前略、遠い国のきみへ

※ロドスト・日本編後。

 

 

候補生と、絶対高貴に目覚めた十手が帰国した。
鎖国国家である日本に行くのは正直どうかと私は思っていたが、十手が絶対高貴に目覚めるというプラスの結果をもたらしていた。

 

「報告書の提出はこれでいいかな、中尉殿」
「うん、ありがとう。確認しておくね」

 

帰国した候補生と十手から、今回のことで獲得した日本国の情報をまとめた報告書を受け取る。
それでは、と退出しようとするふたりを、いや、十手を呼び止めた。

 

「十手」
「うん? なにか……?」
「絶対高貴に目覚められて、よかった。おめでとう」

 

祝福を受けるのが予想外だったのか十手は驚いていたけれど、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう、コラール中尉」

 

退室した彼らを見送り、報告書に目を通しながらふと考える。

古銃の貴銃士に多く見られるが、絶対高貴に目覚められずに悩む者は多い印象だ。
召銃された直後から絶対高貴になれたというジョージのほうが珍しくて、少ない例だろう。

そのメカニズムは未だ不明だけど、恭遠曰く七年前のレジスタンスにいた個体も、全員がすぐに絶対高貴になれたわけではないらしい。
絶対高貴になれないことに悩んでいた者も少なくなかったという。

今や英雄としての扱いを受ける七年前の彼らですらそうだったのなら、もはや絶対高貴は、悩みぬいて到達するものであるという結論にすらなりそうだ。

しかしかつて世界帝軍であった私からすると、なんだ、私たちを打ち負かした彼らですら、そんな風に人間くさく悩んでいたりしたのかと思ったりもする。
そうやって悩んで、己と向き合って。そんな古銃の彼らはやはり、どうしたって限りなく人に近く思える。

私が知る、世界帝軍特別幹部であった現代銃の彼らは、絶対非道こそ使っていなかったがそれに準ずるような力を使っていた。
彼らはもれなく全員その力を使えていたし、その力に目覚められず悩むというのも見たことがなかった。

七年後の今だって、私が出会った現代銃の貴銃士たちにはその傾向はない。
以前ドイツ支部に出張へ行った時ですら、当時出会ったドライゼは特別司令官という立場ながら、絶対高貴には目覚めていなかった。

しかし一方でエルメと、その弟にあたるジーグブルートは当然のように絶対非道が使えていた。
今でこそ、候補生がマスターとなりドライゼも絶対高貴に目覚めているけど。

古銃と現代銃、その違いだけが原因なのかはわからない。私は研究者ではない。

現代銃の貴銃士は、自分たちはあくまで銃で人間扱いは不要だと言うエルメのような者もいる。
人の肉体を得ながらも、感覚や意識が銃のままに近いマークスのような者もいる。

じゃあ現代銃は機械的で悩むこともないのか、と言われると別にそんなことはないのだろうと思う。
少なくとも個人的に、UL85A2──ライク・ツーは、そうではなさそうに見える。

彼は、マークスとほぼ同時とも言えるタイミングで召銃されたにも関わらず、いやに人の体の扱いに、人の生活に、人の常識に慣れている。
それをただの個体差だと一蹴するにはあまりにも、彼は人の肉体と、感情や心の機微がなんたるかを理解しているようにも思える。

 

「『ライク・ツー』、……ね」

 

私と出会った時にはすでに決定していたそのコードネームを聞いて、何も思わないわけがなかった。
深掘りしてわざわざ聞き出すつもりもないが、さてもしかしたら、と思う気持ちが湧くのは当然だ。

しかし今ここにいるライク・ツーは、七年前に私が知っていた彼とは姿が異なり過ぎている。
それは個体が違うからなのか、それとも違う理由なのか。

革命戦争後は特別幹部であった彼らも、レジスタンスの一部個体と同じく、生まれの各国へ返還されたと聞いている。それならば国によって管理されていてもおかしくないはずだ。

そういえば日本に何かそういった情報はないのかと、流し見していた報告書を改めて読み返す。
どのみち、鎖国国家である日本の情報がわずかでも手に入ったのは貴重だ。
途中で、文字を追う目を止めた。一文が目に止まった。

 

『桜國幕府自衛軍にて、邑田、在坂、八九の三名の貴銃士の存在を確認。なお、貴銃士八九はかつて世界帝軍の特別幹部であった個体と判明。現状、彼自身は絶対非道の力は使用できない模様』

 

三回、その部分を読み返した。見間違いではないことを確かめた。

 

「八九……」

 

特別幹部の個体であった、八九。

そうだ。言われるまでもなく、彼は日本生まれの銃だ。慣れない外国で、文化の違いに戸惑う姿だって見たことあったじゃないか。
懐かしい名前に、思わず背もたれに体を預けた。

 

「再召銃されてた……」

 

自然と口元が上がり、喜びと安堵感にも似た感情を抱いた。

 

「そっか……。そっか、八九は今日本かぁ」

 

故国でどのように過ごしているのだろう。案外楽しくやっているのだろうか。
さすがに報告書からはそこまで読み取れないが、少なくとも敵対関係など作らずにやっているようだ。元気でいると思っていていいのだろう。

つい笑いがこぼれた。
八九本人は自分の存在が、まさかかつての知り合いに知られて喜ばれているなんて知らないだろう。

 

「……そっか。うん」

 

一人で納得するように頷きながら、報告書の続きに目を通した。

自衛軍の三名以外にも、十手と候補生はかつてレジスタンスの所属であったキセルと呼ばれる貴銃士とも交流したようだ。
意外と、日本国は召銃している貴銃士の数はドイツに匹敵している。

 

「他の面々も、また召銃されてたりするのかな。いや……、ドイツ支部にもゴーストがいたけど、彼は……どうなんだろう?」

 

一度ドイツ支部で会ったことがある彼も、いったいどちらなのだろう。少なくとも口調は、私が知る個体のそれではなかった。

世界帝の銃であった個体ともなると、どうしたって世間からは敬遠されそうだ。しかし八九が再召銃されているならば、他国にいるだろうメンツだって充分に可能性はありそうな気がする。
七年前の当時は全員が全員、もれなく癖が強かったので、召銃できても制御が効くかと言われると難しそうだけど。

その中でも八九はまぁ比較的穏やかなほうだから、たぶんうまくやっているんじゃないだろうか。
それとも桜國自衛軍でも、自分よりも濃い面々に振り回されているのだろうか。そんな、適当な予想を立ててみる。

八九は私のことを覚えてくれているだろうか。
それなりに交流はあったから、どうか覚えていてもらいたいところだ。決して、会えはしないけれど。

報告書を読み終えて封筒に戻し、ラッセルと恭遠にも確認してもらうために席を立った。
もし生きている間に八九にまた会えたなら、その時は、きっとお互いに指さして笑い合うことだろう。

 

『世界帝軍にいたくせに、今はお互いの組織で正義の味方ぶってるなんて、笑っちゃうね』と。