うっそうと生い茂る木々のせいで、森の中は少し薄暗かった。
近くの街へ向かう途中、どこかで少し休憩を挟みたいものだが、開けた場所にはなかなか出ない。
時々現れるミツハニーなどの虫ポケモンもいるが、皆少しだけステラを見やりそのまま通り過ぎていく。こちらが害を為す気はないので、それが伝わっているのだろうか。
しばらく歩くと差し込む光が見えた。木々がないその場所は泉だった。ここで少し休んでいこう。
泉のふちにしゃがみ込んで、水へ手を入れる。水は少しも濁っておらず、水面には周囲の景色が恐ろしいほど綺麗に映っている。もちろん自分の顔もはっきりと映る。
手を水に入れた状態が映っているせいか、水面に映る自分へと手が吸いこまれるような、妙な錯覚を覚えた。もちろん実際にそんなことはなく、引き上げた手はただ濡れているだけだ。
なんだろう、変な感じだな、今の。
バッグからタオルを取り出して手を拭く。足を少し休めてから、バッグを背負い直して再び歩き出す。
少しだけ泉を振り返っていると、とん、と何かが足にぶつかった。
「……ミ?」
「ん?」
鳴き声がして足元を見ると、小さなポケモンがこちらを見上げている。このポケモンって、
「……シェイミ?」
「ミッ!?」
「あ……!」
名前を呟いたせいか、人と鉢合わせたせいか、シェイミは驚いたように声を上げると一目散にステラの足元を通り過ぎて行った。
泉のほうへ向かったようだが、茂る草と体の小ささが相まって、姿はすぐに見えなくなってしまった。
「びっくりさせちゃったか」
この辺りはあまり人が立ち入る場所ではない。驚いたのだとしても無理はないだろう。
それにしてもシェイミは初めて見たなぁ。名前や姿は知ってたけど。
再び歩き出して街を目指す。もう、それほど遠くはないだろう。
だが、何か大きな音がしてまた後ろを振り返った。泉の方向だ。
「……なに? ……っ!?」
後方からの突風に、思わず目を瞑る。大きな衝撃によって生まれたような風が治まり、目を開ける。
「……え?」
たしかに何かが起こったのだと思われたが、森は先ほどまでと変わらない静寂に満ちていた。
一瞬の何かを不思議に思うも、それを追及する術はない。なんとなく腑に落ちないまま、再度街へ向けて歩き出した。
*
現実ではない空間での争いは、長くは続かなかった。
ギラティナが攻撃を受けた隙に、戦いに巻き込まれたシェイミが作り出した空間の穴を使い、ディアルガはそこから抜け出した。
ギラティナが追って外の世界へ出ようとするが、それをすることは叶わなかった。自らが作った空間の穴へ近づくと、なぜかその穴から離れた場所へ戻ってしまう。
「出られない……!? ディアルガに何かやられたな……」
陰から一部始終を見ていた、タテトプスを連れた男が呟いた。
怒りの声を響かせたギラティナは、空間内に浮かぶ、外へ出たディアルガが映っている泡を壊す。
それにより、外へ出たディアルガの体に衝撃が走る。痛みを耐えるようにわずかに体を震わせたが、ディアルガはそのまま飛び去った。
泉の水面にできた異世界へとつながる波紋は、ゆっくりとその形跡を消した。
雲間から巨大なメカが現れる。内部の席へ座る青年は、悔しげに声を漏らした。
「間に合わなかったか……」
『ディアルガとの接触後、ギラティナは反転世界から出られなくなったようです。ギラティナの周囲だけ、瞬間的に時間がループしています』
「……何?」
女性型の人工知能の説明に、青年は訝しげに画面を見た。再び彼女の機械音声が響く。
『ギラティナとディアルガが接触した場所の周囲に、先ほどの空間ホールを生み出したシェイミの他に生体反応を確認しました』
「ポケモンか?」
『人間のもののようです』
「映せ」
モニターの画面が切り替わり、一人の少女が映し出された。
「……この女がギラティナと関連のある可能性は?」
『可能性は非常に低いと思われます』
「一応データへは残しておけ」
『わかりました、ゼロ様』
そのまま画面は切り替わり、モニターから少女の姿は消えた。