君は覚えていますか

少し冷たそうなひとだと思った。
かの皇帝ナポレオンの副官が持ち主だという彼は、貴銃士ナポレオンさんとは違い冷静沈着そうな印象を受けた。

貴銃士ラップさんの冷静さは、冷静を通り越して近寄りがたい感じすらしたのだ。
それまでナポレオンさんの勢いのいい朗らかさに慣れていたから、わたしは余計にそう感じたのかもしれない。
まぁ、ナポレオンさんをうまく諫めてくれるのでそれはそれで助かるのだけれど。

 

「……マスターさえよければ、少し、お時間を頂戴しても?」

 

少し怖そうだから、ラップさんを怒らせたりしないように気を付けよう。つまりわたしにとってはあまり彼に近寄らないようにしようということだった。
しかし彼が貴銃士となった翌日、基地内で声をかけられたのである。
用件という用件は特になく、単純に会話のためのようだった。まさか彼がそのようなことをするとは思っていなくて、呆気に取られてしまった。

ラップさんは、自分に必要ない人物との無意味な会話はしない、ということを言いそうだと思っていた。
わたしの一方的なイメージであったが、それはまったくかすりもしない失礼なものだったのだと理解した。自分の失態をごまかすように苦笑する。

 

「ラップさんって、無意味な会話はしたくないひとかと思ってました。冷静そうで」
「……マスターがおっしゃるそれは、むしろ“冷徹”なのでは? 冷静、というのは誉め言葉として受け取りましょう。……“ナポレオン陛下”があのようになっているので、冷静に振る舞わなくてはならないときも多いですし」

 

ナポレオンさんの名前を出しながら彼は小さくため息を吐いた。
ああ、そうか。彼は、副官という立場にあるからこそ冷静であろうとしているのかもしれない。
元々の性格も少しはあるだろうが、決して冷たいひとなどではなかったのだ。こうしてわたしに声をかけてくれたのがなによりの証拠にも思える。
まったくもって、失礼な印象を持ってしまった。わたしの小さな無礼を彼は知らないけれど、なんだかとても申し訳ない。

 

「ラップさん、このあと、少しお時間大丈夫ですか?」
「それは先ほど私があなたにお聞きしましたが」
「あ……。そうでしたね、すみません。わたしも時間は大丈夫ですよ」
「では、少しお話しをしても?」
「もちろんです」

 

しかし、ここは外だ。少し、とは言われたけれどせっかくなら。

 

「立ち話もなんですから、ラップさんがよかったら、食堂でお茶でも飲みながらどうですか?」
「マスターは、随分と気遣い屋でいらっしゃるようですね」
「誉め言葉ですね。ありがとうございます」

 

少し茶化したように言ってみるとラップさんは口元に小さく笑みを浮かべた。無表情なひとでもないようだ。
じゃあ行きましょうか、とラップさんと食堂へ向かった。

 

 

「マスター?」

 

はっとして呼ばれたほうへ顔を上げた。呼んだそのひとは、わたしとテーブルを挟んだ先で座っている。

 

「どこへ飛んでいたのですか?」

 

わずかにぼんやりとしていたわたしを見て、おかしそうに口元に笑みを浮かべる。目元もどこか柔らかい。
そんな変化は今だからわかるものだ。随分、距離も近くなったなぁとわたしもつい笑い返す。

 

「ちょっとね。ラップと初めてお茶を飲んだときを思い出したの。ラップは覚えてる?」
「また随分と懐かしいことを」

 

手に持っていたティーカップを揺らすと、それに合わせて鮮やかな紅茶は光を反射する。
随分と懐かしい、と彼が言う通り、もうかなり前のことだ。わたしよりも頭脳明晰であろう彼だから、覚えていないこともないだろうと思ったけれど。

 

「当たり前でしょう。あなたとの出来事を、私が忘れるとでも?」

 

返ってきたのはあまりにも直球の言葉だったので、受けきれずに少し顔が熱くなるのを感じた。まったく、副官殿はわたしを喜ばせるという特殊分野でも優秀過ぎて困る。

 

「じゃあ、他にはどんなことを覚えてる?」

 

新たに訊ねてみるとラップは持ち上げたティーカップを途中で止めた。
少し考えるような素振りの後で、カップに口をつけて一気に飲み干してしまう。

 

「ラップ……?」
「喉は潤いましたが……」

 

そして突然に席から立ち上がった。もしやうまく逃げるつもりだろうかと思ったが、

 

「思い出を語るにはお茶が足りませんから、おかわりを持ってきてからにしましょう。その間あなたは、私の語りをお耳に入れるご準備を」

 

そう言ったラップの表情は嬉しそうで、わたしも頷いて笑い返した。
きっとカップ一杯分では足りないから、思い出を詰めてティーポットごと持ってきてくれたらいい。