『サトシ、ステラ!』
ルカリオたちがこちらへ来た。グレイシアもムウマも、ガーディが無事に戻ってきたことにとても嬉しそうだ。
「俺、ピカチュウに会えたぜ! ピカチュウ、ルカリオだ。ここまで案内してくれたんだぜ」
「ピカピカッ」
「ガーディもお礼言わないと」
「ワウッ!」
ルカリオは笑みを浮かべて頷いた。
「ミュー……」
「ミュウ!?」
「ミュウは、一緒に遊びたかっただけなのニャ……っ」
「ニャース!」
「喋るニャース……!?」
飛ばされていたサトシの帽子を持って来たミュウに、水晶を渡ってきたのはニャースだった。
ニャースもガーディやピカチュウと一緒に城からいなくなったところは見ていたが、ルカリオのテレパシーと違い、肉声で当然のように人の言葉を発するニャースに目を瞬いた。
「ミュミューッ」
ミュウはサトシへ帽子を渡すと、ステラの周りをくるくると飛ぶ。本当に、遊びたかっただけなんだなぁ。
ガーディがいたずらで連れて行かれた時はいい迷惑だと思ったが、こちらにとってもここに来るまでに悪いことばかりではなかった。
「ガーディと遊ぶのは楽しかった?」
「ミュー!」
手を伸ばして頬を触ると、ミュウは笑顔で頷いた。
そういえば、どうしてキッドさんが一人で。そう思ったところに、ルカリオが険しい顔で向こう側を見上げた。その視線の先には、
「レジアイス……!」
「逃げたほうがよさそうね」
『行くぞ!』
ポケモンたちをボールに戻す暇も無く通路を走る。
「キッドさん、みんなは?」
サトシの問いかけに、改めてそのことに意識を向ける。キッドは無言のまま、つらそうに視線を下げた。
それが全てを語っていた。まさか……。認めたくなく、口に出すことすらしたくない。思わず唇を噛みしめる。
不意に立ち止まると、前方からオレンジ色の物体が向かってきた。
「みんな、あれに呑み込まれて……」
「そんな……!」
「ムサシとコジロウも?」
そうか、このニャースはあの人たちのポケモンだったのか。
それならば彼らがここに来ていたことも納得がいく。自分たちと同じ理由だ。
問いかけにサトシが頷くと「そんニャあ!?」とニャースは悲しそうな顔をした。ムサシとコジロウが呑み込まれたのは全員が目の当たりにしている。
加えて、タケシもハルカもマサトも、みんなそうなったという。
『こっちへ!』
ルカリオに続いて横道へ入る。今は悲しんでいる余裕もなかった。
太陽の光が見えて道を抜けたが、その光は天井からの巨大な結晶を通したものだった。脱出するためにさらに上を目指そうとルカリオが走ると、結晶の後ろからレジスチルが現れてルカリオを捕えた。
「ルカリオ! ……っ!?」
助けに駆け寄ろうとした途端、いつの間に来たのかサトシとキッドにあの物体が飛びついた。
「サトシ! キッドさん!」
キッドは二体のマニューラをボールから出し「あなたたちは逃げなさい……!」と言い残して呑み込まれた。
サトシがボールからオオスバメとゴマゾウを放った。
「キッドさん……っ」
キッドの消滅に呆然とする間も無く、ステラはサトシの腕を引っ張る。
「ステラ! 後ろ……!」
「うわっ!?」
「ワウッ!?」
「っ!」
傍にあった結晶から生成された物体が体にまとわりついた。咄嗟にベルトからモンスターボールを二つ外して、物体の外へ放り投げる。
「トゲチ……?」
「ムクホ……、ッ!?」
ガーディ、ムウマ、グレイシアはすでにボールから出ている。トゲチックとムクホーク、これで全員だ。
ポケモンたちは、目の前で自分たちのトレーナーが何かに呑まれる事態に目を剥いている。
「ピカチュウ、ごめんな……せっかく会えたのにっ。この樹にとって、俺たちは邪魔者らしいんだ……っ」
「サトシ……! ……うっ」
ピカチュウたちが必死でサトシの手を掴むのを見て、ガーディたちもステラを物体から離そうとするが、すでに体のほとんどが呑み込まれていた。
この物体は敵というわけではない。何も知らずにはじまりの樹へ入ったこちらが悪いのだ。
「みんな……っ」
「ワウッ……!!」
それでもあがいた。
昨日、時と場合によってはポケモンたちを捨てると言った。言ってみれば今がその時だ。
だが、例えそうであってもむざむざと大人しく呑み込まれるなど、ポケモンたちを自分から望んで捨てたも同然な気がした。そんなのはだめだ。
『ステラ……っ!』
レジスチルを振り払ったルカリオが、こちらへ手を伸ばして走り寄る。
「ルカリ、オ……っ!」
ガーディたちに触れているほうとは逆の手を伸ばす。手首が少し赤くなっているほう。昨日の夜の、ルカリオからの拒絶の痕が残っている手だった。
必死に体を動かすが、自分の体がどこかへと沈んでいくのがわかる。ごぽり、と顔も物体に覆われた。
「ワウッ!」
かろうじて見えていたポケモンたちの姿も、すぐに見えなくなる。……ここまでか。
手はまた届かなかった。
ルカリオ、……約束、ちゃんと守れなくてごめん。
ガーディたちを巻き込まないためではあったが、結局は捨てたのと同じだ。ガーディたちを残して自分はいなくなってしまう。
意識が遠のく中で、指先に少しだけ何かが触れたような気がした。
……みんな、ごめんね。