おまえを守ってやる。
騎士の誇りにかけてとまで言ったのだから、そう宣言したことに嘘偽りなどなかった。そうして戦いに身を投じた。
しかしだ。マスターである彼女は、ブラウン・ベスが思うようなか弱さは持っていないことに途中で気が付いた。
メディックとしての役割を全うするため、作戦に参加するときは勇敢に行動する。そんな精神的な強さがあった。
なおかつ、身体能力に差はあるものの常に背に庇い続けなくてはいけないような人ではなかった。そういった身体的な強さもそこそこ。
もちろんそれでも、ブラウン・ベスが物理的に彼女を守ったことは何度もあったのだから、少なくとも有言実行はできているはずである。
「なんでおまえは、そんなに強い?」
隣に座る彼女に尋ねてみれば、突然の問いにきょとんとしていた。いつもはこうも、そう強いようには見えないのに。
彼女は困ったように笑った。
「別に、私は強くないよ。極端に弱くはないっていうだけで。ベスや他のみんなに助けてもらってばっかりだし」
謙遜しているようには聞こえなかった。見栄を張っているようにも見えなかった。
ベスには私が強く見えるの、と質問を返される。
「ああ。……守るって言っておきながら、それができてるのかと思っただけだ」
なぜだか自然と本音が漏れ出た。
自分がちゃんと彼女を守れているか不安になっているというのを晒すなど、普段なら絶対に言わないであろうに。
それを彼女がどう思ったかはわからない。しかし茶化してきたりしなかったので真面目に受け取ってくれたようだ。
「まぁ、私も大人だからね。生きていくのに、ある程度は強くないといけない。ベスがいないと……誰かにずっと守ってもらわないと生きていけないほど、弱くはないんだよ」
勢いよくそちらを見やる。彼女の表情は読めない。
それはつまり、こちらの存在と誓いを否定しているということなのか。
悔しさか悲しさか、情けなさか。膝の上でぎゅっと拳を握る。
すると彼女は腰かけた状態から立ち上がると、数歩先で立ち止まった。
「私はベスがいなくても生きていける。出会うまではそうだったからね。そこまで弱くないって自分では思ってる。でもね、」
ベスがいたら、きっともっと強く生きていけると思うんだ。
誰にも負けないと思えるくらい。なんなら世界のすべてを自分が救ってやろうって思うくらい。
そんなこと、私ひとりじゃ絶対に思えないから。
「だから、おこがましいことだろうけど」
背を向けたままの彼女はいったいどんな顔をしているのか。
少なくとも苦笑を浮かべているように思えた。そんなことも読み取れないほど、彼女との付き合いは短くない。
最初に出会った時はひどく頼りないようにも見えていた。
例えその印象通りに頼りなかったとしても、今のように実際はそんなことはなかったとしても。
どのみち、仕えるに足りない人物だとは一度も思わなかった。彼女を見限る気など今まで一度も起きなかったのだ。
そうして、彼女はこちらを振り向いた。真正面からこちらと対峙する。
「ベスさえよければ、これからも傍にいて欲しい」
微笑を浮かべつつも凛とした、大きなものを背負い歩まんとする彼女は、美しかった。
……おまえって奴は、本当に。
先ほど感じた負の感情は既に消え去っていた。ブラウン・ベスは一瞬だけ俯き小さく笑う。
それでこそ、騎士が仕えるに相応しい主人というものだ。
立ち上がり彼女へと近づく。一歩分の隙間を空けて、彼女の前で片膝を着いた。その行動でこちらの意図は伝わったか、彼女は少し困ったように微笑む。しかしゆっくりと片手をこちらに差し出した。
そこにはマスター、つまりブラン・ベスの主人の証とも言える薔薇が咲いている。
「ああ。貴銃士、ブラウン・ベスの誇りにかけて」
下から掬うように自分の手を添える。
顔を上げて目を合わせれば、交わる視線の間を風が吹き抜けていく。
彼女はたしかに弱くはない。それならば、彼女がより強く高貴であるために自分は共にいればいい。
プラスにはなってもマイナスになることはないのだ。悩む必要などどこにもなかったのだと、ようやく気が付いた。
ブラウン・ベスは細い指先をそっと掴む。
「おまえが望めば、どこまでも」
気高い願いとその覚悟を、彼はたしかに受け取った。