俺のかわいい人

『かわいい』
『あ、マスター、今日もかわいいね!』
『マスターがかわいくて、俺ってば毎日幸せだよ』

 

シャルルは一日に一回以上は私に「かわいい」と言ってくれる。
いや、一回以上どころか三回は言っている気がする。数えていないので確定ではないけれど。数えるなんて余裕綽々な対応ができていないと言ったほうが正しいか。

こういったことにはなんと返すのが一番いいのかわからない。当然でしょ、などと言いつつふふんと笑えるほど自信はない。かといって、そんなことないと否定するのは自分が情けなくなるしシャルルにも失礼だ。
だからいつも「ありがとう」と言っている。言われて嫌な気持ちにはならないし、恋人から褒めてもらえるのはとても嬉しい。だけどもやっぱり恥ずかしくなってしまう。同時に不思議にも思う。シャルルはどうしてそう思うのだろう。

こんなご時世で、なおかつ私はレジスタンスに所属している身だ。化粧品やおしゃれな服など贅沢品にも等しい。それゆえ、化粧や服装で繕うという最大のごまかしが行えないのだ。それなのに、シャルルはどういう基準で私をかわいいと言っているのだろう。いくら恋人同士といっても、少しだけ疑問に思う。

 

 

「あら~、マスターちゃん。あなた、なんだか最近美人じゃない?」
「え? そ、そうですか? なにも変わってませんよ」

 

食堂へ行くと、いつも料理を作ってくれているおば様たちがいらっしゃる。その一人から唐突に言われて声が裏返ってしまった。私の返答におば様はじっとこちらを見ていて、食事のトレーを渡してくれない。

 

「変わってるわよ~。こっちも伊達に女をやってないわよ、ごまかせないんだからね」
「えー……?」

 

そう言われてもこちらは何もごまかしていない。
最低限の身だしなみとして髪こそ整えているが、いつも通りのすっぴんだし服装だってシャツにパンツスタイルだ。美人の要素はないと思うけど。
するとおば様はちょっと失礼、と私の頬をつついた。そしてにっこり笑う。

 

「ほらね。お肌はつやつやしてるし、髪も綺麗だし、目だってきらきらしてるもの。誰がどう見ても美人よ」
「あ、ありがとうございます……?」

 

手放しで褒められまくっている。
ありがたいことではあるのでひとまずお礼を言わなくては。疑問形になってしまったのは仕方がない。
もっと美人になるためにしっかり食べるのよ、とようやくトレーを渡してもらえたのでお礼を言って適当な席に着いた。
……私の知らない間に顔が変わっていたとかの怪奇現象が起こっていたらどうしよう。部屋に戻ったら鏡を見てみよう。
ありえないことを思いながらも、なんとなく腑に落ちないまま食事へと手を付けた。

シャルルヴィルが食堂へ行くと担当の女性がこちらへ気づく。
食事をトレーに載せてもらうのを待っていると、不意に女性は口元を上げた。

 

「シャルちゃんの仕業でしょ?」
「え、何がですか?」

 

脈絡なく言われてしまったので具体的な反応ができなかった。しかし女性はいたずらっぽく笑う。

 

「マスターちゃんがかわいくなってることよ。恋する子は美人よねぇ」

 

ああ、そういうことかと納得した。
なかなか話のわかるマダムだ。シャルルヴィルはカウンターに頬杖をつきうんうんと頷く。

 

「いや~、マダムにもわかります? 俺もそう思うんだよね。いつもかわいいからほんと、俺が困っちゃうくらいで」
「あらやだ、いい男は見せつけてくれるわね~」

 

女性の茶々に相槌を打ちながら、シャルルヴィルはご満悦だった。ついに周りからもそう見えるか。やっぱり彼女はかわいいよね、と。

 

「そういえばシャルちゃん、銃を磨くのが好きなんだっけ?」「え? ああ、そうだね~。磨き上げるとすごく綺麗になるから、それが嬉しくて」

 

そう、と女性が相槌を打ったところでトレーに食事が載せ終わった。女性はこちらにトレーを差し出すと、シャルルヴィルの後方を指さした。
つられてそちらの方向を振り返ると食事をしている彼女が見えた。考え事をしているのか、食事のペースは随分ゆっくりだ。あそこに恋人が座ってるわよ、と女性は教えてくれたのだ。

 

「じゃあその調子で、あの子のことももっと綺麗に磨いてあげなさいな」

 

恋人からの言葉と恋は、どんなお化粧よりも勝るわよ。
女性の一言になんとなく気恥ずかしくなり、眉を下げて笑う。しかし否定はせずに、そうしまーすとフランクに返事をして意気揚々と彼女へ声をかけたのだった。