初めてフロアで接客をした翌日から、私はそちらへ回されることが多くなった。三つ子曰く「適材適所」とのことだった。
たしかに厨房での作業に比べれば、大きなミスはしていない。以前よりはスムーズに仕事をしている。
以前とは少し変わったことがある。なんだか前よりも女性のお客様が増えたような気がしていた。気のせいかもしれないけれど。
三つ子の彼らの容姿が見てのとおり整っているため、元々女性客の割合は多かった。もちろん男性客や家族連れも多いけど、観察してみると多いのは圧倒的に十~二十代の女性だ。
そして、女性客が増えたと思われる原因が、
「ミエルくん、追加注文お願いしまーす」
「はいっ、今行きます」
「ミエルくん、次こっちもお願い」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「うんうん、待ってるねー」
どうやら私であるらしいのだ。
初接客の日に、うっかりと男子に間違われたのは記憶に新しいが、まあいいか、と軽く考えていた。あのお客様たちがそう思ったのなら仕方ない。別に大した問題でもないだろうと思っていた。けれど、憶測を誤ったようだ。
口コミや噂話大好きな年代の女性たちの間で、“サンヨウレストランに新しいウェイターが入った”という情報が広まったらしい。
『お前、間違われたとき訂正しなかったのかよ!』
『だ、だってあそこで「私、女です」とか言える空気じゃなかったし、言ったら言ったでお客様が気まずくなるだろうし……』
『そもそもここまでになるとは思わないよね』
『そこだよデントくん!』
『まったく、必ず何かをやらかさないと気が済まないんですかあなたは』
『ご、ごめんなさい』
悪い評判が出回っているわけではないようだけど、完全に私は男であるという内容で情報が広まってしまっていた。
ショートカットと服装のせいか中性的に見えなくもないが、別段男顔をしているわけではない。背格好も三つ子の彼らと比べると違う。
それでも事前情報を得ているお客からすれば、実際に私を見ても“この人は男の子だ”という先入観により、多少の違和感は修正されてしまうのだろう。
今となっては、ちょっと小柄な男の子として「ミエルくん」と当然のように呼ばれている。
おそらく、お客様の一人に「すみません、私女なんです」と言えば再び噂や口コミで広がっていくだろうから、訂正が効かないわけではない。
しかしなんとなくそれはできなかった。勘違いから広まってしまったわけだが、お客様が親しみを持ってくれていることは事実なのだ。少なくとも“ウェイターの私”に悪い感情は向けられていない。
「ご注文をお伺いします」
「さっきミエルくんが言ってたおすすめのモンブランを二つお願いね」
「飲み物は何がおすすめかな?」
「このモンブランは甘めなので、ハーブティーやコーヒーだと後味がいいと思いますよ」
じゃあ私レモンティーにするね。あたしはハーブティーにする。と、あっさりとおすすめに乗っかるお客様につい苦笑する。
「いいんですか? ご自分で選ばなくて」
「前もそうだったけど、ミエルくんの言う組み合わせってホントにどんぴしゃでおいしいんだよね」
「そうそう。だからあたし達が選ぶよりもミエルくんのおすすめにしたほうが確実!」
「それなら嬉しい限りですが。……ご注文は以上でよろしいですか?」
「うん」
にこにこと嬉しそうに話すお客様を見ると、少しホッとする。
同性とはいえ好意を向けられるのは悪いことじゃないし、それでいてお客様も気持ちよく食事していられるなら一石二鳥だ。
お客様に声を掛けられて悪い気はしない。でもちょっと、複雑な気持ちになってしまう。
モテるってこんな感じなのかな、としみじみ考えてみたりする。日頃から思っているけど、容姿が整っている人はそれだけで得なんだなぁ。三つ子の彼らも例外ではなく。
女性客の割合が多い最大の理由は彼らだろう。
もちろんここは料理もデザートも評判がいいので、繁盛の理由はそれだけではないと思うけど、それでもやはり三つ子目当てで来るリピーターが多いはずだ。
そうだとすると、私は何だろう。
女性受けはしているようだけど、別にイケメンでもかわいい系でもないし、三つ子と比べるのもおこがましい。いや、かといって自分が特別不細工なのだと思ってはいないけど。さすがにそこまで言うのは自分に申し訳ない。
「はぁ~、コーン君ってば今日も素敵」
フロアを出ようとすると、うっとりと彼を見る女性客が複数目に入った。さすが、本物のイケメンは違う。
その視線の先にいるコーンくんは、接客中なのでとてもいい笑顔をしている。
私の中でのコーンくんは怒っていたり、険しい顔がデフォルトになってしまっているので、未だに笑顔の彼はちょっと見慣れない。そんなのはたぶん私だけなんだろうけれど。
*****
ミエルがフロアでの仕事をするようになってから、女性客からの評判が良くなった。それはミエルを男子と思って来ているからという意味もあったが、それよりもスイーツが以前よりもおいしいという情報が広まったからだ。
コーンたちには疑問だった。特にスイーツのレシピに改良を加えた覚えはないし、新作もここしばらく出していないのに以前よりおいしいとはどういうことか。
だがその疑問は案外すぐに解決した。
「デザートの飲み物、どうしようかなぁ」
「あんたチョコケーキでしょ? ミントティーの組み合わせがおいしいよ」
「それって誰情報?」
「ミエルくん情報。前に教えてくれたの」
「あ、じゃあそれにする」
注文を受けたときのお客の会話だ。
根拠がおかしい、とコーンは内心で突っ込んだ。
切れ切れながらも集めた話によると、デザートに付ける飲み物の組み合わせが、ミエルのおすすめだととてもぴったりでおいしいのだという。男性客からはあまりその話を聞かないことから、女性の味覚に合った組み合わせのようだ。それでか、とコーンは納得する。思いがけず貢献してくれていますね。
ミエルは女子なのだから、女性客が好む組み合わせがわかるのだろう。
今度、新作の味見でもお願いしてみましょうか。
比較的ロンド
───輪舞曲