コイルたちの応戦をさせていたポケモンたちを慌ててボールへ戻す。
自らが飛べるトゲチックはすぐに母艦から離れ始めたので安堵する。ウインディのみボールへ戻し、先ほどのようにムクホークの背へ飛び乗ると彼はすぐさま飛び立つ。
ムゲンとサトシ、ヒカリも再び飛行メカへと乗り込むと全員が母艦から離脱した。
母艦の一部に引っかかっていたギラティナがなんとか体を動かしたと思うと、自身の重さによってそこからずり落ちてしまう。そのままギラティナは氷河の海へと落下してしまった。
すぐにでもギラティナの所へ下りたいが、下手に下りれば母艦の落下に巻き込まれてしまう。ムクホークは加速して上昇し、母艦から距離を取ってくれた。
その直後、母艦の中央から別の小型メカが飛び出し氷河の海へと突っ込むのが見えた。
母艦は絶壁へぶつかり、スピードを緩めながら森へと落ちた。森に棲むポケモンたちがその付近から逃げていくのが見える。
野生ポケモンたちが無事であることを願いながら下を見ると、ギラティナがゆっくりと海から陸地へ上がっていた。
だがギラティナは、そのまま力なく地面へ倒れこんでしまう。ムクホークが着地するや、ステラは降りてタケシと共に駆け寄った。
「ギラティナ!」
近づいて頭部へ手を触れるも、その目は固く閉じられている。氷河の海へ落ちたせいもあるだろうが、それにしても体がひどく冷たい。
近くへやって来たピカチュウとポッチャマもただならぬ声を上げる。
「ギラティナ……?」
思わず声が震えそうになる。だがギラティナはぴくりとも動かない。後ろにいるサトシたちが息を呑むのがわかった。
間に合わなかったのか。しかし「まだ生きてる!」と声を上げたヒカリの言葉に、ギラティナの体がまだわずかに上下しているのに気付いた。
「ギラティナ、しっかりしろ!」
『死んじゃダメです!』
目こそ開かないが、サトシとシェイミの呼びかけに答えるようにギラティナが小さく声を発した。まだ生きている。ただ、死の寸前になるほど体力が著しく低下してしまっている。
するとシェイミがギラティナの背に乗り、緑色の光を発し始めた。輝かしい光はギラティナの体を覆う。
「シェイミの技、アロマセラピーだ……」
ムゲンの言葉にはっとする。そうだ、体力が低下しているのなら早急に回復させることができれば、あるいは。
「トゲチック!」
「トゲチッ」
「トゲチック、ねがいごと!」
ボールから出したままだったトゲチックを呼べば、すぐに傍へと来てくれた。ねがいごとの指示に頷いたトゲチックは、シェイミ同様ギラティナの背に乗る。すると星が降り注ぐように、白とも銀ともいえる光がギラティナの体へと広がっていく。
ねがいごとは体力回復の技だが、じこさいせいやねむるといった技と違い、技を使用したポケモン以外に対しても効果を発揮する。
これでどこまでギラティナを回復させられるかは賭けでしかないが、一か八かであろうともやらないという選択肢はなかった。
気づけば森に棲むポケモンたちが近くへと来ていた。まるでギラティナを心配するように。
もう、自分にはこれ以上何もできない。
花畑一帯に広がる光に、その様子を、もはやポケモンたちと同じように見守るしかできなかった。せめて自分の体温を分けるように、ギラティナの頭部を抱きしめるように寄り添う。
『ミー……ッ』
「トゲチッ……」
回復技の使用に息を上げた二匹の光が止まる。
唇を噛み、ギラティナへ触れる手に力を込めた。これでだめなら、おそらくもう……。
すると、何かに気付いたようにシェイミとトゲチックがギラティナの背から飛び立つ。それと同時に、大きな体がゆっくりと動き出した。
「あ……! うわっ!」
動きだした体はしっかりと足を地面につけて起き上がり、その力強い足の動きに地面からは砂が舞う。
喜びの間に離れるタイミングを逃したステラは、浮かび上がったことに慌ててギラティナの頭へしがみついた。
ステラを頭に乗せたまま長い首を伸ばしながら、たしかに目を開けたギラティナはその元気を示すように大きく咆哮した。
その様子に全員がわっと沸き立つ。しかし、嬉しさの中にシェイミは少し怯えたようにヒカリの後ろへと隠れた。
ギラティナにも理由があったとはいえ、狙われて反転世界へ連れ込まれようとしていたことを考えると、それにも納得がいくけれど。
シェイミの様子に苦笑したサトシが、二匹を仲介するように「シェイミとトゲチックがお前を治したんだ」と笑顔で伝える。
彼らを見下ろしたギラティナにシェイミはまだ少し怯えているようだったが、ピカチュウがギラティナの体を上ってこちらの近くへとやってくるとギラティナに声をかける。
サトシのように、ピカチュウもギラティナに伝えてくれたのだろう。シェイミは安堵したような表情を見せ、『ミーも!』とギラティナへ近づいた。
『よかったです!』
「うん……、ほんとだね!」
シェイミの言葉にステラも大きく頷いた。
野生ポケモンたちも含め皆でギラティナの復活を喜んでいた中、氷河の海から勢いよく何かが飛び出した。
驚いてその方向を見ると、そこにいたのは先ほど母艦から飛び出したゼロの小型メカだった。
そのメカから、青い光の玉が発射された。真っ直ぐにこちらへと向かってくる攻撃にギラティナは振り向き、口から青い玉を発射する。
慌ててピカチュウを抱え、ギラティナから振り落とされそうになるのを何とか堪えた。ぶつかり合った攻撃は相殺されて爆発する。
メカから発射された今の攻撃は、ギラティナが応戦した技と似ていた。なぜ。
ピカチュウ、ポッチャマ、タテトプスがメカに向かって攻撃を仕掛ける。タテトプスのラスターカノンが命中した。
しかし飛行したメカが加速したと思えば、向こう側にそびえる氷河に黒い穴が開いてメカは姿を消した。
「消えた……!?」
「今のは、反転世界への穴じゃ……」
「ああ、反転世界に入ったんだ。ゼロは、ギラティナの力を手に入れてしまった……!」
問いに答えるようにムゲンが言葉を続けた。
ゼロの計画は頓挫したわけではなかったのだ。ムゲンがシステムを止めたことでギラティナを救うことはできたが、ゼロの欲しがっていた『反転世界へ自由に出入りする力』は既に充分すぎるほどゼロの手へ渡ってしまったのだろう。
その矢先、突如として海の水が跳ね上がり全員が大きな衝撃に襲われた。
「なんだ……!?」
「ゼロが反転世界から攻撃してきたんだ……!」
そんなこと、一体どうやって。
ムゲンの言葉に疑問が浮かびかけたが、ムゲンに初めて会った時に教えられたことを思い出した。
反転世界には現実世界を映している泡のようなものがある。あれを壊した影響は、現実世界に直接的に反映されると。
つまり今の衝撃は、こちらが映っている泡をゼロが攻撃したということだ。
反転世界からは現実世界を見ることができる。対して、こちらから反転世界を見ることはできない。このままでは一方的にやられてしまう。
「ぅわっ!?」
どうすればいいのかと考えていると、咆哮したギラティナが飛び上がった。大きな揺れに、ギラティナに乗ったままだったステラはしがみつく手に力を込める。
飛び上がったギラティナが反転世界への穴を作り出した。どうやらギラティナは戦うつもりらしい。
「ステラ!」
「わたしは大丈夫!」
サトシたちへ叫び返すと同時に、ギラティナは穴へと入り込んだ。
反転世界へと入り込むと徐々にギラティナの姿が変わっていき、初めてギラティナを見た時の姿へと変わった。
「あ……そっか、反転世界では重力が違うから」
ここがギラティナの棲む世界だというから、おそらくはこれが本来の姿なのだろう。
さて、サトシたちに「大丈夫」とは言ったが。
完全にギラティナから降りるタイミングを逃し続けてこの状況に至るわけであるから、明確な策があるわけではなかった。それでもとにかく、どうやってでもゼロを止めなくてはならない。
「ごめんねギラティナ。今更降りるわけにもいかないから、一緒に戦ってもいい?」
そっと首付近を撫でると、ギラティナは承諾するように小さく鳴いた。
「ありがとう」
小さく笑えるくらい不思議と落ち着いていた。
きっと自分一人では、ゼロを止めるなんてさぞかし無茶なことだろう。だが一人だけでそれをやれと言われている状況ではない。
ギラティナが協力してくれる。自分のパートナーであるポケモンたちもいる。だからきっと無茶なことではないと思えた。