二人の無茶

「ルカリオ!?」

 

悲鳴にも似た声が飛び出した。なんで。嫌だ、嫌だ……!
しかし全員の焦りとは裏腹に、オレンジの物体はルカリオを呑み込まずに地面へ消えていった。

 

「あ……」
「ポケモンは、バイキンじゃないってわけね……」

 

キッドの言葉の通り、どうやらポケモンは排除の対象外ということらしい。
ルカリオが無事だったことに息を吐いたのも束の間、レジロックの攻撃から逃げる。開けた空間に出たが、このまま逃げ続けていても埒が明かない。

 

「俺が奴らを惹きつける。キッドさん、みんなのことお願いします」
「わかったわ」

 

サトシの言葉に頷いたキッドはみんなを促して横穴へ入ったが、ステラはそれに続かなかった。

「ステラ?」
「一人よりは二人のほうが効率的だよ。サトシにばっかり無茶させられないし」
「え、でも……」
「ガーディとピカチュウを探すのに、どっちにしろずっと逃げ回ってるわけにもいかないよ」

 

それが最たる理由であるが、それだけではない。
仮にも自分はサトシより年上だ。サトシを一方的に子ども扱いするつもりはないが、サトシの提案に乗っかるだけであとは任せた、と自分より幼い彼を一人残すなど情けない。

 

「オルドラン城の大会ではサトシに負けちゃったけど……」

 

ベルトからモンスターボールを取る。自分で言うのもなんだけど、

 

「わたしもそれなりに戦えるよ?」

 

今更言うまでもないことだが、自分だってポケモントレーナーである。サトシは改めてそれを思い出したかのように笑った。

 

「うん。そうだな」
「それに“一人でやる”のが無理なら、二人だったらそうじゃないってことだよ」

 

無理はよくないし、そもそもできないことで無理はしない。だが、条件が揃っているならそれは“無理”にはならない。
おどけたステラにサトシは笑った。

 

「それって、ステラも無茶するってことじゃないのか?」
「そうかな?」

 

小さく笑うと、皆と行かなかったルカリオと目が合う。

 

「ルカリオ?」
『お前とサトシがガーディやピカチュウに会えるまでは、私はお前たちと一緒にいる』

 

それはなんて心強いんだろうと思った。
この状況に腰が引けているわけではない。応戦してくれるポケモンたちに不安を持っているわけでもない。ただ、ルカリオが一緒にいてくれることが嬉しいのだ。

 

「それは、女王様に頼まれたから?」

 

その中でちらりと過った考えを口に出してみる。
力を貸してあげてとアイリーン女王が言い、女王の望みならばとルカリオも了承した。案内するのは女王様のためだ、ともルカリオは言っていた。
それに従っているのなら、ルカリオには自分の安全を優先してみんなと一緒に行って欲しい。

 

『侮るな。私の意志だ』

 

少し吊り上がったルカリオの目に睨まれても痛くもかゆくもなかった。ルカリオのほうから目を向けてくれるのは大きな進歩だ。険しいルカリオに、顔を逸らさずにステラは頷いた。

 

「ありがとうルカリオ」
『いずれにしろ、お前たちだけでは心許ない』
「一言余計だよ」

 

苦笑しながらサトシと共にモンスターボールを放る。
サトシはヘイガニとジュプトル、ステラはグレイシアを出した。惹きつけることが目的なので、タイプ相性は今は気にしなくていい。

 

「このポケモンは……」
「グレイシアだよ。見たことない?」

 

サトシは頷いたが、すぐに迫ってくる二体に向き直った。

 

「ジュプトル、タネマシンガン! ヘイガニ、バブルこうせん!」
「グレイシア、みずのはどう!」

 

攻撃は直撃し、すぐに全員で横穴に入る。
惹きつけながらもガーディたちを探すために進むことは忘れない。

 

「ピカチュウの声だ……!」
「……え? サトシ!」

 

サトシは進もうとしていたのとは別の道に入った。ジュプトルもヘイガニを抱えてサトシの後を追いかけていく。
ピカチュウがこちらへ向かっているのなら、ガーディも一緒にいるのだろうか。ステラには何も聞こえなかったが、サトシはパートナーの声が聞こえたのだろうか。
グレイシアに目配せし、ステラもサトシを追いかけた。

 

『ステラ……?』

 

先導してくれていたルカリオが追って並んできた。サトシが行った先に本当にパートナーたちがいるかはわからないが、

 

「ごめん。今はサトシに付いて行かせて」

 

この先にいるかもしれない。

 

『構わない。そのためにここへ来た』

 

通路を抜けた先は外だった。自分たちの目指していた上の場所へ繋がっているのだろうが、谷間を吹き抜ける風はとても強い。

 

「ワウッ!」
「ガーディ……!」

 

ここと向こう側を繋いでいるいくつもの水晶の上をガーディが走ってきていた。
ジュプトルたちの横を抜けてステラも水晶の上へ踏み出そうとすると、腕を掴まれた。掴まれた先を見ると、それをしたのはルカリオだった。

 

『お前が向こうまで行けるとは思えない』
「……そうだね」

 

言われてみればそのとおりだ。たやすく移動できるほど、ステラは身軽ではない。

 

「でも、自分で行かないと」

 

自分の力で再会したいのだ。それだけだ。無理なことではない。ルカリオは心配してくれているのだろうか。
ありがとう、とその手をやんわり腕から外した。ここにいてねとグレイシアを撫でる。

軽く息を吸って、水晶の柱の上を勢いよく駆け出す。怖がってもたもたしている暇はない。
ガーディは軽々と水晶を移動してこちらへ向かってきている。もう少しと思った時、ひときわ強い風が吹いた。

反射で目を閉じてまたすぐに開いた瞬間、突風に耐えられなかったのかガーディが水晶から落下していた。
声を出すよりも速く足が動いて、落下するガーディを追った。例え、落下場所が空中であろうと関係なかった。思い切り足場を蹴って、水晶から飛び出す。ガーディを両腕で捕まえた。

 

「っ! ムウマ!」
「ムゥ~……ムッ!?」

 

だがこのまま落ちたら死ぬと、本能的にモンスターボールを放つ。
出されたムウマは突然の状況に仰天していたが、発動したサイコキネシスはステラたちを空中に留めた。

 

「ワウッ!」
「ガーディ、よかった……!」

 

ムウマが手近な水晶に降ろしてくれ、互いに顔を寄せて再会の喜びを分かち合う。一日とほんの少し離れていただけなのに。

 

「無事でよかった!」
「ワウッ」
「ムウマもありがとう」
「ムゥ~」

 

考えてみれば、せっかく会えても死んでは元も子もないのだから、死にそうなところを助かったことを先に喜ぶべきだったかもしれない。
でも落ちるのを免れ、ガーディにも会えたのだから、この際どうでもいいことだ。

 

「ピカチュウー!!」
「え……、サトシ!?」

 

サトシの叫びが聞こえて目を向けると、風で飛ばされたピカチュウを見事に受け止めていた。だが、そのまま二人は風に煽られながら落下していく。
咄嗟にムウマを呼ぼうとしたが、視界の先に何かを捉えた。それが、ワイヤーを使って飛び出したキッドであるとわかった時には、サトシとピカチュウはキッドと共に横穴の前に着地していた。

息をするのも一瞬忘れた。
仲間の無事を確認して、ステラは大きく息を吐いた。ガーディを抱いたまま再びサイコキネシスで飛び、サトシたちの所へ降りる。

 

「ステラもガーディと会えたんだな!」
「それはお互い様だけど、サトシは無茶するなぁ……」
「ステラも同じだろ」
「あー……はは、反論できないや」

 

苦笑が漏れた。
さっきのサトシには本当に心臓が止まるかと思った。だがそれでいて、結局は自分も人のことを言えはしないのだ。