ルカリオがミュウに向かい合った。
『波導は我にあり……!』
先ほど見た映像のように光の玉がミュウを包むが、それはすぐに弾けてしまった。
『っ、私の波導だけでは足りない……!?』
「ルカリオ、俺の波導はアーロンと同じだったな?」
『何……!?』
サトシはアーロンのグローブを取り、両手に身に着けた。
「きっと俺にもできるはずだ」
サトシがミュウへ両手をかざすと、小さな光の玉が発生する。いったいどうして……。
波導に関して、サトシは使い方も何も知らないはずだ。サトシがアーロンと同じ波導を持っているからなのか、アーロンのグローブを身に着けているからなのか。
「だめだよサトシ!」
「今やらなきゃ、この樹が崩れて地下のポケモンたちもみんな死んじゃう。俺が……俺がやるんだ!」
止めなくてはいけないのに、反論が何もできなかった。
サトシとルカリオがこんなことをするのを止めたい。でも彼らがこれをしなければ、はじまりの樹が崩れる。
この下にいるポケモンたちも、この樹のどこかにいるはずのタケシ、ハルカ、マサト、ロケット団たちもみんな巻き添えになってしまう。
でもそのために、彼らが命を落としていいの?
目の前で二人が死に近付くのをただ見ているなんて。わたしは……、なんて無力で残酷なことをしなくてはいけないんだろう。
二人の波導が合わさり光の玉は大きくなるが、サトシとルカリオの体にあの衝撃が走り始めた。二人の苦しげな声が、耳に響いてしょうがない。
「うわ!?」
「サトシ……!」
ルカリオがサトシを突き飛ばした。
『あとは私に任せてくれ……っ!』
こちらを向いたルカリオは小さく笑った。
『波導は、我にあり……!』
光がひときわ大きくなった。
波導が全て送られたのか、ミュウは光の柱へと飛んで行く。そこを中心に、不穏な赤色だった空間は輝く緑へと変わり、辺りの結晶からは花びらのように光が舞った。
キッドへのバンクスからの通信で、樹が正常に戻ったと聞こえた。
そのおかげか、こちらへ戻ってきたミュウも元気な状態になっていた。
『う、……っ!』
「ルカリオ!」
座り込んだルカリオへ駆け寄る。ミュウや樹が正常に戻ったのならそれ以上のことはないが、そう手放しでは喜べない状況だった。ガーディも心配そうにルカリオを見上げる。
ルカリオは苦しげに呻き、床に手を着いた。それがすぐ傍にあった時間の花へ触れたらしい。映像が現れるあの不思議な感覚に再度包まれた。
そこへ映し出されたアーロンは、グローブを外して座りこんだ。
『ルカリオ……すまなかった。お前を、お前を封印するしかなかった……』
──ああしなければ、お前はどこまでも私に付いて来て、私と運命を共にするだろう……。無益な戦いと命を引き換えにするのは……私一人で、充分だ。
「そんなわけ……っ」
つい反論が漏れた。アーロンがいなくなり、悲しまない者が誰もいなかったなどあるのか。そんなわけがない。
巻き込まないためルカリオを封印した。戦争を止めた。城を守った。命を懸けて。
アーロンにとって、命を懸けてもいいと思えるほどにオルドラン城や世界を大切に思っていたのなら、その中には同じようにアーロンを大切に思っている者がいるのではないのか。
『ルカリオ、できることなら、もう一度……もう一度お前に会いたい……、──我が友よ』
アーロンが目を閉じるに伴い涙が頬を伝った。そこで時の奇跡は終わる。
『アーロン様……っ、私は、愚かでした……!』
「違うぜ。お前は立派な波導の勇者だ!」
サトシに同意する意味を込めて、ルカリオの手を強く握る。
「アーロンは、ルカリオや城を捨てたわけじゃなかった。ルカリオもそれがわかった……」
疑ったルカリオばかりが悪いのではない。アーロンもルカリオに本当の理由を言わなかったのだから。だがちぐはぐは、もう解けた。
「だから、それでいいんだよ」
『ステラ……』
ルカリオは頷いた。
『ぐっ……!』
「ルカリオ!」
ルカリオの体を衝撃が走る。手が震えた。
ルカリオの苦しみによる震えが伝わったのか、自分が震えたのかはわからない。ルカリオが小さく笑った。
『泣くな……ステラ』
泣いていないと言えなかった。意地を張ることすらできなかった。
それまではたしかに泣いていなかったはずなのに、その一言で抑えが効かなくなった。
認めたくない別れがすぐそこに来ている。こらえようとすればするほど、ぼろぼろと涙が流れてルカリオと自分の手に落ちる。
いっそ涙はそのままにしておく。ルカリオの手を放すのが嫌だった。声を抑える代わりのように目を閉じて、歯を食いしばる。
『なぜ、お前が泣く……?』
なぜって、
「っ、いろいろと……」
嘘をついた。理由なんてひとつしかない。
「いろいろあるけど、一番は、悲しいからかな……」
一緒に過ごした時間はあまりにも短いけれど。
彼がどれだけのつらい気持ちを抱えていたのかも、どんな思いでこの樹やみんなを救ってくれたのかも、量ることはできないけれど。
勝手に、わたしがそう思っていたいだけだけれど。
「友達がいなくなるのは、悲しいよ……」
「ワウ……」
『友達……』
「わたしやガーディと友達になるのは、まっぴらだった?」
『いや……、悪くはないな』
握っている手を握り返されて、余計に涙が止まらなくなる。
やめて。お願い。いなくならないで。そんな願いをかけるように、繋がる手を自分の額に押し付ける。
ルカリオに名前を呼ばれて、目を合わせた。涙のせいで視界が滲む。ルカリオは口元に笑みを浮かべていた。
『……っ、お前は……似ている』
「え……? なに……? 誰に?」
『だが……お前は、お前だ、ステラ』
返した疑問には答えをもらえなかった。
小さく笑ったルカリオだったが、もう体を支えることもできないのか、結晶へもたれかかった。
「ルカリオ、しっかりしろ! 死んじゃだめだ!」
『私は、死なない……。アーロン様の所に、帰る、のだ……』
「ルカリオ……!?」
どうしてかルカリオの体が透けていく。両手で握っていた彼の手も薄れていき、その温かさが無くなった。その隣にいる結晶に覆われたアーロンも、粒子となって消えていく。
舞い上がった粒子は天井の結晶へ吸い寄せられるように飛んで行き、緑の空間に波紋がいくつも広がった。
*
外に出ると、無事にみんなと合流することができた。
お互いに無事でよかったと労う。キッドの手を取り喜ぶタケシはもはや安定である。
目が合ったハルカが少し首を傾げた。ああ、気づかれてるなぁ。
ステラの目が赤いのを不思議に思っているのだろう。泣いたからだとは言いづらい。
するとマサトが何かに気づいたようにこちらを見上げた。
「……ねぇ、ルカリオは?」
その問いにありのままを答えることは心境的に無理だった。
つい言葉に詰まるが、サトシが答えを引き取った。
「あいつは……、友達の所に帰ったよ」
タケシたちの表情は驚きに変わる。何がどうしてそうなったのかはわからなくとも、その一言で三人とも悟ったようだった。
「な、ステラ」
「……うん。そうだね」
そうだったね。
ルカリオはアーロンと一緒に帰っただけだ。同じ場所にいないだけで、ステラもルカリオと友達なのだから悲しむ理由はない。
顔を上げると風が吹いた。空は青い。
「──波導は我にあり」
サトシの呟きに、今日になって初めて聞いたその言葉が、妙に近しいものに感じた。
今でも残る、波導の勇者の伝説がある。それは決してお伽話などではない。
戦争を止めた勇者の話。一人の名のある勇者の話。
だが、そこに更なる事実があることは知る人だけが知っている。
(ちゃんと知っているよ。伝説の波導の勇者は、二人いたということ)