原動力という名の

あとどのくらいこうしていればいいだろう。

シャルルヴィルは天井を見上げてぼんやりと思った。貴銃士としてこの体を得てからかなり経つが、どうにも体の痛みというものはやはり慣れなかった。

今回の出撃ではかなり苦戦した。自分のみならず、他の貴銃士も傷を負った。しかしここまで重傷なのはシャルルヴィルだけだった。というより、同じく重傷だった他の仲間はすでにマスターの力によって治療されていた。
ならばこうして衛生室に寝ているシャルルヴィルは放置されたのかというと、まったくそんなことはない。
彼自身が「マスターの手の空いたときによろしくね」と、他の者の治療を優先させたのである。もちろんマスターだってシャルルヴィルが無理をしているというのはわかっていただろうが、断腸の思いで他の者の治療を優先した。

 

「あいてて……。マスター、大丈夫かな……」

 

そして多くの治療を行った結果、マスターに宿る不思議な力が底をついた。
彼女が持つ、マスターたる所以の不思議な力は無尽蔵なわけではない。限界がある。シャルルヴィルの治療に至るより先に、力が追いつかなくなったのだ。
時間を置けばその力は回復するし、それは貴銃士の傷も同じことだ。あえてマスターが治療をせずとも、通常の人間よりも遥かに速いスピードで体は回復する。
体の痛みは強いしいいものではないが、力が尽きて気を失った彼女を見てなぜ贅沢が言えるのだ。その上、多くを治療すればするほど、彼女の手の甲にある薔薇の傷は開いてしまう。
気を失い、他の者らによって別室へ運ばれていく時、彼女の手からは血が流れていた。

普通の治療処置が施された体をゆっくりと起こす。
傷が熱を持っているせいか、体全体が熱い気がする。サイドチェストにある水差しに手を伸ばしかけたところで、扉の外が少し騒がしいことに気付いた。

 

“おまえはまだ駄目だって……!”
“大丈夫だから、そこどいて!”
“おい……!”
「お願いだから!」

 

懇願するような、一等大きな声が聞こえたと同時に衛生室の扉が勢いよく開けられた。

 

「マスター……?」

 

入ってきたのは確かにマスターである彼女だったが、シャルルヴィルは目を瞬いた。完全に気を失っていたのにもう力が回復したのだろうか。
切羽詰まった様子の彼女は、傷だらけのシャルルヴィルを見てぐにゃりと表情を歪めた。唇を噛みしめて駆け寄ってきたと思うと、そのまま飛び込むようにシャルルヴィルの体へと抱き着いた。痛む体でなんとか受け止めたが、同時に動揺は隠せなかった。

 

「え、あの、マス、」
「ごめん、シャルル……ごめん、ごめんね……」

 

すぐに治療してあげられなくて、ごめんね。
震える声で懺悔のように響いた言葉に、動揺などすぐに消え去った。
そして気づいた。体の中心からじわりと温かなものが広がるような感覚を覚えた。彼女の力が流れ込んでくる、体が治療される感覚だ。
それは心地の良いものであるが……待て、おかしい。こんな短時間で力が充分に回復するわけがない。その懸念を証明するかのように、彼女の体は熱暴走でも起こしているように熱く、呼吸も浅くて荒っぽい。これは、だめだ。

 

「マスター……! 俺は大丈夫だからもう止めっ、」

 

彼女の肩に手を添えるが、引き離すことはできなかった。
シャツの肩口がわずかに濡れていることに気付いた。荒い呼吸のまま嗚咽を漏らす彼女は、シャルルヴィルの制止の言葉など聞こえていないのかまた小さく呟いた。

 

「痛かったでしょ……。力が追いつかなくて、ごめんなさい……後回しなんてひどいことした……」

 

大事なひとなのに。
彼女の腕の力がひときわ強くなったと思うと、力が体に流れてくる感覚が止まった。
シャルルヴィルが声をかける前に、彼女の腕が背中からずるりと落ちていく。後ろに倒れそうになった彼女を慌てて支え、自分のほうへと引き寄せた。

浅い呼吸を繰り返す彼女は意識を飛ばしている。痛みから解放された喜びと同時にシャルルヴィルは苦笑した。
わずかにしか回復していないのに治療を行ってくれたのだ。それこそ文字通り、力の限り、精いっぱい。
自分の腕に巻かれた包帯を解くと、傷は完全に消えていた。

 

「……ったく、まだ駄目だって言ったのに」

 

しかめっ面で衛生室に入ってきたのはブラウン・ベスだった。先ほどの外でのやりとりは彼とマスターによるものだろう。困ったように笑い、やあベスくん、とシャルルヴィルは声をかけた。
ブラウン・ベスは、すっかり回復したシャルルヴィルに目を向けながらも、マスターに視線を移して眉を下げた。

 

「マスターに、一日に二回も気を失わせるなんて情けないな……」
「……同感だよ。ベスくんも、もうちょっとちゃんと止めてよ」
「あんな必死な顔見て止められる奴がいるなら、見てみたいもんだな。止めるならぶっ殺してやる、みたいな感じだったぞ」
「はは……。それは、止められないね」

 

それほどの必死、いや決死の覚悟で治療にやって来た彼女をどうして止められるのだろう。
ブラウン・ベスでも止められなかったとなれば、他に彼女を止められそうな人物は思い浮かばない。
ブラウン・ベスは徐に毛布を放ってきた。マスターの体に当たらないようキャッチしたシャルルヴィルはいまいちその行動を図りかねた。

 

「マスターにここまでさせたのはおまえのせいだからな。目を覚ますまで、おまえが責任持って面倒見ろ」

 

こちらのせいと悪態をついてはいたが、彼なりの気遣いだというのはすぐにわかった。

 

「……ありがとベスくん」
「なにに対する礼だ」

 

素知らぬ顔でブラウン・ベスは衛生室から出ていった。
ひとまず、受け取った毛布を広げて彼女の体を包んでやる。いつの間にか呼吸は落ち着いており、静かな寝息へと変わっていた。熱の残る体を抱きしめて、彼女の頭に頬を寄せる。

 

「参ったなぁ……」

 

自分ら貴銃士を大切に扱ってくれているのはわかっていたが、まさかここまで、自分の身を削るようなことまでしてくれるとは思っていなくて。
彼女をここまで動かしたのは、メディックである誇りとマスターであることの責任と、あとは──

 

『大事なひとなのに』

 

先ほど紡がれた言葉を思い出して胸がぎゅっと締まる。それに呼応するように抱きしめる腕の力が強くなってしまう。濡れている彼女の頬を拭い、閉じられている瞼にそっと唇を触れさせた。

 

「俺も大事だよ。君が思ってる以上に、ずっとね」

 

君が言ってくれたのは、そういう意味でいいのかな?
今のところはわからないが、それは腕の中にいる人が目を覚ましてから訊いてみようと思う。