君が生きている音

人の体は温かい。人の体は生きている。銃であったときの自分は体温などというものはなく、生きているなどという表現もしなかった。

 

「シャルル?」
「ん……。ごめん、なんでもないよ」

 

彼女の首元にすり寄るように頬を寄せた。抱きしめた彼女の体は、温かくて、生きている。
シャルルヴィルは人の体を得はしたが、かといって人になれたというわけでもない。ダメージを受けて人の体がそれに耐えられなくなったとき、自分たちの人の体は消えてしまう。銃本体が無事であれば、時間が経てば再び人の体に戻れる。人の体が保てなくなったとて、それは「死」ではない。

しかしだ。ここにいる、この人はそうではない。
彼女はこの身だけで生きている。体が壊れたならば、この人は生きていられない。こちらを抱きしめ返してくれる腕は動かなくなり、呼吸する音も聞こえなくなり、シャルルヴィルと名前を呼んでくれる声も発せられなくなる。

なんて苦しくて、悲しくてつらいことだろう。
想像しただけで胸が押しつぶされるような苦しさを覚える。堪えるように、彼女を抱きしめる腕に力がこもった。それを彼女がどう思ったのかはわからないが、こちらを落ち着かせるようにゆっくり髪を梳いてくれる。
胸が苦しいなんて思ったのは、きっと彼女を好きになったばかりの頃以来だ。
好きになったら苦しかった。愛おしくて苦しかった。だけどもきっと、彼女がいなくなってしまう苦しさはそれらの比ではないだろう。……もしも、

 

「わっ……」

 

体を離して、彼女の胸の真ん中へ手を当てる。慌てたように彼女は離れていきそうだったが、シャルルヴィルの様子にやましいものがないと理解したのか黙ってこちらを見上げてきた。
もしも、ここを撃ち抜かれたり突き刺されたりしたなら、彼女は死んでしまうのか。
今さら考えるまでもなく、自分が人の体を得たときからきっとわかっていた。しかし今、彼女を通して改めてそう思った。人が死ぬ、ではない。彼女が死ぬ。
膝を曲げて、手を当てたところへ額を押し付けた。目を閉じて意識をそちらへ向けると、奥で鼓動しているのが感じられる。心臓が動いている音。彼女が生きている音。

 

「シャルル? あのー……今更だけど私の胸は貧相だよ? おでこに肋骨直撃してない……?」
「……もー、そういうつもりじゃないんだって」

 

こちらの意図などわかっていないだろうから当然なのだが、とんだ明後日の方向へ心配をしている彼女につい笑ってしまう。
今は彼女が心配するようなことを考えているわけではない。
ただこの人がこうして近くにいるのが、どうしようもなく愛おしく思うというだけで。
静かな返事に、彼女が困ったように笑うのがわかった。目を開けた視界に映るのは、彼女が着ている白いシャツ。

 

「生きてて、マスター」

 

彼女の体に腕を回して、ぎゅっと額を胸の真ん中に押し付けて。

 

「ずっと、ここを動かしてて」

 

するとゆっくり腕が回って、頭を優しく抱きしめられる。
んー……と迷ったような返事をされた。

 

「ずっと、はさすがにちょっと無理かなぁ……。心臓はいつかは止まっちゃうから」

 

それは果たして医療知識を持つ者としての現実的な発言なのか、そうではないのか。だがどのみち、シャルルヴィルは小さく頷いた。

 

「……うん、そうだね」

 

わかっている。わかっているけれど。
君の命は永遠ではないなんてことも、この鼓動も温かさもいつかはなくなる時がくるのも、俺だってわかってるんだ。
現実を突きつけられながらシャルルヴィルはまた目を閉じる。けれどもやはり、幻想であったとしても「ずっと」と願わずにはいられなくて。

 

「でもね、シャルルがいてくれる間は動いてたらいいなって思うよ」

 

その言葉に勢いよく目を開ける。なぜだか少し泣きそうになった。

 

「それは、君の心臓が止まっちゃう時まで俺と一緒にいてくれるってこと?」
「シャルルが傍にいてくれるなら」
「……当たり前だろ。俺の願いだって、そうなんだからさ」

 

よかった、両思いだ、なんて言って笑う彼女はやっぱり温かい。
本当は、彼女とはいつか別れが来ることを知っている。時間が限られているということを実感してはこうして少し悲しくなる。
ならばせめて、戦場において彼女は絶対に死なせない。この人がいなくなってはいけない。そんなことは、絶対にあってはならない。自分がさせてなるものか。

いつかは終わりがくるけれど。君の体が、俺が、どちらかが壊れてしまうまでは。
それまでどうか、この鼓動を止めないでいて。