君と僕の循環回路

※現パロ(大学生くらい)っぽい要素あり。
※ツインテール時代の頃と士官学校の時とで、ライク・ツーの口調や一人称が異なりますが作中で中間っぽく書いています。

 

 

彼と付き合ってちょうど一年が経っていた。
だからといって特別なことはなさそうかな、と思っていた。彼は記念日的なことに興味はなさそうだったから。

女子特有の、と言ったら主語が大きい気がするけれど、私は付き合って〇ヶ月記念とかをいちいち祝ったりしない質だった。
でもまぁ、やっぱり一年が経ったとなると記念日を祝うことをしてもいい気はする。年に一度であれば、誕生日を祝うのと同じような感覚になるからだ。

けれど彼に記念日のお祝いを無理強いするつもりもなかったから、今日で一年経ったね、と何気なく言うくらいがベストか。「あー、そうだね」くらいの返事がきて終わることだろう。

 

 

「あのぉ……ライくん」
「なに?」
「こちらのブツはいったい……?」
「見てわかんない? ケーキ」
「いや、それはわかるんだけど!」

 

記念日であるかどうかは関係なく、今日は私の家で一緒に夕食を摂ることになっていた。
ところが、夕食前にテーブルに置かれたのは大変にお高そうなお店のロゴが入ったケーキの箱である。この辺にある、いたって庶民的なチェーンのケーキ店とはわけが違うというのはわかった。それだけ、箱やロゴのデザインは『高級さ』を醸し出していた。

 

「……え、なんで急に?」
「は? まさかお前今日がなんの日か知らないわけ?」

 

そう言われて、もしかしてと思った。
祝日でもなんでもない、世間的には何でもない日のはずだけれど、私たちにとっては意味のある日である。本格的な何かをしようとは思っていなかったが、私だって、ちゃんとわかっていた。

 

「……ライくんと付き合って一年経った日?」
「なんだ、わかってんじゃん」

 

やっぱり、と思うと同時にあっさり肯定されて驚いた。
彼の性格的に、記念日なんて気にしないと思っていた。いや、さすがに私の誕生日は覚えていてお祝いもしてくれた。私が彼の誕生日を祝った時もそれなりに嬉しそうだった、と、思う。

互いの誕生日は祝う人だとわかってはいた。でも、彼は俗に言うツンデレな気質のある人だ。だからというのも少し根拠が弱いけれど、余計に、記念日なんて祝わないのだろうと思っていた。

記念日とかそういう女子がきゃっきゃするようなの、ほんとウザイ。……とか、そんな感じのことを思っていそうだった。ツンデレなところはあっても、同時に彼はドライなところも垣間見えていた。

ところがどうだろう。
まさかの彼のほうが、思いっきりお祝いの品を用意してくれていた。彼は記念日なんて興味ないだろうと思い込んで、何も用意していなかった私は一気に肩身が狭くなった。

 

「ライくん、付き合った記念日とか気にしない人かと思ってた……」
「ふーん。じゃあちゃんと情報更新しとけよ?」
「ツンデレで優しいのは知ってたけど」
「それは余計」

 

少しわかりにくい時もあるけど、彼は優しい人だ。
私が学生特有のレポート作成にひぃひぃ言いながらなんとか終わらせて寝落ちした時は毛布をかけてくれていたり、キャンパスからの帰りが遅くなりそうな時は迎えに来てくれたり。
けっこうマメで、存外世話焼きだ。

それならたしかに、彼が記念日を祝ってくれることも何もおかしくないと思えた。彼に対する私の認識が間違っていた。
今日が記念日であることはわかっていたけど、私の勝手な思い込みでちゃんとしたお祝いはしないだろうと思っていたこと。だからお祝いの品は何も用意していなかったことを謝ると、「俺が勝手にケーキ用意してただけだし、別にお前が謝ることじゃなくね?」と彼らしい言葉で救われた。

 

「今日をお祝いしてくれてありがとうライくん。嬉しい」
「どういたしまして。……ま、お礼言わなきゃならないのはこっちだけど」
「なんで?」
「ナマエに付き合ってもらってるの、俺のほうだし」

 

彼がそんなこと言うとは思っていなくて、驚いた。
私たちを知らない人たちからしたら意外だ、と思われそうなことだけど、交際の申し出は彼からだった。私は承諾した側だった。

たしかに、告白は彼のほうからだった。でも間違っても、付き合ってあげてる、なんて私は思っていなかった。
まさか彼は、私が流されて、好きでもないのに自分と付き合ってくれているなんて思っていたのだろうか。そんな、彼らしくもない。

 

「そんな……、私、同情みたいな気持ちでライくんと付き合ってるわけじゃないよ。なんでそんなこと言うの」

 

ちょっと不満混じりな口調にはなったものの、私の気持ちと意思によるものだとはっきり伝えると、ライくんはぱちぱちと何度かまばたきをした。そして安心したかのように、目を閉じて口元に笑みを浮かべた。

 

「……そっか。それならよかったけど」

 

もしかしてこの一年間、彼はずっと不安を抱えて私と過ごしていたのだろうか。そんなこと、ないのに。

 

「そんな関係で、一年も付き合わないよ。たしかに出会い頭からあれはびっくりしたけど、」
「それは掘り返すなって言ってんじゃん!」

 

穏やかそうにしていた彼の表情は、私の言葉で一変した。顔は赤くなり眉と目は吊り上がった。
あれほど衝撃的な出会いは人生で二度とない気がする。

 

キャンパスの入学式の日だった。
数多く溢れる、男も女もスーツだらけの新入生の中で、ふと目が合ったのはただの偶然だったと思う。

目線の先にいた男子を見て私は、綺麗な人だなぁとのんきに思った。キャンパスデビューだから空けたのかな、とその人の耳に揺れるピアスを見ながらぼんやり考え、でもまぁ自分のキャンパスライフでは関わらないレベルの人だろうなぁなんて。
けれど目が合った先の人は、私を凝視して目を見開いていることに気が付いた。
晴天なのにまるで雷にでも打たれたような顔をしたその人は、突然に駆け寄ってきて、私の手を掴んで言ったのだ。

 

『お前……! 俺と付き合って!』

 

彼の勢いと、突然過ぎたことと、彼の顔の良さと。それ以外にもいくつかの要素が重なった結果、混乱した頭ではあっても私はイエスと答えていた。

 

それが、一年前の私と彼の馴れ初めである。
入学式の日にイケメンが公衆の面前で告白した。
そんな状況が噂で広がらないはずがなく、あまり気にしてはいないが、私と彼の付き合いはキャンパス内でもけっこう有名だったりする。

でも彼からしたら、どうにもあの時のことは、彼の中でも決して予定されていたことでもなんでもなかったのはよくわかる。そうでなければ、当時の話でこんなに顔を赤くしたりしないだろう。別に私はからかったり茶化す意図はないけれど。

 

「ライくん」
「……なに」

 

今まで、なんだかんだと訊いたことはなかった。
ただずっと疑問には思っていた。なんとなく、何かが怖くて訊けなかった。でも今なら言える。

 

「どうして、私に告白してくれたの?」

 

自分で言うのも少し悲しいけど、一目惚れされるほどの美しさは持っていない。彼のように、いい意味で人目を引くような容姿ではない。
それにあの時の彼の様子は、一目惚れしたとも言えないような、違うものに見えた。

でもそれならどうして。
どうして彼は、現在は自ら恥だと感じるような行動をしてまで、私に告白してきたのか。
彼の気持ちを疑うわけではないけれど、何かの気の迷いとか、誰かと間違えたとか。そういった可能性も私だって考えてしまったりしたのだ。

でもそんな付き合いがこんなにも続くとは思えなくて、現にこうして一年続き、彼のほうが積極的に記念日を祝うほどだ。
訊いてみると、少し躊躇ったようだったけど彼は口を開いた。

 

「……、……前から、好きだったから。あの時に急にナマエのこと好きになったわけじゃない」
「ん……? 前からって、いつ?」

 

私と彼は出身地が違う。もちろん、キャンパスに入るまでの学生生活でも彼の名前の知り合いはいなかった。私たちは初対面だったはず。
前からとはいつのことを言っているのだろう。入学式より前の日から、どこかで私を見かけて知っていたということだろうか。
首を傾げる私の質問に、彼は微笑んだ。慈しみに、満ちていた。

 

「ずっと、前から。でも前は言えなかったんだよ。いろいろあったし」

 

どこか独りごちているようで、それでも目は私に向けられていた。

 

「だからお前に会った時、言わなきゃと思った。言わなかったから僕は一生後悔するから、って」

 

──もう手放さなくていいって思った。

そう言う彼が何の話をしているのか、よくわからなかった。でも追及するのはなんだかしないほうがいい気がした。私は曖昧に相槌を打った。

でも、二つだけわかることがある。
一つは、当時の彼は本気でそう直感したのだろうということ。彼の一人称が『僕』になる時は、たいてい本気で向き合っている時だ。

もう一つは、少し自惚れが入るかもしれないけれど。
どうやら私が思うよりもずっとずっと、彼は私を愛してくれているらしい。
そんな彼のことを、私も好きだとはっきり思えた。

 

「ライくん……、私、ライくんのこと好きだし、大事だよ」
「……うん。知ってる」
「さっきはちょっと弱気だったのに」
「あれはなし」

 

付き合ってもらってるのはこっちだから、と先ほどの発言はどこへやら。しかし、好意を変な風に受け取られるのも嫌だからこれでいい。
だから私も少し強気に出てみることにした。

 

「ライくんも、私のこと好きでしょう?」
「今さら? 当然だっての」

 

いつもの余裕ぶりを取り戻していた彼はあっさりと、疑う余地もないくらいに肯定をした。

(今なら言える、あの頃に言えなかったこと)