※公式に沿わない設定。
世界帝軍との戦いが終結し、世界は本来の平和を取り戻しつつあった。しかしシャルルヴィルはそれを手放しで喜ぶことができないでいた。
「マスター、聞いた? 戦いが終わってから、君って〝聖女〟って呼ばれてるんだよ」
レジスタンスは彼女という「マスター」の存在を公表してはいないが、どこから話が広がったのかどうやら「不思議な力を持った女性がこの戦いの要になった」ということが広まっているらしい。
間違ってはいない。彼女がいなければ自分たち貴銃士の存在はなかっただろうし、そうでなければレジスタンスが世界帝軍に勝利することなど遠い夢だったに違いないのだ。
だからそのための力を持った彼女は、人々からすれば間違いなく聖女と言えるのだろう。
実際の彼女は、もっともっと、普通の女の子であったけれど。
マスターとしての不思議な力を持っていても、自分の存在がちっぽけであることを自覚していた。自分ができることなどたかが知れていると、よく口に出していた。
それでも世界の平和を願って、どれだけ小さくともレジスタンスの活動を続けた。
自分がちっぽけであっても、きっとこの活動は無駄にはならないと信じて、誇りを持っていて。
その姿は貴銃士ならば全員が認めることができる高貴なものだった。そのおかげで、こうして世界には平和に平等になり始めている。しかしながら。
「聖女だって。君のこと、何も知らない連中がそう呼んでるとか、笑っちゃうよね」
シャルルヴィルは呆れたように鼻で笑った。
世界が大嫌いだ。なぜかと言えば、世界は彼女を殺したから。もう、彼女はいない。世界にあの人はいなくなった。
マスターとしての不思議な力の代償だとでも言うように。
革命となった戦いを終結させた後、彼女は亡くなった。平和になった世界が彼女を殺したように見えた。
「ねぇマスター。俺、前に言ったよね。俺の高貴は、君と生き残ることだって。……君とそれができなくなったから、今の俺は、もう高貴じゃないのかな」
どのみちもう、戦いどころか絶対高貴になる必要もないんだろうけど。
もう貴銃士でなくてもいい。貴銃士であろうとしなくていい。シャルルヴィルにとってそれはどこかに安心をもたらすような事実に感じられた。かつて絶対高貴になれず、思い悩んだことがあったからか。今はもう、それで悩むこともないが。
「……最低、なんだろうけどさ。俺、……平和になったから君と一緒にいられなくなったっていうなら、平和になんて、ならなくてよかったのにって思っちゃうんだ」
争いなど続いていればいい。誰かが苦しんでいても構わない。そんな世界だったからこそ彼女と共にいれたというのなら、そのままの世界でよかった。
他の者の前では決して言えないような、最低なことだ。レジスタンスの仲間たちへの侮辱にしかならない。彼女だけではない。他の仲間たちだって、命を懸けて平和を願っていたのだ。
「……でも俺は、世界なんて大嫌いだよ。……っ、大っ嫌いだよ」
喉が熱くなるのを感じる。その熱が目へと伝導する。
堪えきれなくなり、ぼろりと目から涙がこぼれる。一度堰が切れてしまえばそう簡単には止まらない。唇を引き結んで声こそ堪えるが、ついに立っていられなくなった。子供のように膝を抱えて、その場にうずくまる。シャツの上から自分の腕を力いっぱい掴む。
自分が今までしてきたことは世界のため、否、彼女のためだった。
彼女がそれを望むから、叶えてあげたかった。これまでも、これからも。
心、と言っていいのであれば、胸の真ん中がぐちゃぐちゃになりそうで、代わりに髪を雑にぐしゃりと掴んだ。
「……っ、……俺は、君をいなくならせた世界なんか、ほんとに、嫌いなんだよ……! ……でも……だけどっ、」
君が、世界を愛していたから。平和な世界を願っていたから。
彼女が好きなものは自分も好きでいたかった。彼女が大切にしようとしたものを、自分も大切にしたかった。その覚悟を伝えるために、ここに来た。
どうにかこうにか涙を拭い、地面に置いていた物を持って立ち上がる。
「……やっぱり世界って理不尽だからさ、永遠に争いのない世界って、不可能だろうなって俺は思う」
そうでなくては、そもそも『軍用銃』の自分なども生み出されないのだから。
平和が訪れ始めている時に言うことではないのは承知の上だ。
だが、激動のフランスの歴史を経験している自分からすれば、争いというものはいついかなる時も起こり得る。
誰が望むでもなく、何かをきっかけにしてすぐに発生してしまうだろう。
「それでも、君が願ってた平和な世界が少しでも長く続くようにするよ。それが、これから俺がしていくことなんだ。どう? 今の俺って、すっごく高貴じゃない?」
茶化すように笑って、手に持っていた花束を置く。
「マスター……。俺、頑張るからさ。最期の時は、褒めて欲しいな」
それがいつになるかはわからない。自分はまだしばらくこの世界にいなくてはいけない。
やってやるよ。俺の大好きなあの人のためだからね。
彼女の名前が刻まれた墓石の前でシャルルヴィルは精一杯笑い、しばらくしてから背を向けてその場を立ち去った。来た時と違って足の動きは軽い。
きっと幻だった。ふと鼻を掠めたような消毒の匂いも、名前を呼んでくれたような声も。
──まるで目の前にいるかのような、笑いかけてくれた大好きな彼女の姿も。
きっとすべては、大嫌いな世界が起こした幻に違いなかった。