変化と迎撃

『ギラティナが浮上してきます』
「ディアルガが近くにいるのか?」
『いいえ、レーダー圏外です』

 

画面を前に、女性の機械音声と青年の声が響く。

 

「ギラティナが浮上しようとしたポイントをズームしろ」
『はい』

 

地形図が示す一か所が点滅し、画面にはシェイミとある少女が映し出された。この二つには見覚えがある。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

口元を上げた青年は椅子から立ち上がった。

 

『お気をつけて。行ってらっしゃいませ』

 

パネルに映る女性人工知能が青年を送り出した。

 

 

「反転世界に……ギラティナ!? 俺も見たかったなぁ」
「あたしも」

 

鏡やそれに似たものがない場所へ移動し、タケシとヒカリに先ほどまでのことを説明した。

 

「不思議なところだったよ。少し面白かった」
『ミーのおかげでみんな助かったでしゅ。ミーに感謝するでしゅ』
「元はと言えば、お前のせいでこんなことになっちゃったんだぞ! 少しは責任感じろよ」
『ミーはお花畑に行きたいだけでしゅ!』

 

大きな言い争いになる前に止めようとしたが、ステラではなく突如大量に現れたコイルたちによって言い争いは阻まれた。突然のことに驚きを隠せない。

レアコイルも数匹現れ全員が囲まれる。終いに現れたのはジバコイルだ。
そして、これらのポケモンたちを率いていると思われる、飛行するメカに乗った青年がこちらを見下ろしている。いったい、誰。

 

「そのシェイミを渡してもらおう」

 

開口一番、青年はそう言った。
またシェイミだ。いったいなぜシェイミはこれほどまでに狙われているのだろう。
ミーを食べるつもりでしゅ……、とシェイミは怯えたがそれはないだろ、とタケシが突っ込んだ。同感である。

 

「あなた誰!? シェイミとどういう関係!?」
『ミーは知らないでしゅ……』

 

青年はヒカリの問いには答えない。視線を動かした青年と目が合った。

 

「ついでに、そこのお前も一緒に来てもらおうか」
「わたし……?」

 

突然の指名には困惑しかない。あの青年のことなど今まで見たこともない。なぜ自分がシェイミと共に呼ばれるのだ。
理由などわからないが、善良そうな雰囲気の欠片もないいきなり現れた者についていく気などさらさらなかった。

 

「ジバコイル、ミラーショット!」
「ピカチュウ、10万ボルト!」

 

技がぶつかり合い爆発が発生した隙に、全員が走り出し街中へと入った。
ヒカリのポッチャマのうずしおにより、追手のコイルたちの動きが止まる。だがそれでも数が多いせいで、全てのコイルたちの足止めはできない。今はとにかく走るしかなかった。

 

 

 

「はぁ……っ。何だったんだあいつら……」

 

サトシに続いて同じく息を吐く。動き出した景色に窓からそっと覗いてみるが、コイルたちは追ってきてない。

とっさに逃げ込んだのは出発寸前の山岳鉄道だった。
サトシの頭に乗っていたシェイミはヒカリの腕へ移動し、そのままヒカリは客車へと進んでいった。

 

「とっさに飛び乗ったはいいけど、この列車どこに向かってるんだ?」
「そういえば……」
「わからないまま乗っちゃったね」

 

タケシ、サトシと共に通り過ぎる景色を眺めるが、おおよそ知っている所に向かっているとは思えなかった。とはいえ、行き先を確認したうえで乗り込むという悠長なことはしていられなかったわけだが。

ひとまず謎の追手は来ていないようだったので客車へと進んでみると、先にいたヒカリとシェイミは他の乗客たちと交流している。

レイラという女性に抱かれたシェイミの体には、ポケモンセンターで見た時のようにピンクの花が開いていた。
レイラの夫である男性はバスケットに収められたブーケを持っており、そのブーケはシェイミの姿と酷似していた。ブーケとシェイミを交互に見たレイラは「本当にそっくりね」と見比べている。

 

「あの、そのブーケ、もしかしてグラシデアの花ですか?」

 

ステラに気づいた別の女性がおおらかに笑う。

 

「ああ、その通り。あんたよく知ってるねぇ」
「前に花屋さんで聞いたことがあったんです」

 

カントーに行く前、故郷であるこの土地を旅していた時の話だ。
地域にもよるが、シンオウ地方では感謝の気持ちを示す時にグラシデアの花を贈る。レイラの夫であるムースが持っているあのブーケがそうだ。
それがシェイミに似ているのも、そもそもブーケはかんしゃポケモンと呼ばれるシェイミの姿を模しているのだ。

レイラとムースは、百歳の誕生日を迎えるレイラのひいおばあさんを祝うため故郷に帰る途中だという。

 

「子供の頃によく可愛がってもらったから、感謝の気持ちを込めてグラシデアの花束を贈ろうと思って」

 

レイラがそう言った時、ムースの持つブーケから花粉がふわりと飛んだ。

 

『ミ……?』

 

その花粉がシェイミに触れたかと思うと、突如シェイミの体は光り出し、光の中で徐々に姿が変わっていく。
その様子はステラも見たことがある、ポケモンが進化を果たす時の様子とも似ていたがシェイミに進化系があるとは今現在どこの地方でも発表されていない。

レイラの腕から飛び出し光が治まったシェイミは、それまでの姿とはまったく異なっていた。なおかつシェイミは楽しそうに車内を飛び始める。そう、飛行している。

 

「飛んだ……!?」
「どういうこと……?」

 

サトシやヒカリの驚きも無理はない。ステラも初めて見た光景には驚くしかないが、これは進化ではないということはわかった。

 

「フォルムチェンジ……?」
「ああ。シェイミはグラシデアの花粉に触れると、スカイフォルムになるんだよ」

 

ムースの説明により、この状況には納得がいった。
天候など一定の条件を満たすことで、一時的に姿を変えるポケモンがいるのは知っていた。シンオウ地方でも、ミノムッチやチェリムなどがそれに当てはまっている。

まさかシェイミにもフォルムチェンジがあったとは。そしてどうやらシェイミの花運びとは、スカイフォルムと呼ばれるこの姿になり花畑から飛び立つことを言うらしい。
飛べるとは言っていたけど、こういうことだったんだ。

その花畑を探していると言うと、女性が親切に地図を指しながら説明してくれた。次の駅で船に乗り換えるらしい。

 

「そういえば、そろそろ花が咲く頃だったねぇ」
『ミーが行くのはその花畑です! 仲間が集まるです』

 

あれ、語尾が変わってる。少し頼もしくなったようなシェイミを見て小さく笑うも、シェイミは何かに気づいたように急に表情を険しいものにした。
シェイミの見る先を振り返ると、窓の向こうにはジバコイルを始めコイルたちが迫っていたのだ。

見つかった……! 窓ガラスを割り、次々とコイルたちが侵入してくる。

 

『お前たちなんかに捕まらないです!』

 

シェイミは素早い動きでコイルたちを翻弄し、エナジーボールで追撃する。他のコイルたちはステラのほうへも向かってきた。
そうだ。よくわからないけど、いらないお呼ばれをされているんだった。

 

「絶対に行かないけど!」

 

ホルダーから外したボールを放る。

 

「トゲチック、シャドーボール!」
「トゲチ!」

 

車内のため、大型である相棒を出すわけにはいかない。小回りを利かせることが最優先だ。

 

「ポッチャマ、バブルこうせん!」
「トゲチック、サイコキネシス!」

 

バブルこうせんを食らって後退したコイルたちを、サイコキネシスで強制的に窓の外へ押し出す。
さらにポッチャマのうずしおで大量のコイルたちを追い出し、ピカチュウの10万ボルトが炸裂したことですべてのコイルやレアコイルたちを車内から一掃した。

全員が、やったと喜びを示そうとした瞬間に車内に衝撃が走る。リーダー格のジバコイルが窓枠を突き破り、こちらに入ろうとしていたのだ。

 

「あ……! ピカチュウ、10万ボルト!」
「トゲチック、めざめるパワー!」

 

二匹の攻撃に加え、シェイミのエナジーボールが当たったことでジバコイルは吹き飛ばされていった。
今度こそ車内には喜びの声が沸く。ただ、致し方なかったといえ、車内を荒らしてしまったことには車掌さんに謝らないとなぁと苦笑した。

 

『追い出してやったです!』
「なんか、性格変わったんじゃないか?」

 

あまりの頼もしさにタケシがそう言うと、返ってきたのは『みんなミーに感謝するです』だった。
変わってねぇ……とサトシが苦笑したのは言うまでもなかった。