ジョーイとラッキーにシェイミを預け、治療室の隣の部屋からガラス越しに様子を見守る。
「ジョーイさん、シェイミは……」
「シェイミっていうのか? あのポケモン」
サトシたちはシェイミというポケモンそのものを知らなかったようだ。とはいえ、ステラもシェイミを実際に見たのは今日が初めてだった。
「かんしゃポケモンのシェイミよ。疲れが出たみたいね」
サトシの疑問に答えるように、ジョーイが教えてくれる。やがて治療器具が動きを止めた。
「でも大丈夫。シェイミはすっかり元気になったわ」
パソコンに向かっていた、眼鏡をかけたジョーイが振り向く。
「自分は、かんしゃ人間のタケシです!」
「ん……?」
タケシが唐突にジョーイの手を取り、出会えた運命に感謝します! といろいろ言い始めた。ジョーイとお揃いという風に意識したのか、タケシもいつの間にか眼鏡をかけている。
年上の女性へのアプローチは変わらず続いてるのか。しかし、タケシのポケモンと思われるグレッグルに攻撃されたことでアプローチは止められた。
あれは、どくづきだけど大丈夫なのかな。
毒にしびれたタケシはグレッグルに引っ張られ、部屋の隅へと連れて行かれた。
「タケシはいつもああなの?」
「いつもああだよ」
「変わらないんだね」
サトシや女の子と顔を見合わせて笑った。
シェイミを乗せたストレッチャーを押し、ラッキーが治療室から出てきた。キョロキョロとシェイミは辺りを見回す。
『ここはどこでしゅか?』
「テレパシーが使えるの……!?」
「ああ、俺たちもさっきびっくりしたんだ」
肉声とは異なった、耳に響く声にぎょっとした。このシェイミは人語を扱えるほどに知能が高いらしい。
女の子がストレッチャーにポッチャマを乗せ、シェイミの正面へと立つ。
「ポケモンセンターよ。ジョーイさんが、あなたを治してくれたの」
『ミーはずっと元気でしゅ。お腹空いたでしゅ』
「こいつ、ちっとも感謝してないじゃん」
「うーん、まぁさっきは気を失ってたみたいだから」
「そうだけど……」
不満そうなサトシをまぁまぁと宥める。シェイミのこの性格はサトシとは合わなそうだなと思った。
「あたしヒカリ。そっちはパートナーのポッチャマ」
「ポッチャマ!」
「ヒカリっていうんだ?」
「あ……! そういえば自己紹介してなかったわね」
はっとヒカリがステラを見ると、申し訳なそうに眉を下げた。
「気にしないで。わたしもまだ言ってなかったね」
「さっきサトシやタケシが呼んでたけど、ステラでいいのよね?」
「うん、合ってるよ。よろしくヒカリ」
「あたしこそよろしく!」
挨拶を交わした後、そういえばとステラはバッグから箱を取り出す。
常備しているポフィンがあった。空腹を訴えるシェイミへそれをひとつ差し出すと、口に運んだシェイミはもぐもぐと咀嚼する。
「どうかな? わたしが作ったんだけど」
『まぁまぁでしゅ』
「あれ……、そっか」
自作ながらいい出来だと思っていたがシェイミからの評価に苦笑した。だがなんとなく、垣間見たシェイミの性格を考えるといい評価は得られなそうだなとも思える。素直においしいと言う性格でもなさそうだ。
すると「あ!」と、サトシが慌てたようにシェイミを見る。
「こいつ、さっき爆発したんですけど……!」
「爆発!?」
まさか可愛らしい容姿に似合わず、じばくでも覚えるのかと冷や汗が出る。
サトシたちは公園でランチをする時にシェイミと会ったらしいが、コンロの煙を吸って突然爆発を起こしたのだと、いつの間にか部屋の隅から復活したタケシが教えてくれた。
「ああ、それはシードフレアね」
「シードフレア?」
「シェイミは汚染された大気を吸って体内で浄化し、光と水に分解して放出できるの。それがシードフレア」
ジョーイの説明に、サトシと共にへえーと頷いた。
「シェイミ、すごいんだね」
『ミーはすごいんでしゅ』
澄ました顔のシェイミに苦笑すると、ただし、とジョーイが声のトーンを落とした。機械画面に写真がいくつかスライドする。
「毒ガスを吸ったシェイミが、シードフレアで森を吹き飛ばしたという記録が残ってるわ」
画面に映された写真は、その威力の高さがありありとわかるものだった。あなたたち、コンロの煙で助かったわね、とジョーイは続ける。
サトシたちの巻き込まれた爆発がどれほどのものだったのかはわからないが、誰も怪我などをしていないところ見ると、低威力であったようだ。
そのことにほっと息を吐く。怪我した状態で再会するなんて心臓に悪い。
『ミーに感謝するでしゅ』
「それはこっちのセリフだよ! ポケモンセンターに連れてきてやったのは俺たちだぞ!」
『ミーは頼んでないでしゅ』
「サトシ、ほら、弱ったポケモンを助けるのは大事なことだから、ね!」
シェイミの言い方も悪いが、一理あると言えばその通りだ。んぎぎ……! と歯ぎしりするサトシの背中をぽんぽんと叩く。
「でも……どうしてこんな街の中にシェイミがいたのかしらね」
ジョーイの言葉のとおりだった。シェイミの生息地は明確になっていないが、少なくとも街中で見かけるようなポケモンではないだろう。
『来るはずじゃなかったでしゅ。あっちこっち流されて大変だったんでしゅ』
「流されて……」
ということは、川を下ってきたのだろうか。この街に続く川は、ステラがここに来る前の森から通じる谷川しかない。このシェイミ、もしかして。
『それに、森でお前に会ってびっくりしてなかったら、ミーはもっと冷静になれたでしゅ』
「え……」
不意にこちらを見上げたシェイミに続き、サトシたちの視線も集まる。そこで確信に至った。
「じゃあ君、森の泉近くにいた……?」
『お前が近くにいて助けてくれればミーはあんな目に遭わなかったでしゅ』
「え、わたしのせい!?」
森で会った後にシェイミが一体どういうことになったのかは知らないが、責任を問われる程シェイミとは関わっていない。
それは言いがかりだよ……。
「このシェイミ、ステラのなのか?」
「ううん、まさか。この街に着く前に通った森で見たんだ」
まさか同一個体だとは思わなかったが。
『お前たち! ミーをお花畑に連れて行くでしゅ!』
シェイミは突然語気を強くした。
「お花畑?」
『ミーはお花畑に行かなきゃならないんでしゅ!』
「ああ、きっと花運びね」
「花運び?」
「何ですか、それ」
サトシの問いかけにジョーイは答えてくれた。
シェイミは季節ごとにどこかの花畑に集まり、そこから渡りをする習性があるという。飛んで行った先で新たに花畑ができることから、花運びと呼ばれているようである。
『お花畑から飛び立つんでしゅ』
「お前、飛べるのか!?」
『お前は飛べないでしゅか?』
「当たり前だろ?」
『だめでしゅねぇ』
「ちぇ……」
少しむっとしたサトシをよそに、シェイミはストレッチャーから勢いよくステラに向かってジャンプしてきた。いきなり正面に迫ったシェイミに思わず目を閉じたが、シェイミは器用に頭へと乗ってきた。わずかに頭が重くなる。
『ミーはお花畑に行くでしゅ!』
「それはわかったけど、どこにあるの?」
問いかけてみると、こっちでしゅ、とステラの頭上で動くシェイミは今すぐ飛べるというわけではないらしい。
それにしてもこっちって、アバウトすぎやしないか。
「だーいじょうぶ! お花畑まであたしたちが連れてってあげる!」
「それしかなさそうだね」
「ポッチャマ!」
「ピカピカッ!」
ヒカリの提案に反対する理由はなかった。ステラ自身も、偶然とはいえシェイミと無関係ではなかったし、知り合いもいるのならば乗りかかった船だ。
なんだかんだ言いつつ、サトシも素直に乗ってくれるようだった。
治療室を出て、出入り口へと向かう。
「それにしても、ステラと会えるとは思ってなかったぜ」
「うん、わたしも」
「あれから元気にしてたか?」
「見てのとおりだよ。元気元気!」
タケシに元気と示すように腕を上げる。するとヒカリが、ねぇそういえば、と口を開いた。
「ステラは、サトシとタケシとはどこで知り合ったの?」
「俺がカントーのバトルフロンティアを回ってた時」
「そうだったな」
「そうそう。わたし、この前までカントーに行ってたんだ。その時だったね」
彼らとの初対面のことを思い出して、言うほど前ではないのに随分久しぶりのように感じてしまう。しかしながら、まさかまた彼らと会えるとは思っていなかったから、再会できたことはとても嬉しい。
サトシは現在、シンオウリーグの出場と優勝を目指してジムを巡っているらしい。
「もしかしてステラもか?」
「ううん。わたし、前にシンオウリーグには出てるんだ。元々こっちの出身だから、今回は帰郷かな」
「へぇ! そうだったのか」
そんな会話をしながらポケモンセンターを出る。
「で? どっちに行けばいいんだよ」
ステラの頭上に乗ったままのシェイミにサトシが問いかける。
『あっち……いや、こっちでしゅ!』
「いたた……!?」
シェイミが頭の向きを無理に変えるため、首がぐきりと鳴った。
見かねたヒカリが頭からシェイミを下ろしてくれる。ヒカリの腕の中で、シェイミは安心したような表情をすると、その体からふわりとピンク色の花が咲いた。
「わぁ……!」
「花畑みたい!」
『あっちでしゅ』
シェイミが右の方向を示すと、ポッチャマは意気込んで走り出した。その後にヒカリが続く。
「だからあっちってどっちなんだよ……」
「とりあえず、行ってみようか」
ため息を吐いたサトシを促し、苦笑するタケシと共にヒカリたちを追った。実際には具体的な花畑の場所を知らないので、シェイミの言う“あっち”に行ったところで直結するわけではないのだろうけど。それでも行かないわけにもいかない。
オブジェが並び立つ芝生の歩道を走り、ひとつのオブジェを通り過ぎた。
「どうした、ステラ」
「……あ、ううん。なんでもない」
気のせいだろうか。今、オブジェの表面に妙な波紋が広がったような気がした。だがオブジェは少し表面が錆びついているだけで、別におかしなところはない。
サトシと再び足を進める。すると突然、シェイミがヒカリの腕から飛び出した。
『来たでしゅ!』
「来たって……?」
『あいつが……あいつが来たでしゅ!』
なにかに怯えるシェイミの体からは、先ほどの花が消えていく。
一体何が来ているのか問おうとした時、何者かの手がシェイミを捕まえた。
「あ、ロケット団……!?」
「シェイミいっただきー!」
「今日はこれだけで勘弁してあげる」
「感謝するのニャー!」
いきなり現れたロケット団はシェイミを掴んだまま逃げ出した。
ロケット団の三人組とも、言うなれば思いがけずの再会をしてしまったわけだが、今はそれどころではない。
「待てロケット団!」
サトシが声を出すが早いか、ステラは反射的にスタートダッシュを切った。まだ追い付ける距離だ。勢い任せの走りで彼らを追いかける。
「ん……?」
ロケット団が逃げる先のオブジェの表面に、黒い陰が浮かび上がっているのに気付いた。何、あれ。
彼らがオブジェの正面に差し掛かった瞬間、その陰から渦巻いた突風が吹き出した。突然のことに驚いたのはロケット団だけではない。その陰へとロケット団は吸い込まれていってしまう。
『ミー……!』
「あ……! シェイミ!」
吸い込まれるロケット団の手からひったくるようにシェイミを捕まえた。ロケット団が吸い込まれていく陰の向こうには、何か違う景色が広がっている。
「なに……? うわっ!?」
突風の渦は止まず、陰の正面に立ちっぱなしだったステラに直撃する。足が地面から離れた。
これは風じゃない。何か、引力のような──
「ステラ!」
サトシが腕を掴んでくれるも、すでにステラは半分ほど体が吸い込まれていた。強い引力に踏ん張りが利かず、サトシ自身も陰のほうへと入ってきてしまう。
「ステラ、サトシ!」
タケシとヒカリが呼ぶ声も、一瞬で遠くなってしまった。