「……姉さん、って」
私の話を聞いた三人はとても驚いていた。そんな表情をされるのは、もう慣れっこだ。
「大人気モデル且つライモンシティのジムリーダー。キャッチコピーはシャイニングビューティー。みんなも知ってると思うけど、」
それでも臆することなく言えるのは、今の私が前よりは少しだけ変われたからだと思っていたい。
「あのカミツレさんだよ」
言ってからつい顔を伏せた。もう慣れっこではあるし、あの有名なカミツレの身内であると明かすことに大きな抵抗はなくなったが、三人がどう反応を示すかが怖かった。
「へぇー、そうだったのか」
だが、軽い感じで発せられたポッドくんの声に顔を上げる。
「え……」
「ああ、いや。ミエルだっていろいろあったのはわかったけど、知ったところでオレたちにとってはそんなでもないというか……」
「カミツレさんのことはもちろんすごい人だと思ってるけど、それとミエルは別なわけだし」
ポッドくんとデントくんの言葉に呆気に取られてしまった。いや、もちろん可能性の一つとして、こういう反応も考えてはいたけれど、まさか本当にこんな反応が来るとは。
「それで?」
と、目線を動かすと、呆れたような急かすような表情のコーンくんがこちらを見ている。それで、というのはどういうことだろう。
「あなたの身内の話はわかりました。でも、僕たちが聞きたいのはそういうことじゃありません」
その言葉に同意するように他の二人も頷いた。
「突然にいなくなったのはなぜかと訊いているんです」
「あ……」
ああ、そこだったか。むしろ三人としては、私のコンプレックスの話などはほぼどうでもよかったに違いない。私にとっては、今訊かれた理由を説明するうえでも割りと大事な前置きだったのだけど。
小さく苦笑しながら、こうしなくてはならないと思った理由を私はついに口にした。
「……もうすぐ、借金が返し終わりそうだったから」
そう言った私に対し、三人は揃って不思議そうな顔をしていた。
「それが何か問題だったのか?」
「……私にとってはね」
自嘲するようにへらりと笑って見せる。
「言ったでしょ。私って、自分にまったく自信がなかったんだよ」
いつどこで、何をしていても。
この性格と、姉さんへのコンプレックスも相まって、自分でも呆れるほどに。
私がサンヨウレストランで働いていたのは、借金を返済するためだった。それ以上でも以下でもない。自分でも充分にわかっていた。
でもあろうことか、私をタダ働きとして雇う三人は、私に良くしてくれた。成り行きとはいえ居候すらさせてくれた。ポッドくんは「友達」とまで言ってくれた。最初は全くだめだったが、徐々に三人から褒められるようにもなった。それが嬉しかった。
だから、怖くなった。
三人はとても良くしてくれるが、結局のところ私の立場は変わってなどいない。私は借金を返済するためのタダ働き。コーンくんから明細書を手渡されたあの日の夜、わかりきったそんな事実が刺さった。
怖くなったのだ。三人から「借金を返したなら出て行ってくれ」と言われることが。
もちろん、私にはそうする義務があった。迷惑をかけてしまったことに対する借金を返すことが、私がサンヨウレストランにいる理由であり義務だった。
ここで働くことは私が自ら望んだことではない。だからこそ、彼らから出て行ってくれと言われれば、当然ながらそうすることが私の義務なのだ。
そうなることを、あろうことか私は悲しく思ってしまったのだ。
いつの間に私は、自分のひどく脆い立ち位置に不安と悲しみを覚えるようになっていたのか。私は、彼ら三人といることに喜びを見出してしまっていた。ここで働くことに楽しさを覚えてしまっていた。
借金を返し終えるのは良いことであるはずなのに、それに伴って近づくであろう、彼らからの宣告を私は恐れた。
出て行ってくれと宣告されてしまえば、きっとおそらくここを訪れることもなくなってしまう。客として訪れるにも、妙な気まずさあるだろう。
それならば、と。
彼らの口から宣告されるくらいなら、それに怯えながらこれからを過ごすくらいなら、自分から出ていったほうが何倍もましだと思ったのだ。でも、自分から出て行くと言っても「お世話になりました」と正式に出ていく度胸もなかった。それをしたら戻ってこれないような気がした。
だから、自分勝手だと、わがままだとわかっていても、私は黙って出ていくしか方法がなかった。逆に言えば、そうすることで自分に枷と理由を付けられたのだ。あんなことをしたのだから、いずれお詫びのためにサンヨウを訪れなければならないのだと。
それにどのみち、このまま彼らに甘えていることはできないとも思っていた。
もしできることなら彼らと働いていたいと思うけれど、改めて思い返してみれば、自分が何のためにライモンを出たのかという大きな要因にぶち当たるのだ。……まぁ要するにだ。
「……私が自信なさ過ぎて、情けない奴っていうだけの話だよ」
苦笑を漏らした。しかし、顔を上げてみると三人は私が思っていたのとは異なる反応をしていた。ポッドくんとデントくんはどこか困ったような顔で、コーンくんに至ってはなにやら呆れかえったように大きくため息をついた。
「うーん……、まぁミエルの性格からしたら、そう考えても仕方なかったのかな」
「オレがもっと仲良くなっとけば引き留めれたな……」
「……そんな理由で僕たちは」
ほとほと呆れたというように額に手を当てるコーンくんには、思わず疑問符が浮かんでしまう。
「ミエルがくだらない自信喪失で出ていったのはわかりました」
「くだらないって……。や、うん。まぁそうだよね」
きっと、彼らのように自信と実力を持っている人には、私の悩みはとてもくだらない。
私だって、どうしてこんなに自信が持てないのかと自分ですら疑問に思うのだから。私にとってとても重大で、とてもくだらない悩みなのだ。
「くだらないですよ、本当に」
「オレもそう思う」
「ここは僕も同意見かな」
「あはは……ですよね」
「そうだよ」
──僕たちがどれだけ心配したかも知らないで。
デントくんの発した穏やかな言葉に、言葉が何も返せなかった。三人は呆れたようであったが、それよりも安堵の感情が強いようにも見えた。なんと言えばいいのかわからなくて言葉を探していると、先にコーンくんが口を開いた。
「それで、一番訊きたいことですが」
コーンくんはひとつ息を吐くと姿勢を正した。
「この半年で、どういう答えを得たんです?」
その表情は穏やかだった。答えは得たんですか、とは訊かれなかった。形はどうあれ、私が答えを得たからこそ今日ここを訪れたのだということをわかっているのだろうか。
ポッドくんとデントくんもどこかわくわくしたように見える。その雰囲気に、先ほどまでの重たい気持ちは吹き飛んだような気がした。
そうだ。私が今日ここに来たのは、その答えを示すためだった。
小さく頷いて、足元に置いていたバッグを持ち上げた。
要因的カデンツァ
───楽曲の終盤における即興演奏