方法が違うだけ

好き。好きだよ、ベス。いつもだけど今日もすごく好き。

いつだって彼女からの愛情表現は素直だった。人前で大っぴらに言うことはしないが、好きだとたくさん言ってくれる。それはもう惜しみなく言葉にしてくれる。
しかし恋人になる前の彼女は決して今のようではなかった。積極的に愛情表現をする人ではなかったはずだった。
恋人同士になってからしばらくして、ある日突然に「好き」と伝えてくるようになっていた。言われる側であるブラウン・ベスにとって不快なことはなくまんざらでもないのだが、少しばかり気になる変化だった。

 

「私、今日もベスのこと好き」

 

明るい笑みと共に、飾り気のない素直な言葉を今日も貰う。
ああ、と短く返した。彼女は笑っている。嘘で笑えるほど器用な人ではない。しかし日々こうして言葉を貰う度に思うことがあった。

 

「何か、怖いことでもあるのか?」
「え?」
「言ってくれるのはありがたいが、おまえは元々そういう性格じゃないだろ」

 

彼女の顔がこわばったのがわかる。
訊かないほうがよかったのかもしれないが、何か不安があるのならばそれを取り除いてやりたかった。彼女の愛情表現は、ブラウン・ベスへ向けられてはいるが彼女が自身に言い聞かせているようにも思えたのだ。
ベスにはばれちゃうなぁ……と、彼女は諦めたように小さく笑う。

 

「怖いんだ。……ベスがいなくなったらどうしようって思うのが」
「……俺が、戦場から戻って来ないって思うのか?」

 

その問いは単純に、イエスかノーかの回答を求めただけで「戻って来ないわけないだろ」という意味合いはなかった。彼女も前者の意味で受け取ったらしい。

 

「誇り高い騎士は、戦場で散ることを躊躇わない。私が知ってるベスは、そういう要素があるでしょ?」

 

否定ができなかった。自分は、シャルルヴィルのように生き残るために敵に背を向けるということを手放しで評価ができない。

 

「ベスのことを否定しないよ。わかってる。でも、私はいつだって戻って来て欲しいって思ってる。戻ってくるって、勝手に信じてる」

 

でも時々ね、ベスが戻って来ないかもしれないっていう、嫌なこと考えちゃって。
膝の上に置かれていた手は、いつの間にか強く握りしめられていた。

 

「ベスに、自分の信念と誇りを捨ててまで戻って来いなんて言えない。だから……、せめて、あとで自分が後悔しないくらい、好きって言っておきたい。そう思って」

 

俯いて、懺悔のように紡がれる彼女の言葉はやはりどうしようもないくらい素直だった。その愛情表現と同じで、贈り物のようにこちらに響く。
彼女はいつも言うだけで、手を伸ばしては来ない。
好きだと、寂しいと、怖いと素直に口にはしてもこちらに縋っては来ないのだ。
言葉を素直に伝える分、それ以上はこちらに負担をかけたくないとでもいうように。
それならば、こちらから手を伸ばしてやらなくては。だからね、と彼女は少しばかり水に濡れた目で笑う。
彼女は今日も、言葉をくれる

──ベスのこと大好き。愛してる。

本当は、私はこうも愛情を口にできる性格ではない。
でもこんな時代で、いつどこで最後の別れが訪れるかわからない。いつその日が来てもいいように、などと言うつもりはない。
ただ、ああもっと言っておけばよかったなんて後悔をするほうが嫌で。だから私は、精一杯をベスに伝えたい。

私の言葉をどう思っただろう。ベスは好意をほとんど口にしないから、好きと言っても短い肯定が返ってくるだけのことが多かった。
ベスは膝の上で握りしめた私の手に自分のを重ねた。
拳を解くように指が絡まり、強く握られる。もう片方の手は頬に当てられ、目に浮かんでしまった涙を親指で拭ってくれる。その手はとても優しいけれど、口にしてから不安になった。

「愛している」なんて言ってもよかったのだろうか。
ああどうか、重たい枷だと思わないで。貫く信念の邪魔だと思わないで。なにも言ってくれないベスに、せっかく拭ってもらった涙がまたじわりと溢れる。
するとベスは小さく笑った。顔が近づき、額がこつんとぶつかる。

 

「ああ、わかってる」

 

彼の名前を呼ぶ前に、そのまま唇が重なった。それ以上ベスは何も言わない。自分も好きだとは言ってくれない。けれども私はそれでよかった。

信じている。愛している。
言葉にしてしまえばそれっぽっちの、下手をしたらくだらない幻想とも言えるような言葉を、私は今日も、一等大事に抱えて生きている。
そんな私に対して、いつだってベスはそうだ。
何度か繰り返されるキスがどうしようもなく温かいから、こぼれる涙を無視して目を閉じた。これがベスの示す、私の言葉への答えだ。
彼は今日も、態度で応えてくれるのだ。