サトシとステラは、ギラティナの頭に乗った状態で反転世界を飛んだ。
破壊された氷河の柱へ向かうと、ギラティナの体からはオーロラのような光が放たれる。そのまま柱の周囲を回転しながら上昇すると、驚くことに柱が再生されていった。
「柱が……!」
次々と破壊された柱へと向かい、同じように柱は再生されていく。
反転世界の修復。これもギラティナの力のひとつなのだろう。そしてきっと、例えギラティナの力をコピーしたとはいえ、ゼロでは決して使うことのない力だ。
「すごい……!」
「すごいぜギラティナ!」
「ピーカ!」
全ての柱を修復し終えたギラティナは、前方に空間ホールを生み出すとそのままそこへ入り込んだ。
眼下に広がる氷河と花畑に、現実世界に戻って来たのだとわかる。ムゲンにヒカリ、タケシがそこにいることが喜びに拍車をかけた。
サトシと共に手を振っていると、ギラティナは再び姿を変えた。
「ヒカリー! タケシー!」
サトシが呼びながら大きく手を振る。
ギラティナは旋回して、凍った海へと降り立った。ゆっくりと首を降ろしてくれたギラティナの頭から降りる。
「サトシ、ステラ!」
「無事でよかった……!」
タケシに名前を呼ばれ、ムゲンが心底安心したように息をついた。
「ギラティナが助けてくれたんです」
「はい。ギラティナのおかげです」
サトシと共にギラティナを見上げる。
するとギラティナは一声鳴いたと思うと、不意に翼を動かして飛び立った。そのままどこかへと行ってしまう。
『どこに行くでしゅ?』というシェイミにの問いには、さぁ……とサトシが小さく答えていた。
「ディアルガが近くにいる……?」
バッグから伸びた小さな機械を見たムゲンが呟いたが、その言葉からはギラティナの向かう先はわからない。
ギラティナの姿は徐々に小さくなっていき、空の中に見えなくなっていった。
*
その日はそこで夜を明かした。
出発の準備を終え、ムゲンも含んだ全員でグラシデアの花畑の前へ立つ。
夜明け前でまだ暗かった空は、向こうの山の間から少しずつ明るくなっていく。
「ピ……? ピカ?」
「ミー?」
「ミーッ」
ピカチュウの声に花畑を振り向くと、花畑の中には複数のシェイミがいるのがわかった。もちろん、今ヒカリに抱かれているシェイミとは別の個体だ。
「あなたの仲間たちね」
『そうでしゅ』
「間に合ってよかったな」
『みんなのおかげでしゅ』
今まで散々、感謝を要求する側だったシェイミが素直にみんなのおかげだと言った。つい自然と笑顔になる。感謝されて悪い気は起きない。
背を向けていた山からはいよいよ太陽が上ろうとしていた。
朝を迎えたためか、それまで閉じていたグラシデアの花の花弁が一斉に開いていく。
明るくなった世界に咲き誇る様には、思わず感嘆のため息が出る。「きれい……」と穏やかにこぼれたヒカリの言葉に同意した。
「シェイミ、俺たちをここに連れてきてくれてありがとうな」
『ミーに感謝するでしゅか?』
「ああ! 感謝してるとも」
再び、自分に感謝しろというような態度のシェイミだったが、サトシはそれに笑顔で頷いて返していた。出会った時はシェイミの態度に腹を立ててばかりだったのに。
素直に答えたサトシに、シェイミも嬉しそうに笑みを浮かべた。
するとシェイミはヒカリの腕から飛び出し、傍の岩へと下りる。
『ミーもサトシに感謝してるでしゅ』
背を向けたまま言われた感謝の言葉に、サトシは眉を下げて小さく笑う。
花畑にいる他のシェイミたちの体が光り出してていた。次々とスカイフォルムへと姿を変え、空へと飛び出すと花畑の上を飛び回る。
『……みんな……、みんなありがとうでしゅ』
震えたような声で紡がれた言葉と共にシェイミはこちらを振り向く。震えたように聞こえたのではない。実際に震えていたのだ。
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながらでは、そうなっても無理はなかった。つられるように喉が熱くなる。
最初からこうなることはわかっていた。シェイミとは仲良くなれたが、自分たちのポケモンになったわけではない。
花運びのためにここへ来た。遅かれ早かれお別れしなくてはいけないことはわかっていた。それでも、改めて別れの場面に立ち会うというのは、やはりなかなかつらい。
シェイミは岩からジャンプし花畑へ下りる。
『……ここで、お別れでしゅ』
「……うん」
「ああ、わかってる」
サトシと頷くと、シェイミは少しだけこちらを振り向いた。小さく笑うと再び背を向け、花畑の中へと歩き出していく。
光り出した体は姿を変えていき、スカイフォルムになったシェイミは飛び上がった。
大きく空を飛ぶ姿にほっと息をつくと、後ろから追い風が吹いた。風に吹かれたグラシデアの花びらが舞っていく。花弁が舞う中に、シェイミたちは連なるように飛び回っている。
夜明けの澄んだ青い空に、ピンクの花びらが美しく映えていた。それをより美しく見せているのがシェイミたちである。
これが、新しい花運びの始まりか。
「氷空の、花束……!」
感動したようなヒカリの言葉に、少しだけ彼女の横顔を見やる。その言葉がすとんと胸に落ち着く。言い得て妙だ。なんて素敵な言葉だろう。
「うん!」
同意するようにステラはしっかり頷いた。
あのシェイミを先頭に、シェイミらは自分たちの頭上を越えて飛んでいく。
『みんな、さよならです!』
はっきりとした別れの言葉だったが、それは悲しさを含んではいなかった。
シェイミたちの後を追いかけるようについ走り出してしまう。少し先ですぐに止まらざるを得ないのだけれど。
サトシやヒカリも共に走り出し、その先で立ち止まる。
山を越えていくシェイミたちを見送ると、サトシはごしごしと目元を拭っている。誰だって、仲良くなった者との別れは悲しい。ステラもそっと目をこすった。
「迷子なんかに、なるなよなー!!」
そう叫んだサトシの言葉は、素直で、それでいて精いっぱいの激励だった。
そしてまた風が吹いて、花びらが舞った。