生きねばならない導きを

※性別描写なし、名前なし、ほぼセリフなしマスターがいる。
ロドスト・ドイツ編後の時系列。

 

 

「作戦で何かあった時、無理はしなくていいんだよ」

 

マスターである候補生にそう言うと、その人は少し首を傾げた。
まだ学生の身であるにも関わらず、主に討伐作戦という名の実戦に飛び込まなければならない。私なりに気遣った結果の言葉だった。

無理はしなくていい。今はまだ。この人が無理をする時ではない。
だがいずれ軍人になるためにここにいる以上、甘ったれたことは許されない事態にもなるだろう。

この人は優秀な生徒ではあるが、それは座学と訓練の成績という意味でだ。
しかし果たしてこの候補生に『それ』ができるのか、私はいまいち想像ができなかった。

 

「君は、まだ銃を使ったことがないでしょう?」

 

そう言うと候補生はますます不思議そうな顔をした。そして当然ながら、銃を撃ったことはあります、と答えた。
それはそうだ。この学校にいる生徒は、訓練で実弾を使う射撃訓練も行っている。この人がそう答えるのも理解できる。

ましてやこの人は、愛銃のUL96A1と共に射撃大会で優勝を果たすほどだ。当然、私も知っている。けれど私が言いたいのはそうではなかった。

候補生に向けて首を横に振る。
この人は、銃を使ったことがないのだ。

 

「銃を使って人を殺したことが、ないでしょう?」

 

士官学校の候補生とはいえまだ学生なのだから、当たり前だけれど。

戦場において銃を使い、自らの手で人の命を奪うこと。それがこの人にできるのか、私には判断がつけかねた。
私が判断することではないかもしれないが、実技指導をしている者として、実働部隊に適性があるかどうかは見なければならない。

以前にこの人がドイツを訪れた際に、紆余曲折を経て一時的にドイツ支部の戦線に参加したことは聞いている。
当時のドイツ支部のやり方は、今でこそあまり褒められたものではない。

しかし当時のドライゼもエルメもジーグブルートも、マスターとはそういうモノだという認識が当たり前だった。
それを、その場にいた候補生とライク・ツーがどう思ったかは本人たちの自由だ。

けれどマスターの扱いは別としても、本当の戦場というのをその時に体験したことだろう。
その時点では、候補生は戦場に同行こそすれ自ら攻撃して敵を駆逐したという報告は受けていないけれど。

正義とか、平和のためとか。そういった大義名分の元に人を殺すこと。それができるかどうか。
美点であり評価するべき点ではあるが、この人は優しすぎるのだ。人に対しても貴銃士に対しても。

その優しい高貴な心を、我々上官が潰してはならないとも思う。
しかし未来の軍人ならば時として、命令に従い敵を殲滅する非道になってもらわなければならないとも思う。

私は、人を殺すことに慣れすぎた。
七年前のことも含めて、軍人としての経歴を考えれば当然とも言える。

初めて、自分の引いた引き金によって人を殺した時はたしかに動揺や悲しみもあった。今でもそれがないとは言えない。まぁそれも相手によるけれど。
私は、引き金を引くことにもはや躊躇いも迷いもない。それがいいのか、悪いのか。

私が発した言葉の意味を理解し、表情を固めてしまった候補生に笑いかける。

 

「大丈夫。そのための私たち上官だから。無理はしなくていいよ。人には向き不向きがある」

 

自分や他人の命を守るために、敵の命を奪えるか。人に向けて引き金を引けるか。その覚悟を持てるか。そういう話だ。

 

「君は、生きて戻らないといけない人だからね」

 

候補生はまた少し考えるように目線を下げる。

……ああしかし、やっぱり酷な話なのだ。
多くの貴銃士を従える『マスター』であるが故に、戦場では自身が生き残ることを最優先にしろと候補生には指示してある。

一人の人間として、命は尊ばれて然るべきと言える。誰だってそうだ。しかしこの人が生き残らなければならない大きな理由は別にある。

──マスターが死ねば貴銃士も消滅する。
もしここにいる貴銃士たちが消滅すれば、連合軍側の戦力ダウンに直結してしまう。
トルレ・シャフはもちろんのこと、対アウトレイジャー戦においては特にだ。

だからこそ、この人は生き残らなければならないのだ。他人を撃ち殺してでも。
しかしそれは我々『連合軍側』の都合であって、候補生個人としては認めたくない理由だろうと思う。

けれどこの人自身が引き金を引けないのならば、私やラッセルを始めとした上官や、その場にいる貴銃士たちが引き金を引くことだろう。この人の命を守るために。

この人に死なれては困る。
でも『連合軍側』と貴銃士たちではそう思う理由が違う。

 

「さて、報告書をありがとう。ブルースマイル曹長にも渡して、確認してもらっておくね」

 

報告書に私が検印したことで我に返ったのか、候補生は複雑そうな表情のまま一礼して教官室から退室していった。
一人で考える時間が必要だろう。

自分のデスクに頬杖をつき、ぼんやりと窓のほうへ目を向ける。
貴銃士が消えては戦力が落ちるから、候補生の命を守る。そんな打算的な理由が一切ないわけないのだ。

大きな組織というのは、きっと候補生が考えるほど崇高で美しいものではない。
だからなおのこと、すでに組織の渦に巻き込まれなければならないあの人が気の毒だと思っている。

 

「……迷える候補生への導きは、いかほどかな」

 

しかし私は連合軍側の都合だとかそんなことは関係なく、あの人の命を守らなければならないだろう。

かつてのドイツ支部のように、悪く言えば『マスター』はいくらでも替えが効く。
七年経った今は、なぜかそれが可能になってしまっている。どこからか量産されている赤い石。カサリステでも調査はしているが。

けれど、あの候補生という人の代わりは一人もいない。
マスターとしてではなく、いち個人として貴銃士たちから慕われ信頼を寄せられている人がいなくなるのは、彼らだって純粋に嫌に決まっているのだ。

人を撃てなくてもいい。
殺したくない気持ちがあるならそれでもいい。
もし殺す覚悟ができているならそれで構わない。どちらでも大丈夫だから。

──だからどうか、生きていて。

君がいなくなってしまったりしたら、それを悲しむ大の男たちがこれでもかと大勢いるのだからね。