幻に見せられたなら

※ねつ造IFルート

 

 

一人の軍人が亡くなったらしい。

少人数での葬儀が行われた。
軍の関係者が埋葬されるこの場では、特別珍しいことではない。墓地の管理者として、軍の担当者から今回の料金をもらい管理部屋へと戻った。

だがふと窓へ目を向けると、とうに葬儀は終わったというのに未だ立ち去っていない者がいた。
およそ葬儀には似つかわしくないような白いコートを着ている。
世界帝軍とわかるガスマスクを着けているので顔はわからなかったが、その者はしばらくしてから、ようやくそこを立ち去って行った。

 

先日の葬儀から数週間が経った。
見回りのために墓地を巡っていく。すると、とある墓石の前で足を止めた。

銃が墓石の傍に転がっていたのだ。
銃はかなりぼろぼろな状態であり、銃に関しては素人である自分から見ても、修復は不可能なレベルであることはわかった。

しかしながら、ぼろぼろとはいえ銃の所持はまずい。
武器の所有がばれたら世界帝軍へお縄にされる世の中である。血の気が引く思いがしたが、仮にもここは殉職した軍人用の共同墓地であり自分はその管理者だ。

少なくとも、世界帝軍から直接ここの管理を任されている。
ならば少しくらい温情が働いてくれるのではないか。そんな少しの期待を込めつつ、転がっていた銃を拾い上げて管理部屋へと急いで戻る。

世界帝軍へと直接つながる電話番号へ連絡し、用件を伝えてみる。すると「別の者へ繋ぐからそちらに確認をしてもらいたい」と言われた。
よもや、いよいよお縄にされる大事に発展するのではないかとびくびくしながら回線の接続を待った。

 

『はい』

 

繋がれた先で発せられた声から、相手は若い男だった。
ひとまず、修復不可能な銃が墓地にあったのだがどうすればよいか、と問う。ついでにこの銃の型も伝えた。
相手は少し黙ったが、逆にこちらに問うてきた。

 

『その銃があったのは、どなたの墓石がある場所で?』

 

一瞬、何を訊かれているのかわからなかった。
先ほどは慌てて管理室に戻ってきてしまったので、墓石が誰のものかなど見ていなかった。
しかし、銃があった場所からして……と、眠りについている者たちの名簿を手元に引き寄せてページをめくる。

たしかあそこは、数週間前に一人の軍人が埋葬された場所だ。銃が転がっていた場所にいるのは──。

 

「マリー・コラールという方です」

 

電話越しにその名前と階級を伝えると、相手の男はまた少し黙った。
そして「愚弟が戻って来ないと思えば……」と電話の向こうでひとりごちるような声が聞こえた。

あの、とこちらが口を開こうとすると、相手がそれを阻んだ。

 

『あなたの所有物ではないことは重々理解できたので、特にこちらから懲罰は下しませんよ』

 

こちらにお咎めはないとわかりひとまずほっと息を吐く。
安堵したところで、もう一つ確認をしておかねばならないことがある。それを相手へと伝える。

 

『……ああ、銃をどうすればよいかですか? 銃は修復不可能なのでしょう? ならば廃棄処分で結構です。できれば、』

 

──その銃があった墓石の傍に埋めてください。

なにやらおかしなことを言うなぁ、と思ったが「では、頼みましたよ」と一方的に電話は切られた。

銃を墓石の近くに埋めろなんて奇妙なことだ。しかしここの管理を任されている者として、下手に逆らいたくはない。
おとなしく従っておこうと、その銃とスコップを手に取り再び墓地へと繰り出した。

件の墓石の近くに辿り着き、銃を置いて地面を掘る。
穴が浅いと雨風で晒されてしまうかもしれない、と少し深めに掘り進めた。

この銃は、この墓石に刻まれた者の持ち物だったのだろうか。
しかしそうだとしたら、なぜそれが今更になってここにあったのだろう。
疑問に思うも、しかし自分が考えてもどうしようもないとして、掘った穴に銃を置き土をかぶせた。
これで問題ないだろう。その場から去ろうと足を動かしたが、不意に何かを感じて後方を振り向いた。

不思議な光景を見た。
墓石の前にはいつの間にか誰かが立っていた。その姿には見覚えがあって、数週間前に葬儀の場で見た白いコートの者だった。
あの時と違い、ガスマスクを着けていない。その横顔を思わず凝視してしまう。男、か……?

そのひとはゆっくり上を見上げる。
すると、何もないはずのそこにうすらとした女性の姿が浮かび上がった。女性はあろうことか、墓石の上に立っている。

黒いスーツに身を包んでいるその女性は、白いコートの男を見ると少し悲しそうに微笑んだ。
男も男で、なんてことないように眉を下げて笑っている。

そして導かれるように、女性も男もお互いに腕を伸ばす。
女性の姿はふわりと墓石から離れ、男はそれを受け止めて、そっと抱きしめあった。

いったい彼女と彼は誰で、どこから現れたのか。そんなことを考える気は起きなかった。

ああ、きっとふたりは会いたかったのだ。
不思議と当たり前のようにそう思った。同時に、ただ会いたいだけの関係ではなかったのだろうとも思う。もっと深い、何かが。

ならば邪魔などするまい。
その場から去ろうとしたと同時に、愛おしむように抱きしめ合ったふたりの姿は薄れているように見えたが、それを見届けることは野暮であろう。

あのふたりが何者であったとしても、かつてどのような関係だったとしても土に眠る者たちすべては平等だ。
だから、この先、平等に愛が許されるのだ。