい。そう思うことにする。

 

「明日からも……、ライク・ツーに会ったら挨拶していい?」
「会ったら挨拶くらい普通だろ」
「お昼の時に会ったら、一緒にランチ食べてもいい?」
「わりと今までもやってた」
「コーヒー淹れたら持って来てもいい?」
「まぁ飲んでやってもいいけど」
「明日も、手入れしに来てもいい?」

 

言葉が詰まることもなく、確認するまでもないような質問をライク・ツーに投げかけていく。

 

「今まで通りにしてろって言ってんだから、訊くまでもないだろ」

 

ああ、よかった。
私は明日もここに来ていい。ライク・ツーに会いに来ていいのだ。

 

「ありがとう。それじゃあ明日も来るね」
「おう」

 

打って変わって、挨拶ついでに手を前に出すとライク・ツーはそれに応えるように、私の指先に軽く自身の指先をぶつけた。
ライク・ツーからはっきりとした答えはもらえなかった。結果として私の恋は、とても曖昧になった。

きっと特別なことはない。付き合うとか恋人だとか、そういうものは手に入らない。
態度も会話も何もかも、今のままでしかいられない。

 

「じゃあ、また明日」

 

だから明日からも今まで通りだ。
今まで通り、明日も私はライク・ツーのことを好きだし、もしかしたらライク・ツーも同じ気持ちかもしれない。そうじゃないかもしれない。
ライク・ツーが私をどう思っているかがわからないのも今まで通り。

でも今後、ライク・ツーが私をどう思っているかについては、私に都合のいいようにできている。
だって私は、すでにライク・ツーが私の恋を知る中で、さらに本人公認で自惚れているのだから。

 

 

こちらを見る目には、気づいていた。
わりと早い段階で気づいていたと思う。しかしあえて彼女と目を合わせようとはしていなかった。

日々、向けられる視線には気づかないふりをしていた。
相手のほうだって、アピールする意味で見ているわけではないだろうと思ったからだった。
本人が無自覚なだけで、彼女にとっては無意識の行動だ。

別に視線を向けられるくらいライク・ツーにはなんの支障もなかったが、その頻度が多いことに気がついてからは少しだけ困った。
貴銃士の中でも、他人の感情や表情の機微には気がつくほうだと思っている。
しかし気がつかないほうが、厄介ごとには巻き込まれない。ライク・ツー自身は、あまり余計なことに首を突っ込もうとはしない質だった。

だから、マスターから向けられる視線の意味は考えないようにしていた。
考えたら、自分は正解にたどり着いてしまう。彼女本人に確認しなくても、正しい答えがわかってしまう。
そんなことをしている場合ではない。そんなことを考える権利はない。自分が幸福に預かる必要はない。

 

──だから俺を見るな。特別を抱くな。いつも通り以上のことを求めるな。

 

そう思っていた。だからといってこちらから先手を打って、彼女を突き放すようなことをするのも憚られた。
それをしたら彼女が気の毒だとか、そういうことは二の次であると思いたかった。どのみちライク・ツーがマスターに急にそんな態度を取れば、良くも悪くも周囲から詮索されるだろう。そんなことされるほうが厄介で、面倒だ。
だからこちらからなんのアクションもせず、繰り返すいつも通りを貫いていた。

マスターである候補生と、その力によって召銃された貴銃士。そして学校で過ごす日常と、時折やってくる討伐作戦。
それ以上のことは必要ない。
しかし最近になって懸念することがあった。
マスターである彼女が『いつも通り』にどこまで耐えられるか。そう考えていた今日、手入れのために部屋を訪れていた彼女は徐に口を開いたのだ。

 

『ライク・ツーのことが好き』

 

真剣な雰囲気を作るでもなく、ほんの少しだけ手入れの手を止めて、微笑んで。しかしその微笑みは、諦めに近い感情を含んでいたのは理解できた。

ああ、ついに言いやがった。
バカかお前。余計なこと言いやがって。勝手に俺の懸念事項増やすな。

彼女の、何かを諦めているような微笑みの意味は理解できたつもりだ。であればその諦めを実現してやったほうがいい。そのほうがライク・ツーにとっても都合がよかった。
彼女が期待するような特別を与えることなどできない。今の自分ができるわけがない。

お前の感情に、俺はお前より早く気づいてた。
そのせいで俺がなに考えてどう思ってただとか、何も知らないくせに。人の気も知らないであっさり心情晒しやがって。

 

「答えがイエスだろうがノーだろうが、俺が今まで通りにしてろとしか言えないことくらい折り込んでから言えっての」

 

恋人がどうとか、良い意味での特別にはなれない。
彼女を悲しませたとか、悪い意味での特別にもなれない。
ならばどのみちこれしかないのだ。

『今まで通り』であることが、互いにとって一番の妥協点で、一番の幸福であるのだと。果たしてその意味は彼女に伝わるか。
しかしながら、都合のいいように自惚れることを彼女に許したのはせめてもの情けと、己の中にある往生際の悪いわずかな下心と。
それさえ無ければ、彼女を失恋させて苦しませて、悪い意味では楽になれただろうに。

互いが特別になったら、万が一にでも失った時の痛みは計り知れない。
だから彼女を自分の内側に入れるわけにはいかない。だから今まで通りでいるのが互いに一番いい。
それでもせめて今まで通りの恋を許してあげることが、ライク・ツーなりに示した彼女への答えだった。

ああ、ほんと、余計なこと言ったよお前は。
お前がそんなだから、俺みたいな貴銃士なんて人じゃない存在に、こうやって愛だの恋だのくだらない感情持たれたりするんだよ。
お前のことだから、自分のほうが先に俺のこと好きになったとか思ってんだろ。
そんなわけあるかバカ。

 

・確かに恋だったbot @utislove
きみの視線に気づいていた。でも意味は考えないようにしていた。好きになったのは僕の方が先だった気がする。