「マスター?」
呼ばれて後ろを振り向いた先にはシャルルがいた。シャルルはこちらに近づいてくると、少し言いにくそうに口を開く。
「あのさ、急なんだけど、スフィーが」
そこまで言って、俯いた私にシャルルは言わんとしていることがわかったらしい。あ、と小さく声を出した。
「もしかして……、本人から聞いた?」
「……うん。さっきちょうど会ったの。お見送り、したところ」
「……そっか」
あまりにも突然に、スプリングは基地を旅立った。
旅に出る。甘えるのはやめる。成長したい。だから笑顔で見送って欲しいと。
急すぎて理解が追いつかなかった。だけど、幾重にも重なったスプリングの気持ちを、どうして拒否できるだろう。引き留めることなんてできはしなかった。してはいけなかった。
「私、スプリングが言う程、自立した人間じゃ、ないんだけどな……」
戦場では、重荷にならないようにするのが精一杯だ。自分だけでは何もできない。
今だって、一人ごちるようで、こうして傍にいるシャルルに気持ちを吐露して甘えている。
それでもスプリングはこんな私を一人前と認めて、自分で自分を乗り越える決意をした。なんて強いひとなんだろう。
「シャルル、私……スプリングに何をしてあげたらよかったのかな」
なんて言ってあげたらよかったのかな。
彼の決意に頷いて、せめて彼の希望通りに笑って、いってらっしゃいと言うことしかできなかった。
「それが一番だよ、マスター」
顔を上げると、シャルルは小さく笑った。
「スフィーの決意を受け止めて、笑って見送ってあげたんでしょ? あいつには、それが一番効果あるんだよ。マスターに直接言うつもりはなかっただろうけど、逆に言えてよかったんじゃないかな」
スプリングが出発していったほうを見て、シャルルは穏やかに目を細めた。
「スフィーは大丈夫! なんたって俺の弟だよ?」
ね、と笑うシャルルへの答えは、何度も頷くことしかできなかった。声も出ない。何も言えない。シャルルを見ることもできない。
声を出したら叫んでしまいそうな気がして。
目元を覆った手をどけたら、みっともない顔をシャルルに見せてしまうから。
熱を持った喉と目を必死に抑えつつも笑う私に、スフィーってほんと、あいつ幸せ者だなぁなんてシャルルは笑った。