バトル大会を終えて夜に包まれたオルドラン城の大広間では、今年の波導の勇者となったサトシへ杖の贈呈が行われた。
かつて勇者アーロンが持っていたとされる杖を受け取ったサトシは、その衣装も相まって、肖像画に描かれているアーロンと同じだ。
「この国を守ってくれた勇者アーロンを称えて、今宵は楽しみましょう!」
曲が流れ始め、各々の男女ペアでダンスが始まったが、ステラは専ら食事を優先していた。タケシの暴走を止めた少年のマサトも一緒だ。
贈呈式の前に、サトシ一行の全員とあいさつを済ませていた。マサトとハルカは姉弟だという。
「ステラさんは踊らないの?」
「うん、ダンスはステップとかわからないから。それに、わたし着替えてないから踊るとしても相手に失礼だろうし」
最初からドレス姿であったハルカは元より、バトル時は鎧の衣装を着ていたキッドもドレスへと着替えていたが、ステラは同じ衣装のままだった。さすがに兵士を模したような服を着た女子と踊ろうと思う男性はいないのか、誘いを受けることもない。
着替える気の無さが躍る気の無さに直結している。それが伝わったのか、マサトは苦笑している。
「花より団子なんだね」
「我ながら否定できないなぁ」
苦笑しつつ隅を見やると、ガーディはピカチュウやエイパムと楽しく過ごしているようだった。サトシとハルカは他のポケモンたちもボールから出している。
ガーディ以外の自分の手持ちも出そうかと思ったが、多くのポケモンたちが広間をうろうろするのはあまりよくないかと思い直してボールを出す手を止めた。
「ステラさんは、ガーディの他にどんなポケモンを持ってるの?」
「他の子は、トゲチックにムウマにグレイシアにムクホークだよ」
「へえ~、カントーにはいないポケモンもいるね!」
マサトはポケモンを持てる年齢ではないが、かなり詳しいようだ。
そんな会話をしながらも食事をする手は休めない。食い意地が張っていると言われればそれまでだが、普段は口にすることができない豪華な料理にはどうしても手が伸びてしまう。
これはしょうがないよね、とまた別の皿に手を伸ばした。
食事が一段落したところで、いつの間にかポケモンたちがいないことに気づいた。
「どうしたのステラさん」
「ガーディがいなくて……。ピカチュウたちも」
「ほんとだ……」
サトシとハルカのポケモンたちも皆、姿が見えない。マサトと共に周囲を探してみるが、大広間にはいなかった。
「ピカチュウたち、どこ行っちゃったんだぁ……?」
「あっ」
二人同時に目を向けた先の扉からゴンベが入ってきた。ゴンベはフルーツの盛り合わせを持つと、再び大広間を出て行ってしまう。
「ゴンベ……?」
「あの子ってハルカのだよね?」
「うん」
マサトと顔を見合わせて、ゴンベの後を追いかけた。
*
ピカチュウを始めサトシやハルカのポケモンたちと楽しく過ごしていたが、エイパムの案内でガーディたちは屋根裏と思われる部屋へ来た。
掃除の行き届いた部屋には様々なおもちゃがある。そこのおもちゃで遊んでいた最中、突然に窓ガラスを割ってニャースが飛び込んできた。気を失って伸びているニャースとピカチュウたちは面識があるらしい。
ニャースの周りに集まっていると、いつの間にか二匹いたピカチュウのうち一匹が、ミュウへと姿を変えた。
きょろきょろと見回すとエイパムはいなくなっている。もしかすると、バトル大会の前に見た不思議なキモリやスバメはこのミュウだったのかもしれない。
やがてニャースが目を開けた。
「ニャ……? おみゃーら、」
「ミュ?」
「ニャ!? ミュウなのニャ!」
ニャースの反応に、そういえば主人ら人間たちにとってミュウは貴重視されていたなとガーディは思い出す。
ミュウが簡単にそこらにいるわけがないのはわかっているので、もちろんガーディたちからしてもミュウは珍しいのであるが、ポケモンという同種族のためかなんとなく親近感があるのだ。
「ニャ? おみゃーはたしか、ジャリガール2の……」
「ワウ?」
バトル大会を見ていたのか、どうやらガーディはニャースに認知されていたらしい。ジャリガール……おそらくは主人のステラのことを言ったのだろうか。
すると、突如割れた窓から二匹のマニューラが入り込んできた。ミュウに対して何か目的があるのか、自分らには目もくれずミュウを追いかけ始める。
マニューラたちが攻撃を仕掛けたタイミングで部屋に入ってきたゴンベが、フルーツごと氷漬けになってしまった。
あまりに急な事態だが、ガーディとピカチュウが動いたのは同時だった。マニューラへ攻撃を仕掛ける。先に手を出してきたのは向こうだ。
マニューラが放ったふぶきをかわすが、唐突でかわしきれなかったニャース以外の皆が氷漬けになる。
「ワウッ!」
「ピーカ!」
「……!」
かえんほうしゃを放とうとするも、ピカチュウに止められる。こんなところで炎を使ったら一大事になる。だから使っちゃいけない。
言われてみればその通りで、体内の炎を押しとどめてアイアンテールへ切り替えた。
互いに攻防を続けるもミュウやニャースは部屋の隅に追い詰められ、ガーディはピカチュウと共にその間に立った。
「ミュ~ミュ!」
「ニャに!?」
ミュウはニャースへ姿を変えると、本物のニャースの手を取りくるくると回る。
「ニャーニャニャー!」
「おみゃー余裕だニャ……」
「ワウ……」
どーっちだ、と言わんばかりに楽しそうな片方のニャースにはピカチュウも少々呆れているようだ。そっちがミュウだと丸わかりである。
二匹のマニューラは頷き合うとれいとうビームを放った。ほのお技を止められているガーディはピカチュウに対抗を任せるしかない。電気と冷気は相殺し合ってそのエネルギーはどんどん巨大化していき、ついに弾けて爆発した。
「ピカァッ……!」
「ワウ!」
吹き飛ばされたピカチュウは気絶してしまい、ニャースが彼を受け止めた。
煙が収まるとマニューラは一匹しかいなかった。……と思われたが、前後に重なって並んでいた二匹は息の合った動きを披露し、シンメトリーにポーズを決める。
「……ワウ?」
「おみゃーらも余裕だニャ……」
どうして襲っている側も襲われる側もこんなに余裕綽々なのか。
別段、当事者に当てはまらない自分が一番焦っている事態に、彼らの神経の太さに感動すら覚えた。
*
ゴンベを追いかけて上ってきた階段を上りきると、ステラとマサトは部屋の前にたどり着いた。
「ステラさん、ゴンベここかな?」
「そうだと思うな。階段は一本道状態だったから」
マサトが扉へ手をかけると、なぜか開かない。鍵をかけているとも思えないが。
「ううっ……」
「マサトくん、代わって」
女子といえど、まだ幼いマサトよりはステラのほうが力がある。力を込めて押すと、わずかに開いて隙間ができた。扉には氷が張りついている。
なんで氷が……? そこの隙間から覗くとガーディとピカチュウ、二匹のニャースが見えた。
「ガーディ、いた!」
「ピカチュウ、ニャースも!?」
ポケモンたちがいたことにひとまず安堵したが、二匹いるニャースの内一匹がミュウへと変わった。
「え……」
「ミュウ……?」
マサトと顔を見合わせぱちぱちと瞬きをした。
再び隙間に顔を押し付けると、その瞬間、見えていたガーディたちが一瞬でいなくなってしまった。