専門的カンタータ

最近ジムへの挑戦者が少なくなったなと思っていた。

私には特に関係ないけれど、近々今季のイッシュリーグが開催されるようだ。その時期ならばもうすでに挑戦者はバッジを八個集め、開催場所を訪れているはずだ。
ポケモンリーグは大きな祭典だ。見に行く人が多数いるだろう。しかしながら、お客様たちはここしばらく三つ子のバトルを見ることができていないのを残念がっているようだ。特に女性客は。
お客様たちもポケモンを持っていないわけではないだろうが、彼女たちは自分がバトルしたいのではなく、あくまで三つ子のバトルを見ていたいのだろう。

 

「ねぇ、ミエルくんはバトルってするの?」
「へ? ええ、まぁ。しないわけではないです」

 

メニューから顔を上げたお客様二人は興味ありげに笑った。

 

「へぇ! じゃあ結構強かったり?」
「いえ、そこまででは……」
「そうなの? でもちょっと見てみたいよね、ミエルくんのバトル」
「わかる! 気になるよねぇ」
「あはは……ありがとうございます。でも今は勤務中ですからまたの機会に」
「ええ~残念」
「それでしたらお客様、」

 

苦笑して、バトルの話題をかわした私の肩に手が置かれた。
驚いて斜めを見上げる。会話に入ってきたのはコーンくんだった。いつもの接客のように、私にはほぼ向けられることのない優しさあふれるスマイルだ。

別にこれは営業スマイルというわけではないのだと最近気づいた。ヒヤップを始め、ポケモンたちにもそういう笑顔を向けることを知ったのだ。

コーンくんはクールだが、レストランの営業、ジムリーダーとしてのバトルには熱い思いを持っている。それは他の二人も同じだ。
誇りあるレストランに大きな害を成した元凶の私には、そりゃあいい顔はできないだろう。それでいて、最初の頃はミス連発でさらに迷惑をかけていたのだからそんな従業員には厳しくせざるを得ない。
でも、コーンくんは優しい人だ。私には、クールで厳しい面が強く印象づいていたがそれは仕方がないことだったのだ。

見上げた私にコーンくんは口元を上げる。なんだろう……?

 

「せっかくですから、エキシビジョンマッチとしてバトルを行うのはいかがでしょう?」

 

その提案に呆ける私と、ぱっと顔を輝かせるお客様はとても対照的になっただろう。このテーブルだけではなく、他のテーブルの人たちもざわつき始めた。
コーンくんは注文を取っていたポッドくんとデントくんに目配せすると、頷きあった三人はパチンッと指を鳴らす。

 

「イッツ ショータイム!」

 

一気にお客様が「キャー!」と沸き立ち、食事をそっちのけでバトルフィールドのほうへと移動していく。

 

「さぁ、行きますよ」
「いやごめん、付いていけてないんだけども」

 

唐突なショータイムに困惑するしかできない。私を促すコーンくんは楽しそうに笑う。ああ、この表情は初めて見たなぁ。

 

「珍しく面白い提案したな、コーン」
「あ、やっぱり珍しいんだ……」
「最近ジム戦もなかったし、丁度いいね」
「デントくん、丁度いいの意味が私よくわからないんだけど」
「面白そうだからいいじゃないですか」
「もうそれに尽きるんだね三人とも」

 

面白そう、楽しそう。それに反対する要素は今の三人には皆無らしい。
いまいち追いつけていないが、ひとまずバトルフィールドへ向かうと、先行く三人が私を振り向いた。

 

「それで?」
「え?」
「誰とバトルしますか? コーンと戦うなら、それはそれで構いませんが」
「オレだよな!」
「僕もミエルとバトルしたいな」
「え、そういう流れなの!?」

 

私以外の三人がバトルを披露するということではなかったらしい。

 

「発端はミエルのバトルという話題だったんですから当たり前でしょう」
「それをこんなに大きくしたのはコーンくんだよね?」
「そうですね」

 

特に悪びれる感じはなく短い一言。威圧感こそ出ていないが逆らえないこの感じ、私には選択権も逃げ道もないらしい。
……仕方がない。ここまできたらやるしかないのはもうわかった。
さて、どうしたものか。私の手持ちのポケモンで勝負……、この三人から。

 

「……じゃあ、デントくんで」

 

少し考えてから指名すると、三人の反応はそれぞれだった。

 

「コーンとの勝負を避けますか」
「ご指名いただき光栄だよ」
「なんだ、オレじゃないのか……」
「選べって言ったのそっちだよね!?」

 

デントくんはいいとして、心底呆れたようなコーンくんと死にそうに残念な顔をしたポッドくんの二人はなんなんだ。理不尽にもほどがある。

デントくんとバトルフィールドへ足を進め、審判の位置にはポッドくんが立った。

 

「ではこれより、エキシビジョンの特別バトルを行います。使用ポケモンは一体のみ」

 

そこまで言って、ポッドくんは二階のお客様たちへ高らかに腕を上げた。

 

「サンヨウレストランの、華麗なる熱いバトルをお楽しみあれ!」

 

そのテンションにつられ、お客様たちの黄色い声が大きくなる。
ポッドくんを恨む。ハードルを上げないでほしい。そもそも私はただの一般トレーナーでしかない。対して、彼ら三つ子は相手が誰であれジムリーダーだ。エキシビジョンとはいえ、ジム戦なんてやったことがない。
まぁでも……自分でジム戦を経験するいい機会かもしれない。

 

「行け、ヤナップ!」
「ヤナッ」

 

ふぅー、と大きく息を吐いてベルトからボールを取った。
自分のポケモンのタイプ、技、相手との相性。それらをすべて考えたら、相手はデントくんではないほうが良かったのかもしれない。勝つだけであれば。でも。

 

「行くよ、シママ!」
「シマー!」

 

くさタイプのヤナップ相手では、でんき技は半減してしまう。最初から負ける気でバトルに臨んだりはしないけど、勝つだけではなく自分が次に成長するために、あえて効果はいま一つの相手に挑もう。

始め! と、ポッドくんの声が響いた。

 

「ヤナップ、タネマシンガン!」
「シママ、でんこうせっか!」

 

素早くかわし、そのまま攻撃はヤナップへと直撃する。

 

「なかなか速いね。ヤナップ、もう一度タネマシンガン!」
「シママ、10万ボルトで迎え撃て!」
「そのままかみつく!」
「シマッ!?」

 

ぶつかり合った攻撃に爆発が発生するが、その煙を抜けてヤナップが飛び込んでくる。速い……。
ヤナップを振り払い、じりっと再び対峙する。

 

「ヤナップ、ソーラービームだ!」
「……な!? 10万ボルト!」

 

指示が出てから間を開けずに攻撃が発射された。なんとか相殺するが、爆風でお互いが後退する。ソーラービームのチャージがない……?

 

「あ、そうか……!」

 

気づいて、バトルフィールドを覆うガラス張りの屋根を見上げる。今日は雲がない清々しい快晴で、夏ではないけれどそれに近いくらいには日差しが強い。そういった天気でのソーラービームは溜めが必要ない。今の発射スピードはそのせいだ。

 

「ヤナップ、タネマシンガン!」
「攻めるよシママ! ニトロチャージ!」
「ヤナップ……!」

 

炎をまとったシママは、タネマシンガンを弾きながらヤナップへと突っ込んだ。効果は抜群。

 

「さすが、技の相性に配慮しているんだね」
「当然!」

 

単タイプの技しかないのでは、バトルで対応しきれずジリ貧になる。そんなことはとっくに学習している。

 

「シママ、もう一度ニトロチャージ!」
「ヤナップ、あなをほるだ!」
「……っ」

 

地中に姿を隠したヤナップに、シママは周囲をきょろきょろと見回す。

 

「今だヤナップ!」
「シマーッ!?」
「シママ……!」

 

ヤナップがシママの足元から飛び出し、シママはその場に倒れ込む。だが、まだまだというようにシママは立ち上がった。その目はとても力強くて、自然と私を奮起させた。
ここで働き始めてからはしばらくバトルをしていなかったけれど、それ故にシママも気合が入っているのかもしれない。

 

「シマッ!」
「……うん!」

 

少しこちらを振り向いたシママに、私も頷き返す。
私の実力は並だ。特別強いわけじゃない。でも、だからといって弱いわけでもない。私自身はともかく私のポケモンは、シママは、弱くないよ。

 

「シママ、ニトロチャージ!」
「……同じ手にかかるのかい? ヤナップ、あなをほる!」

 

さっきのようにヤナップが姿を消してしまう。

 

「シママ、でんこうせっかで走って!」

 

途中だったニトロチャージを解除したシママはフィールドを駆ける。その速さはさっきよりもずっと速い。ニトロチャージの追加効果だ。

 

「なるほど、スピードを上げたのか……。でも甘い。ヤナップ!」

 

フィールドを駆けるシママの前方に亀裂が入る。

 

「来るよシママ! でんじふゆう!」
「ヤナッ!?」
「……これは!?」

 

シママの足元からバチバチと電気がほとばしり、ヤナップが地面から飛び出してくると同時にシママが宙に浮き上がる。ヤナップの攻撃はシママに当たることはなかった。
少し驚いたようなデントくんの反応に、してやったりな気分になったのは仕方がない。

これで、少しの間じめんタイプの技はシママには効果が無くなる。

 

「驚いたな。でんきタイプ唯一の弱点を消すとは、なかなかやるね」
「ジムリーダーから褒めてもらえて光栄だよ」
「でも、だからって僕たちの持ち味は変わらないよ。タネマシンガン!」
「でんこうせっか!」

 

タネマシンガンをかわすと同時に、シママはヤナップへぶつかる。吹き飛ばされるも、ヤナップは空中で体勢を立て直して着地した。

 

「10万ボルト!」
「かわしてかみつく攻撃!」
「シマッ……!」
「っ! そのままニトロチャージ!」
「ヤナップ!?」

 

ヤナップを振り払い、体勢を立て直す前に炎をまとったシママがぶつかっていく。

寒いわけじゃないのに、背筋がぞくぞくする。
手が震える。頭が熱くなる。足元から、じわりじわりと何かが高まる。

──楽しい。
今までで初めてかもしれない。こんなにも気分が高揚して、こんなにも楽しい気持ちになって。その一方で、冷静に指示も出している。不思議な気持ちだ。
指示を出している自分の声と、それに従い動いてくれるシママ、対するヤナップと向こう側にいるデントくん。その光景を私はどこか違う場所から、スローモーションで見ているような感覚にあった。
ああ、この攻撃はかわしたほうが対処が早いな。

 

「シママ、かわしてでんこうせっか!」

 

お互いに、もうそこそこ消耗している。

 

「そろそろ決めるよ。ヤナップ、ソーラービームだ!」
「シママ、10万ボルト!」

 

互いの渾身の攻撃がぶつかり合い、爆発する。

 

「あ……!」

 

煙が薄れていくとフィールドにヤナップの姿はなく、小さな穴のみが残っていた。
こっちに追撃させないつもりか。でも今のシママにあなをほるは、

 

「違う……!?」

 

でんじふゆうを使ってからどのくらい経ったのだ。この技でじめん技を無効化できるのは一時的なものでしかない。

 

「シママ……!」

 

指示の反応が遅れる。

 

「でんこうせっ、」

 

地面に亀裂が入った。それと同時に、地面から一定の距離をとっていたシママがゆらゆらと下りていき、地面に足を着けた。

 

「行け、ヤナップ!」

 

次の瞬間に足元からヤナップが飛び出し、あなをほる攻撃がシママに直撃した。
これは、耐えられない……! そのままシママはどさりと倒れてしまった。

 

「シママ戦闘不能、ヤナップの勝ち! よって勝者、デント!」

 

ポッドくんの声に我に返り、シママへと駆け寄った。

 

「ごめんシママ、私のせいだね……」

 

判断が遅かった。一瞬の隙を突かれた。

 

「シマッ……」
「うん、ありがとう。今日の夕ご飯は奮発するよ」

 

負けてしまったが、シママは満足そうな顔をしている。それでも悔しそうでもある。私の頬に鼻を軽く押し付けてきたシママを撫で、ボールへと戻した。
向こうから近づいてきたデントくんに労いの言葉をかけようとすると、後ろから勢いよく肩を掴まれる。驚いて振り返ると、犯人はポッドくんだった。

 

「ミエル、今のバトルすごかったぜ! デント相手にあそこまでやるなんてなあ!」
「そ、そうかな? ありがとう!」
「お疲れ様。いいバトルをさせてくれてありがとう」
「こっちこそ楽しかったよ。ありがとうデントくん」
「普段から自信なさげなのでどれほど貧弱なのかと思えば、」
「あいてっ」

 

私の肩からぺしりとポッドくんの手を払ったコーンくんは、少し楽しげに見えた。

 

「ミエル、自分で言うほど悪くありませんよ」

 

そう言ってもらえたことが嬉しくて、ボールを握る手につい力がこもった。

 

「ありがとうコーンくん」
「今度のバトルでは、コーンが相手をしましょう」
「今度はオレともバトルしてくれ」
「え、これ今回だけじゃないの?」
「定期イベントにするのも面白いかもしれないね」
「お、それいいな」
「検討しましょう」
「ええー……!?」

 

なんでこういう時の思考回路は三人とも同じなんだ。顔は似てないくせに。

 

「お客様も楽しんでくれたようだし」

 

そう言われて、ギャラリーではお客様が見ていたことを思い出した。
二階を見上げると、何人かのお客様がこちらに手を振っている。「デント様ー! かっこいい!」とか「ステキー!」とかの声が多かったけど、その中で「ミエルくんすごーい! 強いんじゃない!」と私を称賛している言葉もあったことが嬉しい。

デントくんが一歩前に出て丁寧にお辞儀をする。

 

「以上で特別バトルは終了です。皆さま、どうぞお食事へお戻りください」

 

その一言で、お客様はわらわらとギャラリーからレストランのフロアへと戻っていく。

 

「行きますよ」
「あ、うん」

 

コーンくんに促されて私たちもフロアへ戻る。

ぼんやりと思っていた。
知らなかった。ジムリーダーと、強い相手と戦うというのは、こんなにも楽しいものだったんだ。

 

専門的カンタータ
───交声曲