風邪をひいた昨日の夜、仕事を終えた三人が部屋へ来てくれた。
「今日はすみませんでした……」
「いいって。でもミエルってあんまり風邪とかひかなそうだけどなー」
「ポッドくん、それは悪い意味で言ってる?」
「悪い意味?」
「何とかは風邪をひかないと言いますからね」
「コーン、直球すぎだよ」
ポッドくんはそっちの意味で言ったわけではなかったようだが、コーンくんから発射された矢は見事に刺さった。コーンくんには私がその“なんとか”に見えていたのか……。でもここは少し反論しておきたい。
「いや、風邪の原因は心当たりがあるけど……」
「そうなの? 体が冷えたとか?」
「うん、そうかもしれない。昨夜は外で寝ちゃったから……」
は? という三人の重なった声に、しまった言わないほうが良かったと後悔した。熱のせいで脳がいつも通りに回っていないせいだ。
「なんですか、外で寝たって……?」
コーンくんの声が少し低くなり、凄味が増した。
「いつもポケモンセンターからここに来てたんじゃなかったのか?」
「あ、うん、そうなんだけどね」
いつもは確かにそうしていたので、ポッドくんの言うことは何も間違っていない。昨日だって、いつものようにそうなるはずだったのだ。
だが、昨日は宿泊者が多く、私がポケモンセンターへ行く頃には部屋が満室になってしまっていた。
ポケモンセンターはホテルではないから予約というシステムもない。そもそもポケモンセンターにこれほど入り浸っている私が普通ではないのだ。
すでに顔なじみになっていたジョーイさんも私が来ることはわかっていたのだろうけど、個人的なよしみで他の宿泊者を断るなんてことはされてはいけない。
これは仕方ないよね、と私は近くの公園のベンチで寝袋に入り夜を明かした。
元々旅のトレーナーだったので野宿くらい朝飯前だ。でも夜は少し冷え込んだらしく、朝は寒さで目を覚ましたのだった。
「あなたという人は……」
コーンくんがふぅ、と静かに息を吐いた。
「公園のベンチで寝るなんて、なに本当の浮浪者みたいなことしているんですか! しかもひとりで! 自分の性別わかっているんですか!? 変な輩に襲われでもしたらどうするんです! あなた仮にも女性でしょう!? その上風邪をひいた? バカですか!」
鼓膜を震わせるコーンくんの声に思わず耳を塞いだ。今までで一番怖い……!?
「お、おいコーン!」
「病人の前だよっ」
デントくんの病人、というワードに言葉を詰まらせたコーンくんは大声で一気に言い切ったせいか大きく息を吐いた。
「ここまでバカでしたか」
「え、ええと……ご、ごめんなさい……」
「バカだと思っていましたが」
「すみません……」
「改めてバカだというのがよくわかりました」
「申し訳ありません……!」
声が静かになっても、怒りと呆れが凝縮されたお説教に体が縮こまる。
あんまりバカバカ言われるのも傷つくけれど、たしかに深く考えていなかった私が悪い。ポケモンセンターの部屋はいっぱいでも、せめてロビーあたりで寝かせてもらえばよかった。
……と、ここまでが昨日の話である。
昨日はそのまま三つ子宅に止めてもらったわけだが、私の“バカ”な行動にさすがのデントくんとポッドくんも思うところがあったらしい。
そして今朝、すっかり回復できた私のところへ三人がやって来た。
「ミエルには今日から住み込みでやってもらうことになったよ」
「え?」
「また昨日みたいなことになったら大変だしな」
「うん?」
「ここの従業員が浮浪者なんていう噂が立っても困りますし」
「は、はぁ……」
突然の提案を、私はすぐに飲み込むことができなかった。
*****
「ごめんな、こんなところに押し込んで」
「いやぁ、むしろいろいろとごめんなさい……」
大量の荷物を整理するポッドくんに対し、私は床を雑巾で水拭き中だ。
彼らの提案により、私は住み込みのタダ働きになった。
だが空き部屋は無く、物置代わりに使われていたらしいこの部屋が私に宛がわれた。急な決定だったので片づけは現在進行形だ。
ポッドくんの謝罪にはこちらも謝罪で返しておく。まさか雨風しのげる場所を提供してくれるなんて、ありがたいにもほどがある。元物置だろうと構わない。
ある程度の大きなものは片付け、最低限の寝床を確保する。
「ミエル、ちょっと押すの手伝ってくれ」
「うん」
備品でも入れていたと思われる大きな空の木箱を壁際へ寄せる。いくつか並べたその上にポッドくんがマットレスを置く。木箱はベッドへ早変わりだ。
床の水拭きも終え、埃っぽさの無くなった元物置は立派な部屋だ。私の荷物そのものはバッグ一つ分だし、問題ない。
「この辺のでかいやつはどうしてもここしか置き場所がないから、勘弁な」
「ううん、充分だよ。本当にありがとう」
「気にするなよ。友達ひとり置くくらい何も支障なんてないからさ」
「え……」
友達、と小さく口からこぼれた呟きを、ポッドくんはしっかり拾ったらしい。
「違うのか?」
「友達って、私のこと?」
「他に誰がいるんだよ。オレは……というか、オレたちはそのつもりだったけど。そうじゃなきゃ、さすがにここまでしようとは思わないって」
さらっと言われて私は呆気に取られてしまう。
サンヨウレストランでの自分の位置づけは、タダ働きの従業員という枠から出ることはないと思っていた。むしろそうあるべきだ。でも私が知らないうちに、知らないところで、彼らの中での私は随分格上げされていたらしい。友達、か。
「どうしよう、嬉しくて泣きそう……」
「ええ!? いや、泣くなよ!」
「二人ともそろそろ終わった? ……って、ミエル、なんで泣いてるの!? ポッドに何かされたのかい!?」
「デント、人聞き悪いこと言うな!」
*****
朝から物置の片づけやらで忙しくスタートした今日だったが、ミエルが大きなミスをすることもなく無事に営業を終えた。
店じまいをして自宅へ戻ったが、デントとポッドはコーンから呼び出しを受けていた。
「で、どうしたの?」
「話があるなら短くな」
くぁ……とあくびするポッドにデントは苦笑した。
「急な対応でしたが、ミエルが今日からうちに住み込みになります」
「ああ」
「そうだね」
それは昨日、三人で話し合って決めたことだ。
ポケモンセンターが満室になるなどそうそうないだろうが、もしまた昨日のようなことになっても困る。そしてミエルが同じことを繰り返さないとも言い切れない。
「住み込みというのはつまり、同居です」
硬い表情で話すコーンに、何を当然のことを言っているんだろうと二人は首をかしげる。そんな二人の様子を見て、コーンはわざとらしくため息をついた。
「言っておきますが、ミエルは女子ですよ?」
「なに当たり前のこと言って……、……あ」
途中まで言って、ポッドは言葉を切った。デントもはっとしたような顔をしたのでコーンは頷いて見せた。
「まぁ、僕たちの生活には特に支障は出ないと思いますが」
ポケモンセンターとは違う環境での寝泊まりは、ミエルにとってしばらく不慣れなことになるだろう。きっといずれは、女子だからこそ不慣れを感じるようなことも出てくるはずである。
例え自分たちがそれに共感できなくても、同年代の女子と同居というのはそういうことだ。
「何かあったらきちんとそれに対応すべきだね」
「そうだな」
「それとなく目を配ってもらえると」
三人が納得したところで、部屋のドアがノックされた。
「はい」
「コーンくん、デントくんとポッドくんたちこっちにいる?」
扉は開かれないままでミエルの声が聞こえる。コーンは立ち上がって扉を開けた。
「ぅわ、びっくりした」
「デントもポッドもいますよ」
「あ、よかった。部屋に行ったけど二人ともいなかったから。お風呂ありがとう。空いたから次の人にと思って」
「ああ」
先に入っていいと言っていたのを忘れていた。
パジャマの代わりにジャージを着ているミエルに妙な新鮮さを覚えつつ、コーンは眉根にしわを寄せた。またこの人は……。
「どうして髪を乾かしてないんですか」
「あ、いや、ドライヤーがどこにあるかわからなくて……って、痛い痛い!」
ミエルの首にかかっていたタオルを取って、頭に被せたと同時にぐしゃぐしゃとかき回す。力加減をしないそれにミエルは抵抗するが、コーンは容赦なく手を動かした。
「わからないなら訊きに来ればいいでしょう! また風邪をぶり返したいんですか?」
「だ、だから呼びに来たついでに聞こうと思ってたんだってば! 痛い! 頭蓋骨割れるって!」
「ポッド、デント、どちらかお風呂をどうぞ」
「お、おう」
「ギャー! コーンくんほんとに痛い! もう水分取れてる! あと自分でやる!」
「うるさいですよミエル」
コーンはミエルを引き連れて部屋を出ていった。ドライヤーの置き場所を教えるためだろう。
部屋の扉を閉めずに行ったのは、ポッドかデントのどちらかは早く風呂に行けというのと、話は終わりなので解散という二つの意味だろう。
「ポッド、先に入っておいでよ。眠いだろ?」
「ああ、うん。そうする」
にしても、とポッドは続けた。
「ミエルが家にいても違和感ないな」
「同じこと思ってたよ。自然だよね」
楽しくなりそうだ、と。残された二人は顔を合わせて笑った。
隣接的ディヴェルティメント
───喜遊曲