放たれる弾丸

箱を開けて服を取り出す。
白いシャツを頭からかぶり、セットであるズボンをはく。

さらにもう一つある箱を開けると、深い青色の小物それぞれが姿を見せる。群青色というのだったか。
その中でも最も存在感のある、甲冑の役割を果たす装具を身に付ける。布製ながらがっちりと編みこまれたこれは堅い。とはいえ、それだけでは甲冑の意味を為さないので、内側には薄い装甲がある。肩の留め具を留める。

 

「軽い……」

 

わたしが思っていたよりもずっと軽く、思わず感想が漏れた。
肘と膝にも装具を付けて、籠手を両腕にはめる。手の甲が覆われたが、元々防具なのでそれは当たり前だ。
ブーツを履いてしっかり紐を結ぶ。こういう履物は慣れていないのでさすがに違和感がある。アーロン様はいつもこんな感じで歩きにくくないのだろうか。慣れればそうでもないのかなと思いつつ、腰にベルトを着けて甲冑を体に固定する。

鏡に映るわたしの姿は普段とはかなり違う。

 

「でも、案外似合ってるかな」

 

独り言と共に鏡の中のわたしは笑う。顔にパシンと気合を入れて自室を出た。
廊下を歩き、目的の場所に辿り着いたのでノックをして返事を待つ。

 

「リーン様、エストレアです」
「お入りなさい」

 

中にいるリーン様から許可が出たので静かに扉を開ける。

 

「お呼びのとおり参りました」

 

リーン様はわたしの姿を見て少し目を見開いた。

 

「思っていたより似合っていて驚きました」
「お褒めに預かり光栄です」

 

この服に着替えてから部屋に来るようにと、リーン様から指示をもらっていた。
リーン様は椅子から立ち上がるとテーブルに置いてあった箱を開けた。

 

「これを渡すために呼んだのです。こちらへ」

 

手招きされるままに傍へ行く。開けた箱からリーン様は銀朱色の長布を取り出した。それをわたしの首へかけるとスカーフのように巻き始める。そのことにぎょっとした。

 

「リ、リーン様! 自分でできます、どうかお手を煩わさず、」

 

こんなことをリーン様にさせてどうする。渡してもらえればあとは自分で巻けるのだから。

 

「じっとしていなさい」

 

思いがけず強い口調で言われ、体は否応なしにそれに従っていた。
リーン様は命令という権力をむやみやたらと振りかざすことはしない方だ。だからこそ、たまにしか聞くことのない強い口調は城内の者にとっては絶対的な威力を誇っているのは間違いない。
リーン様はわたしの後ろに移動し、布を結んでいるらしい。

 

「さあ、できました。どうかしら」

 

正面に向き直ったリーン様はわたしを鏡の前へ連れて行く。さっき自室で見た姿とはまた違う、首に巻かれた布の色は甲冑の青と互いに映えている。

 

「これは?」
「これが兵服の正式な装備です」
「……そうでしたか」

 

リーン様はうっすらと笑みを浮かべていたが、どことなく悲しそうであるのはわかる。

ひと月前、ロータは正式に自衛軍隊を設立することを発表した。
場合によっては現状の他国らを刺激してしまうのではないかと危惧されたが、今のところそういう動きはない。
国民に戸惑いも走った。だが、ロータはいかなる理由があろうと争いに参加することはしない。かといって、ただ黙って巻き込まれることもしない。攻撃のためではなく、防ぐための軍であると言ったリーン様の言葉は民を鎮めた。

そして志願者を募った。最大上限は通常の軍よりかなり少ない。

 

「あなたが入隊を志願するのはまったくの盲点でした」
「リーン様の意表をつけたことを喜ぶべきですね」

 

茶化して言うとリーン様もつられて笑う。
わたしはそこに入った。もちろん志願は自分からした。誰かに薦められたわけでも、命令されたわけでもない。

 

「志願条件は満たしていますし、性別を問うという項目はありませんでしたから」

 

心身共に充分に健康であること、規定された年齢幅に含まれること、その他諸々。
募集上限が少ないにもかかわらず条件は一定の厳しさを保っているのは、一般市民から兵を集めなくてはならないことに対するリーン様の配慮だろう。

 

「リーン様は守るためにご自身がすべきことを決めました。ですから、わたしも先代様の教えを全うします」

 

頷いたリーン様は、思い出したように口を開いた。

 

「入隊について何かを言うつもりはないけれど、それ以外の時は変わらず侍女を務めてくれなくては困りますよ?」
「当然です。むしろリーン様はわたしが侍女のお務めを辞めると思っていらっしゃったのですか? 心外ですね」
「あら、それはごめんなさい」

 

肩をすくめたわたしに、リーン様は笑った。

 

「そろそろ入隊式のお時間ですから、参りましょう」
「エストレアは先に整列して待っているべきではないの?」
「リーン様を闘技場までお送りしてからでも間に合います。行き先は同じですし、何より、今おっしゃったではないですか」

 

わたしは丁寧に頭を下げる。

 

「わたしはリーン様の侍女ですから」

 

表情はわからないが、リーン様が小さく笑ったのはわかった。

 

 

暗い自室に戻ったわたしはそのままベッドに倒れ込んだ。

物理的にも心理的にも重い体を起こして甲冑を外す。
完全装備はしないまでも、訓練中は甲冑を着けっぱなしだ。慣れる意味も込めて最初から身に着けていいたほうがいいという理由である。軽量化されたものとはいえ、身に着けた状態で長時間動き続けるのはさすがに応える。

 

「兵法の復習しないと……」

 

兵法や隊列などの基礎から訓練は始まっている。体ができていなければ話にならないので、体力訓練ももちろんある。
半ば体を引きずるようにして机に向かい、今日習った部分をざっと復習したところで頬杖をついた。

 

「全然、会ってないな……」

 

主に青の二人の所へ。
二人ともわたしが入隊したことは知っている。訓練後の夜はきちんと休むべき、とルカリオから言われたので稽古はひとまず打ち止めになった。

そしてアーロン様の所へもだ。
訓練中も休憩はあるものの、今までのようにお菓子を作ってリーン様の所へ行き、さらにアーロン様の所へも行けるような時間はない。リーン様には料理人さんが作ったものが運ばれているはずである。

しかし、自主的に……悪く言えばわたしの勝手で行っていたことができない今、アーロン様と話をする機会もなくなった。あの日以降の、喧嘩のような状態のままでずるずると今に至っている。
思えばアーロン様との唯一の接点だった。それがなければ、きっとわたしはアーロン様とほとんど関わらなかっただろう。ただ事務的に挨拶を交わす程度だったかもしれない。そんなのは絶対に嫌だと今は思う。

紙やペンをよけて机に突っ伏す。
最近、アーロン様に何か変わったことはあったのだろうか。お茶の時間が空白になってからはどのように過ごしているのだろう。なんでもないことのように、その時間を有意義に過ごしていらっしゃるのだろうか。

 

「……」

 

そう予想してみると、今までのわたしの行動が無に還ることに気づいたのでやめた。いくら勝手な予想とはいえ、それは悲しすぎる。

少し瞼が重くなってきた。もう寝よう。
頭も体も疲れているのに、気分が落ちることを考えたら余計に疲れてしまう。ベッドに潜り込むとすぐに意識は落ちていった。