上書きの数

また、随分と付けられたものだなぁと思った。

全身くまなくというわけでもないけれど、私の体には点々と赤い跡がある。
新しく付けられたものもあれば、薄れていたところに重ねて付けられたものもある。まぁ、服を着て隠れるところばかりなので、いいと言えばいいけれど。

エフが独占欲が強そうというのは、割と普段からも見えていた。
アインスの補佐として、彼と共にいることが多いファルのことを「ずるい」と言っているのを聞いたことがあるのは一度や二度ではない。
しかし、自分がそれを向けられるようなことはないだろうと思っていた。

あまり訊きたくはない。
私とエフの関係は、世間一般で言うとしたなら恋人同士というものに入るだろう。けれども訊きたくはなかった。
普段からまともに好きとも言わない関係だ。でもこうしてやることはやっている。でも好きとは言わない。

きっと、言わないだけで恐らくは好かれているだろうという、そんな曖昧なままこうしている。だから訊けない。
どちらかが訊ねてどちらかが答えたとしても、恋人というつもりはなかったなどと言われてしまえばこの関係は終わりなのだ。

いつのまにか、明確な否定を恐れるようになった自分が馬鹿らしく思える。

 

「エフって、噛み癖でもあるの?」
「は? ……アンタのこと噛んだ覚えはないけど」
「うん、噛まれてはないけど」

 

どういう意図で私にこれだけの跡を付けるのか。
少しだけ湾曲させてみたものの、当然ながらうまく伝わらなかったようだ。

しかし「独占欲強いの?」などと訊いてみれば、まるで自分がエフからそれを向けられるだけの存在であると自惚れたことを言っている気がして、言えなかった。
普段の状態であれば、私もそれなりに茶化しつつ言えたかもしれない。今の私の心境では、言えないというだけで。

気怠さはあるが、上半身を起こしてひとまずシャツにそでを通す。するとエフの腕が腰に回ってきて素直に驚いた。

 

「……付け忘れてたわ」
「なに、を……っ、」

 

寝転んだままだったエフは、私の着たシャツの裾を邪魔そうにめくると、脇腹に唇を触れさせた。
そのまま強めに吸い付かれ、一瞬体が震えた。たった今新しく付いた赤い跡に、エフは満足そうに目を細める。
その様子を見て、声が勝手にこぼれた。

 

「なんで、そんなに付けるの?」

 

勝手に言葉が出た割に、動揺などはなかった。
先ほどまでのどこかセンチメンタルな気持ちは消えていて、至っていつも通りに訊けたと思う。こちらを見上げたエフと目が合う。
明確な答えが返ってこなくても、別にいい。

 

「普通の傷跡よりましでしょ」
「え?」

 

エフの返してきた言葉の意味がわからなかった。どういうことだろう。

少しだけ考えて、自分の体を見やった。
これでも軍人である私の体は、多少、という言葉で収まらない程度には傷があった。訓練でできたもの、出撃で負ったもの、青あざなんて当たり前で、切り傷やら火傷やら。
自分で言うのもためらわないくらい、綺麗ではない。あちこちにある、治りかけの傷や跡を目で数えて、気が付いた。

腕、胸、腹に脚。至るところに大小を問わない傷と跡がある。
しかしその傷と跡の上には、傷ではない赤い跡があった。

そして脇腹に目を向ける。そこにも、たった今エフが付けたばかりの赤い跡がある。しかしその下にあるのは、過去の出撃で撃たれた時の傷跡だった。

ようやく頭が意味を理解して、つい笑みが浮かんでしまった。そのままエフを見ると、彼は不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「なによ」
「ううん。たしかにましだなって思っただけ」

 

赤い跡の数は、私の傷の数だった。まるで傷を上書きするように付けられていた。
そのことがわかって、なんと言えばいいのかわからない。ひとまず言えるのは嫌な気持ちではないということだ。

 

「エフってけっこう守備範囲広いよね」
「ハァ? 何よ急に」
「性別問わずいけるし」
「……アンタね、」
「綺麗じゃなくても許してくれるし」

 

素直な気持ちだった。エフは私よりも遥かに美意識が高いはずなのに、綺麗じゃなくても許してくれる。
私は綺麗な体じゃないのに、こうしてくれる。

エフは少し黙ったけれど、体を起き上がらせた彼は先ほどよりも不機嫌を増しているように見えた。

 

「アンタの基準でアタシの美意識測るんじゃないわよ」
「あいたっ」

 

力加減のない勢いでデコピンをされて額を押さえる。

 

「アンタが自分をどう思ってるか知らないけど、アタシとアンタの基準は違うのよ」
「……だとしたら、基準低くない?」
「そう思いたいならそれでいいわよ。でもアタシのこと守備範囲広い、とか言うなら身を持ってソレ知っときなさい」

 

言われてようやく、安心のあまり笑った。
特別気にしていたわけでもなかったけれど、自分の体をこんなにも愛せる気持ちになったのは、きっと今が初めてだった。