兵士の休日

「いいとこの奴っぽいけど、痛い目に遭いたくなかったら金目の物置いてけよ」

 

路地裏で五人の男に囲まれ、そんな安っぽいセリフを吐かれた。
ここも、綺麗な街並みに似合わずあまり治安が良くないらしい。取り締まりの対象に入れておこう。
目の前の男には冷ややかな目を向けておく。

 

「どいてもらえる? 私は暇じゃないの」
「ああ!?」

 

胸倉を掴まれて少しだけ首元が苦しくなる。
スーツはクリーニングされたばかりだったのに、汚い手で触られしわになってしまった。
どうせ汚れるなら出撃で汚れたほうが何倍もましだし、せっかくのオフが台無しだ。

小さくため息を吐いて腰に手を回す。ベルトから外した物を、目の前の男の額へ押し付けた。

 

「これしか持ってないけど。弾丸でいいなら、欲しければあげる」

 

銃口を押し付けてみると、男は少し遅れて状況を理解したのか、声もなく青ざめていく。

 

「お、おい……よせ、やめろ」
「手を離してから言ってもらえる?」

 

私の胸倉から手を離した男はゆっくりと両手を挙げる。
他の四人も、突然の拳銃の登場に驚きと恐怖を隠せていない。

 

「ど、どこのルートで手に入れた、そのブツ……」
「へえ、やっぱり出回ってるそういうルートがあるんだ? 教えてもらえない?」

 

こういうチンピラが武器を手に入れるための闇ルートがあるようなら、それは潰しておかなくては。
しかし、私の後ろで気配が動くのがわかった。

 

 

胸倉を掴まれた男はもはや泣きそうな表情だった。

 

「わ、悪かった……やめてくれ……」

 

胸倉を離すと、男は他の四人と同じように地面にへたり込んだ。

 

「な、何モンだよ、あんた……」

 

口の端から血が流れる感覚があり、手の甲で雑に拭った。

訊かれたところで、こんな奴らに名前を晒すほど私は馬鹿じゃない。
いつもならガスマスクや、それとわかる紋章のバッジもつけているけど今日はそれがない。だから今日の私はただの一般人なのだ。

しかしながら一応わからせておくべきか。内ポケットに入れていたバッジを取り出し、男たちへ見せてやる。

 

「せ、世界帝軍……!?」

 

微笑んで見せると、恐怖かはたまた別の感情か、男たちの表情が変わっていく。

 

「お、お前たちが、お前たちのせいで俺たちは! あの大粛清だってお前らが……!」
「おいやめろ!」

 

一人の男が喚いて他の仲間がそれを止めるが、もう遅い。これだけやられてまだ懲りないか。

ゆっくりと拳銃を向ければ、また男たちはやめてくれと後ずさる。先ほどの乱闘では使わずに済ませていたというのに。

 

「すまなかった……申し訳ありませんでした、撃たないでくれ……!」

 

引き金にかけた指に力を込めていく。
男たちの声が一層大きくなる前に、引き金を引いた。

かちん、と小さな音がした。弾は発射されず、男たちは何が起きたのかわからないという表情をしている。

 

「あれ、残念。この銃、弾が入ってなかったみたい」

 

わざとらしく言いながら拳銃をベルトのホルダーに収め、男たちに背を向けた。こちらに向かってくる気配はない。彼らには正しい選択だろう。

大通りへ出れば、すれ違う人は私を見て少し不思議そうにしている。避けきれずに何発か拳を喰らった顔なので当たり前か。
休日だからともう少しぶらつく予定だったけど、大人しく帰ったほうがよさそうだ。

 

「あー……、口の中切れたなぁ」

 

今さらながら乱れた服を直し、できるだけ汚れも払う。
歩きながら、男の言葉を思い出していた。

 

『お前たちが、お前たちのせいで俺たちは! あの大粛清だってお前らが……!』

 

ああ、うるさかった。知ったことか。三年前の大粛清が行われたのは、私が軍に入る前の話だ。
口内で血の味がして、不快なそれを排水路へと吐き出す。

 

「……勝手に言ってろ」

 

力のない奴が喚くことほど、うるさくて愚かなことはない。
正義を語りそれを振りかざしていいのは、相応の力がある者だけだ。私はそう思っている。
だから私は、私を超えるだけの力ある者が来ない限り、私の正義を曲げない。

ふと顔を上げる。そして、前方から歩いてくる人物に思わず目を見張った。

 

「あ……」

 

まさか、こんなところで。

ターコイズブルーの目はこちらを捉えていない。
向こうもオフなのか、前に見た赤いコートは着ていない。ああ、覚えている。──以前に交戦した、古銃の男だ。

まさかの人物に思わず口元が上がってしまった。しかし何もせずにいておこう。
互いに一人なのはチャンスだが、今日の私はオフなのだ。時間外労働はしたくない。向こうは私の顔を知らないので、そもそも私に気付いてすらいないだろう。

雑踏の中で互いに歩みを止めず、近づいて行く。すれ違う瞬間、小声で挨拶をしてやった。

 

「Hello, Noble Musket guy.  How are you?」

 

そうだ、レジスタンスの皆さん方、頑張ってよ。
正義を語るための力を持ってるようなのは、君らしかいないんだから。

そう思ったらなんだか少し笑えてきて、また口内に血の味が広がった。

 

 

女の声が耳に響いて、ぞくりと緊張が走った。

咄嗟に振り返るが道行く人々がいるばかりで、それを発した人物は特定できなかった。
警戒するように周囲を見るも、世界帝軍と思しき者は見当たらない。けど今の言葉は、たしかに……。

こちらが貴銃士であることをわかっている言葉だった。
貴銃士の存在を知るのは自分らレジスタンスと、世界帝軍だけだ。
それに、まるでからかうようなあの言い方に、ブラウン・ベスは覚えがあった。

成す術なく素手の攻撃を喰らった以前のことを思い出して、ブラウン・ベスは人込みの中で小さく舌打ちをした。

 

『こんにちは、マスケットの貴銃士。ご機嫌いかが?』