※後半の少しだけR軸。
一度目の引き金を引いた。その時は手が震えた。
二度目の引き金を引いた。物が壊れ、ガラスが割れた。
三度目の引き金を引いた。──人が、死んだ。
「ちょっと、何ボケっとしてんのよアンタ」
「あぃった!?」
後頭部に鈍く、そして軽くはない音が響くと同時にじんじんと痛み出す。
痛みだしたところを押さえながら振り向けば、見慣れたガスマスクと白いコートの男がいる。
ぶつけられたのは男の持つアサルトライフルであるというのは考えるまでもなくわかる。
突然の攻撃に男を睨んだが、すでにお互いにガスマスクをつけているので表情は見えないということに気づいてやめた。
後頭部をさすりながら口を開く。
「特別幹部エフ様がもう出るの?」
「何言ってんのよ、アタシたちが出ることもなく終わらせるのがアンタたちの仕事でしょ」
「出撃前に後頭部殴打されたので重傷を負った」
「撃たれても死に損なってきたアンタが、今さらその程度でくたばるわけないじゃない」
褒められているのか蔑まれているのかバカにされているのかよくわからない言葉を受けながら、小さく息をついた。
さて、今回はいかほどか。おそらくは特別幹部様方も、遅かれ早かれ出撃してもらわなければならない気がする。
レジスタンスや市民が一丸となって押し寄せて来ている。いくらこちらに武器があるとはいえ、相手側で戦いの先陣を切っているのは古銃の貴銃士だ。
絶対高貴という力を使う彼らは、生身の人間である自分たちがそう簡単に太刀打ちできる相手ではない。
「まぁ、できる限りは頑張るよ。エフ様のお手を煩わせないように」
言いつつ、自分の武器であるサブマシンガンを前に出す。
「そうよ。わかってるじゃない」
挨拶のように、エフの本体であるアサルトライフルが私のサブマシンガンにぶつけられた。がしゃん、と音がする。
「じゃ、行ってくる。なんかあったらファルにもよろしくね。たぶん出てもらうだろうけど」
「アタシたちの手を煩わせないんでしょ?」
そう言われて、くつりと喉が鳴った。
バカにされてはいるようで、それでも言外に信頼はされているのだろうと思えた。
特別幹部エフ様から、調教なしで信頼を得られているなど貴重だと思う。エフ本人に言ったら、自分で言うんじゃないわよ、と言われるんだろうけど。
互いに特別な感情があるにしろないにしろ、特別幹部サマからいい評価をもらえているというのは喜んでもいいのではないか。
……いや、いいのだろうか。あのクセの強い面々から高評価、と言われてもそもそも彼らの評価基準がおかしいかもしれない。
冷静になるとそう思えてきたので思考を止めた。
「もし私が死んだらあとはよろしくね」
「ハァ? アンタ、ゴキブリより生命力強そうじゃない」
「一応聞くけど褒めてるんだよね?」
比較対象が、人々から嫌われている虫とはまったく喜べない。
しかしながらエフなりに、私が死ぬことを前提にしていない感情の表れと思えば褒め言葉と言えるのかもしれない。
「じゃあね」
「せいぜい頑張りなさいよ」
「はいはーい」
正直なところ、押しているのは相手のレジスタンス側だと思っている。
けれどそんなことは言わない。最初から負けを認めはしない。どうせ負けるなら、全身全霊をかけて戦ってから負けてやる。
そう思ったから、最後の一言は適当におちゃらけたものになった。まるで簡単なことであるかのように。
実際はきっと簡単ではない。ここまでの段階になった以上、自軍の勝利を固く信じているわけでもない。しかしそれでも。
それでも私は、自分が思う正義を掲げて銃を撃つ。
世界帝が、私たちが悪とか善とか、そういったことはどうだっていい。世間の方々が自由に思って好きに決めればいい。
勝てるとは思っていない。けれど負けるつもりもない。どこか高揚したような、不思議な気持ちだ。
私は待っていた。
世間から見れば悪とされる軍に所属しているけれど、私は私なりの正義を掲げていただけのこと。
ならばそれを打ち倒さなければ、レジスタンスの正義はそれまで。だから待っていた。
彼らの掲げる正義がここまで来ることを。私なりの正義という名の意地をぶつけられる相手を、心のどこかで待っていた。
そんなことおかしいのかもしれない。
私はただ、ある意味で自分は正しいのだと何かで証明したかっただけなのかもしれない。そのための相手が欲しかったのかもしれない。
おそらくは、たぶん。自分でもしっかりわかっているわけではない。
ただ一つ言えるのは、何人もの人を殺してきた私には、自分が殺されるだけの理由があるということだった。
だから私は、また引き金を引いた。終焉へ導かれる音だった。
*
準備をしながら、ぼんやりと七年前のことを思い出した。
歴史的な出来事として、革命戦争と呼ばれる日のことを。
時折思い出す。今でこそ、新たに発足した世界連合軍に属してはいるけれど、かつての私にとっては所属していた軍が決定的な敗北を喫した嫌な思い出でもある。
しかし結果に何か文句を言うつもりはない。
あの戦いは、どちらが勝つか負けるかというそんな単純なものではなかったのだから。
レジスタンスを始めとした民衆も、世界帝軍も、もはやこれが最後とした上での正義という名の意地のぶつかり合いだった。
ずきん、と痛みを感じて腹部に手を当てる。
当時負った古傷が、完治しているのに時々痛むことに苦笑する。
「そんな、センチメンタルじゃないでしょ」
自分の体に言い聞かせるようにつぶやきながら、腹部から手を外した。
あの中で、よく生き残ってしまったなぁと、我ながら思う。
決して当時も今も死にたがっているわけではないけれど、なぜ自分は生き残れてしまったのかと考えたりする時がある。
あのとき負った傷はお世辞にも軽傷などではなかったのに。
しかしだ。命を拾ってしまったのなら、生きてやろうとも思う。
死ぬ覚悟を持って人を殺していた。撃たれることを覚悟の上で、銃を撃っていた。
じゃあ死ぬことは何も怖くないのかと訊かれると、少しだけ答えに迷う。
生きることに執着しているわけではないけれど、かといって死にたがっているわけでもない。命が尽きていないから、生きている。それだけのことだった。
所属する組織が変わっただけで、相変わらず私という軍人は銃を持っている。引き金を引く。扱える銃の種類が増えたほどだ。
ならば銃を持って戦うこと、それゆえに生きていると考えることもおかしくはないのかもしれない。
結局、七年前と変わらない。
銃を持ち、戦いの中では仲間を守り敵を撃つ。何も変わってはいないのだ。
いや、少しだけ変わったかもしれない。
七年前は世間からは『悪』と見なされた世界帝軍にいたけれど、今は世間からは『善』と見られている世界連合軍にいる。そこだけが変わった。
それならかつての私は悪人で、今の私は善人なのだろうか。
七年前も今も、やっていることは変わらないのに。不思議な話だ。
弾倉を装填した拳銃を構え、前へ向ける。狙うは離れた的。
何度目かわからない引き金を引いた。
世界に響く音だった。