空回りな注意報

※恒常星3のカドストのネタバレを含む。

 

 

朝、貴銃士特別クラスの教室の前を通ると、何やら騒がしいようだった。
朝から何かトラブルだろうかと様子を窺おうとすると、扉が開いて教室から恭遠教官が出てきた。

 

「ああ……、候補生君。通りすがりの君にこんなことを頼むのは申し訳ないんだが、少し手伝ってもらえないかな」

 

ひどく困った様子に、いったいどうしたんですかと訊ねると教室の中へ通された。それと同時に理解した。

特別クラスとはいえ、生徒が授業を受ける教室の造りはほとんど同じだ。けれども今この教室はとても普通ではなかったのだ。
なぜかそこにはバーカウンターやら日本の『タタミ』と呼ばれるものや、寝心地よさそうなベッドやらがあり、教室とも店ともホテルとも違う異質な空間に成り果てていた。

恭遠教官の隣で呆気にとられる私に気づき、教室内にいた数人の貴銃士が手を振ってくれる。
彼らは一部文句を言いながらも、設置されている教室にふさわしくないものを片付けている。

 

「えっと……これらの撤去をお手伝いすればいいでしょうか?」
「すまない、頼めるかい」

 

困ったように笑う恭遠教官を見て、断ることなどできるわけがない。もちろんです、とさっそく設置物の片付けに入って行くとペンシルヴァニアが手を挙げて挨拶をしてくれる。

 

「Hi, マスター」
「大変なことになってるね。何があったの?」
「ああ、いや、これらは俺が作ったんだが撤去の指示をされてしまって」
「え……!?」

 

聞いたところ、先日みんなが冗談混じりに教室にあれがあったらこれがあったらと言ったところ、ペンシルヴァニアがそれらを自ら作り、たらればを実現してしまったのだという。

 

「これを全部作ったんだ……すごいね」

 

それらを自作してしまう技術には素直に感心してしまう。いや、褒められたことではないのだけど。
当然だが教室にそんなものを置くことなど許されるわけもなく、恭遠教官の指示でこれから空き教室や寮へと移動しなければならないという。

 

「みんなの役に立てると思ったんだが……」
「う、うーん、作ったのはすごいけど、たしかにこれはちょっと、役に立ちすぎたというか」

 

ペンシルヴァニアは、みんなが口に出した要望を良くも悪くも真に受けてしまい実行しただけなのだろう。天然という素直というか、ちょっとだけその辺りの感覚がずれているというか。
彼を傷つけないように言葉を選んでいたけれど、曖昧なことを言ってはまた彼は同じことを繰り返してしまうのではないかと思えた。ここは、はっきり言っておいたほうがいいかもしれない。

 

「ペンシルヴァニア」
「うん?」
「ペンシルヴァニアが、気を利かせてみんなの要望に応えたのはいいことだと思う。でも、今回のはさすがによくないと思うんだ。もしこういうのをやるなら、せめてやる前に恭遠教官に確認をとったりしないと。軍の団体行動とか集団生活では、報告や相談が大事なことっていうのをわかって欲しい」

 

背の高い彼を見上げてはっきりと伝える。
怒っているわけではない。けれども伝えるべきことは、注意すべきことは言わなければ。

ゲリラ戦で使用される銃だった彼は、集団での行動というのに慣れていない節がある。今回のことは彼が独断で行った結果だ。それによりこうして手間のかかる作業も増えてしまった。
例え良かれと思ってやったことでも、悪い結果になってしまうのは私も悲しい。だからそれを避ける意味でも、ペンシルヴァニアにはわかってもらいたかった。

 

「……」
「ペンシルヴァニア……?」

 

私から注意された程度で傷つくタマではないと思っていた。その予想は当たったようだったけれど、彼は驚いたようにきょとんとして私を見つめ返している。もう一度名前を呼ぶと、我に返ったように笑った。

 

「ああ、すまない。ナマエからそうはっきりと言われたのは初めてだから、新鮮に思っていた」
「あ……、ごめん。言い過ぎたね」
「そんなことはない。俺の今後のために指導してくれたんだろう? なら俺もそれに応えて気をつけようと思う。俺がなにか間違えた時は、また教えてくれると嬉しい」
「そっか……、うん、わかった」

 

どうやらペンシルヴァニアは私の注意を素直に受け取ってくれたらしい。頷いている間に始業を知らせるチャイムが鳴り、恭遠教官が私を呼んできた。

 

「ナマエ君、すまない! 片付けは中断して君は授業に行ってくれ!」
「あ、は、はい!」

 

貴銃士のみんなはこのまま撤去作業を続けるようだが、私はさすがに授業に出なければならない。

 

「ごめん、私行くね!」
「ああ、またあとで」

 

ろくな手伝いができないまま私は行かなければならなくなり、ペンシルヴァニアに手を振って慌てて教室から飛び出した。

間違えていたらまた教えて欲しい。
ペンシルヴァニアからそう言われたこともあって、私が一緒にいる時に彼が『やってはいけないこと』をした場合、私が度々注意をすることが増えた。
もちろん彼自身も決して非常識なわけではないので、いつも何かをやらかすわけではない。本当に、小さなことだ。でもあまり褒めるべきではないようなこと。

 

「ナマエ」

 

グラウンドから寮に戻るところだった。
頭上から声をかけられてまさかと思ったけれど、目を上に向けると寮の屋根の上でペンシルヴァニアが手を振っていた。

 

「あ……!」

 

またやっている。彼は高所に上るのを得意としているのか、たまにどこかしらの屋根に上っていることがある。
しかしながらもちろん、落ちる危険性があるからやってはいけないという注意もなされている。ペンシルヴァニアがそう簡単にへまをするとは思っていないけれど、当然、私だって万が一彼が落ちて怪我をするなんてことは望まない。

 

「ペンシルヴァニア! 下りないとだめだよ!」

 

だからこそ、今回はちょっと厳しく声をかける。私の様子にちょっと驚いたような彼は、梯子もないのにするすると身軽に壁を伝って屋根から下りてきた。

 

「屋根に上るのは危ないんだってば」
「ん、そうか? 上るのも下りるのもそう難しくはないが」
「あー……えーっと、難しいかどうかの話じゃなくてね」

危ないから。もし落下して怪我をしたら私は悲しい。マスターの力によって怪我はすぐに治せはするけれど、そもそも怪我をすることが悲しいから私は嫌だ。

そんな風に、しないで欲しい理由を伝えた。
ペンシルヴァニアは自由や自然を愛しているし、行動を制限されることは嫌かもしれない。注意とはいえそれは結局私の要望に過ぎないことでもあり、彼を縛る理由にはならない。
しかし意外にも、彼は嫌そうな顔は一切していなかった。穏やかに微笑んで、私の言葉に相槌を打ちながら頷く。
気のせいかもしれないけれど、なんだか嬉しそうな表情にも見えてしまい私は首を傾げる。

 

「ペンシルヴァニア?」
「どうした?」
「私の言ってること、聞いてる?」
「もちろん聞いている」

 

聞いてくれているならよかったけれど、少なくとも今は穏やかに微笑むようなことは言っていないつもりだった。
いや、彼の性格上穏やかにいることはおかしくなさそうではあるけど。

 

「とにかく、そういうことしてると、私以外にもラッセル教官とか恭遠教官からもまた怒られるよ!」
「ああ、そうだな。すまない」

 

改めて少し強めに伝えてはみたものの、それでもペンシルヴァニアはなぜだか嬉しそうにしていて、どうしてなのか私にはやっぱりわからなかった。

 

──ナマエが俺に注意を向けてくれることが嬉しく思えて、らしくもなく気を引いてしまいたくなるんだ。

後になってから知ったことだったけれど、当時のペンシルヴァニアはそんなことを考えていたらしい。彼がいろいろと注意を受けるようなことをするのは確信犯だったということだ。
まったくもって、当時も今も、私の恋人になった彼は不思議なひとだなと思う。