「うわぁ!?」
「消えた……!? っ、マサトくん!」
「うん!」
せーの! と二人で扉を押すと、氷がはがれて扉が勢いよく開いた。
そこにはやはりガーディやピカチュウ、ついでにニャースもおらず、残されたポケモンたちが慌てたように外を示している。彼らの言いたいことはわかる。ステラもたった今それを目の当たりにした。
「ガーディとピカチュウが……」
「大変だ……!」
「っ、みんな、来て!」
ポケモンたちに一声かけ、ステラは部屋を飛び出した。みんなに知らせなければならない。サトシのピカチュウもいなくなってしまっては、自分だけの問題ではないのだ。
階段を駆け下りると、パーティーはもう終わってしまったらしく、大広間には後片付けをする城の人しかいない。
サトシたちのことを尋ねると、アイリーン女王と共に謁見の間へいるという。
なぜそんな改まる場所へ通されたのだろう。いくらサトシが今年の波導の勇者とはいえ、パーティーが終わったのならそれまでのことだ。疑問に思いながらも謁見の間へ向かい、扉を開ける。
「サトシ……!」
「大変だよー! ミュウが、ミュウがいたんだよ!」
「そう、そうなの!」
「まあ、ミュウを見たなんて幸運なお嬢さんと坊やだこと。ミュウを見た者は幸せになれると云われているのよ」
女王の傍に控える乳母と思われる女性の言葉に「違うんだよー!」とマサトは反抗する。
ミュウとは滅多に見ることができるポケモンではないし、幸せになれるのなら嬉しいものだが、ステラにとっても今はそれどころではなかった。
「ガーディとピカチュウが、ミュウとニャースと一緒に消えちゃったの!」
「ええ!?」
『ミュウが?』
「うわああああ!? ……ポケモン?」
サトシに隠れて見えなかったが、青い体躯のポケモンが姿を見せた。このポケモンを見たことが無かったのか、マサトは大声を上げる。
そのポケモンの物と思われる声が耳に響いて驚いた。テレパシー……。テレパシーで人語を扱えるポケモンなど初めて出会った。目が合うと、彼は目を見張ったように見えた。
「ルカリオ……」
「ステラ、ルカリオを知ってるのか?」
「うん、見たことがあるよ。わたしが見たことあるのはテレパシーで話すなんてできなかったけど」
旅の中でルカリオというポケモンは見たことがあった。
だが話によると、このルカリオはかつての伝説の時代に生きていた個体で、贈呈式でサトシが持ったあの杖に封印されていたのだという。そんなにすごいポケモンが目の前にいるとは、信じがたくも感動的だった。
そこまで考えてハッとする。
「ルカリオもすごいけどそうじゃなくて……! ガーディとピカチュウが、」
「私も見ました」
部屋へ入ってきたのはキッドだった。
ピジョットに変身したミュウがガーディたちを連れて飛んで行ったという。
この城には時々ミュウが現れておもちゃを持っていくらしい。きっとガーディたちを連れ去ったのもいたずらだろうと言う。
女王の言葉にステラは思わず壁の肖像画に描かれたミュウを見上げた。
いたずらでパートナーが連れて行かれちゃうのは、さすがに世話無いなぁ……。
女王に促されてバルコニーへ出る。そこからは大きな樹が見えた。
「あれは大きな樹に見えますが、本当は巨大な岩山なのです」
「私たちはあれを“世界のはじまりの樹”と呼んでいます」
「世界のはじまりの樹……」
ステラは名前をそのまま繰り返した。とても神秘的な名前だ。
ふとルカリオと目が合ったが、逸らされた。首を傾げるしかできないが、ステラはそのまま遠くの岩山へ視線を移す。
ミュウははじまりの樹に住んでいるが、あらゆるポケモンに姿を変えるため、ほとんど人前に本当の姿を見せないと女王は言う。
だが、波導を使い暗闇の中でも勇者を導いたと云われるルカリオは、たとえ姿を変えていてもミュウを見つけることが可能だという。
「ルカリオ、サトシとステラに力を貸してあげてくださいませんか?」
『……女王様が、お望みとあらば』
「サトシくん、ステラちゃん。私も、力を貸すわよ」
「キッドさん……!?」
バトル大会の鎧と違い、先ほどまでのドレス姿とも違うスポーティーな格好のキッドがバルコニーにやって来た。あまりの印象の違いにステラが呆気にとられていると、タケシが大声を上げた。
「あああー! あなたは、あの冒険家のキッド・サマーズ!?」
タケシの語るところ、なんと彼女は様々な世界記録を持つ有名な冒険家であるらしい。そんなすごい人が近くにいて、一緒に来てくれることはとても心強い。
だが、タケシの見せた“自分ランキング手帳”のほうがステラにはインパクトが強かった。
なるほど、タケシは年上の女性が好みなのか。
バトル大会直後に、颯爽と現れてキッドに声を掛けたあれもそういう理由だったのだろう。といっても、今はガーディの安否が最優先事項なのでその情報の行き場は頭の片隅だった。
出発は明日の朝ということになり、今日は城に宿泊することになった。それまで着ていた衣装も着替えていつも通りの服に戻る。
パートナーが連れていかれてしまった手前、すぐに眠る気にもなれなかった。
なんとなく城内を歩いてると、大広間へ入っていくルカリオが見えた。自然と足が動いてステラは彼を追いかけた。考えなしに後を追ったため、声を掛けるか迷いつつも大広間へ入る。
『……っ!』
「うわっ!?」
肖像画を見上げていたルカリオがハッとして高く跳躍したかと思うと、次の瞬間には組み伏せられて首を抑え込まれていた。いつの間にか視界が一転している。
「っ、く、くびっ、……!」
首が苦しい。ばたばたもがくとルカリオはステラを放して立ち上がった。
深呼吸して肺に空気を取り入れる。単純に驚いた。抑え込まれただけだが、さすがに度が過ぎる挨拶じゃないだろうか。
「はぁ、びっくりした……」
『……お前が黙って、私の後ろに立ったからだ』
ああ、それもそうか。先に声を掛けるべきだったと思いつつ「ごめんなさい」と素直に謝る。
『お前はあの程度の組み手も対処できないのか?』
「あの程度って……。だって突然飛びかかられるとは思わないか、ら……、っ!?」
立ち上がったと同時に言葉が途切れた。首筋に空気を切ったような風が当たる。
ルカリオの腕が勢いよくステラの首に向けられたのだ。ぎりぎりで腕は当てられていないが、唐突なそれに思わず足が後退した。
ルカリオが敢えて寸止めをしたようだが、当たっていたなら首の骨が折れていたのではないかと思えるような勢いがあったと感じる。
「わ、たし、何かした?」
黙って腕を下げたルカリオになんとか一言を向ける。驚きで心拍数が上がっていた。
何かしたかと言えば黙って後ろに立ったことだが、今謝ったばかりだ。加えて黙って後ろに立ったことに関しては、最初の一撃でチャラではなかったのか。彼がそこまで好戦的な性格だとも思えないが、二度も物理的な攻撃を仕掛けられては意外に思う。
ルカリオはわずかに口を開いたが、何も言わなかった。
……まあ、いいけど。いや、良くはないんだけど。
しかし追及しても意味はない気がした。背中を向けたルカリオに、ステラは深呼吸をしてから改めて続けた。
「明日はよろしくね、ルカリオ。わたし、ガーディを迎えに行きたいから」
ルカリオは少しだけこちらを振り向いた。
『お前はそのガーディの主人なのか?』
「うーん、間違ってはないけど……、主人はちょっと言い過ぎかな。大事な友達だよ」
『友達……』
「友達とか大事な人がいなくなったら、探しに行かない?」
『……私が案内するのは、女王様のためだ』
そう言ってルカリオは大広間を出て行った。
直接口に出されたわけではないが、どうやらあまり、いや、かなり好意的に思われていないのはたしかのようだった。