「マスター、お待たせ!」
基地の隅っこにある古いベンチに腰かけていると、スプリングフィールドが駆け寄ってきた。
元気いっぱいに手を振る姿に、こちらも笑って手を振り返す。走ってきたにも関わらずスプリングは息も上げていない。
「シャルル兄ちゃんがドーナツ作っててさ。俺にも分けてくれたんだ。マスターも一緒に食べよう?」
「ほんと? やった!」
スプリングが持っていた小さなバスケットには、件のドーナツとポット、小さなカップが入っている。
私の隣に腰かけたスプリングは手際よくポットとカップを取り出す。程なくして、コーヒーの入ったカップがこちらに渡された。
「はいこれ、マスターの分の砂糖とミルクね」
「ありがとう。すっかり数まで覚えてもらっちゃって……」
続けて渡されたスティックシュガーとミルクのそれぞれの数個は、私が普段コーヒーを飲む時に入れる数と同じだ。
小さなことを覚えていてくれるスプリングはなかなかマメなところがある。
「マスターもけっこう甘党だよねー。それだけ入れたらもうカフェオレだよ」
「よく言われる」
「えー……、誰に?」
え、とコーヒーに口を付けようとした動きが止まる。
スプリングのほうを見ると、少し口をとがらせてこちらを見ている。
「えっと、ここにいる仲間たちからはけっこう言われるかな。みんなもう知ってる人が多いけど。あとは……この前ケンタッキーにも言われたよ」
質問の意図を図りかねたけれど、嘘を吐く必要はどこにもないので素直に答える。するとスプリングは「んー……」と煮え切らない相槌を打ちながら、自分のカップにコーヒーを注いだ。
「ケンちゃんからかぁ、なんか複雑だなぁ……。いや、ケンちゃんからじゃなくても複雑だけど」
「どうして?」
「だって……、マスターがコーヒーをすごく甘くするってこと知ってるの、俺だけじゃないんでしょ?」
そう言ったスプリングの口はまた尖っていて、拗ねているのだというのをようやく理解した。
「そんなに拗ねる要素はなかったと思うんだけど……」
「拗ねてない。嫉妬だよ」
嫉妬。その言葉を聞いて思わずどきりと心臓が鳴った。
スプリングがカップに口を付けたので、そっか……と曖昧な相槌を打つ、ようやく甘いコーヒーを口に運んだ。
「……スプリングってあんまり妬かないタイプかと思ってた」
「えー、だって好きな人のことは一番いろいろ知ってたいじゃん! 俺、こーんなにマスターのこと好きなのにさー!」
ど直球に言われてじわりと顔が熱くなってくる。それに気づいているのかいないのか、スプリングは言葉を続けた。
「君はみんなのマスターだっていうのはわかってるけど……。でも、だからふたりで会ってるときくらいはみんなのマスターじゃなくて、俺の好きな人なんだーって思いたいよ」
スプリングの言葉は本当に真っ直ぐだった。真っ直ぐすぎて、笑ってごまかしたりなど到底できようもない。
彼のほうに顔を向けつつも黙って俯いている私に「マスター?」と顔を覗き込んできた。
目が合うと、大きな黄色の瞳が見開かれる。すると彼は小さくふき出した。
「マスター……顔真っ赤!」
「だ、だって……!」
この短時間でそんなに何度も好き好き言われては、こうなるのが普通ではないのだろうか。私に耐性がないだけなのか。
考えていると、スプリングが徐に手を伸ばしてきた。咄嗟に目をつむったが、頬に手のひらを当てられた感覚におそるおそる目を開ける。
「そういうところも、すっごく好きだよ」
スプリングは照れくさそうに笑っていて、私ほどではないだろうが少し頬が赤い気がした。
「……スプリングってアメリカ生まれだよね?」
「え、うん、そうだよ。モデルになったのはシャルル兄ちゃんだけど、俺は正真正銘のアメリカ生まれ!」
訊くまでもなかった事実確認に頷く。マスケット銃・スプリングフィールドはアメリカ初の国産銃だ。
でも生まれはアメリカだけれど、モデルがフランス軍用銃のシャルルヴィルだから、スプリングは多少なりともフランスに縁がある。彼の愛情表現がこんなにも真っ直ぐで躊躇いもないのは、その影響があったりするんだろうか。
単純に本人の性格なのかもしれない。わからないけれど。
首をかしげるスプリングは、どうして今さらそんなこと訊くんだろう、と考えているのがよくわかる。
私だってそういうのがすぐにわかるくらいには、
「私も、スプリングのこと好きだよ」
彼のことがとても好きだ。
しかし感慨深い気持ちには長く浸っていられなかった。感極まったように「うん、俺ももっと好きだよ!」と飛びついてくるスプリングを慌てて抱きとめる。
私の甘ったるいコーヒーが少しこぼれてしまった気がするけれど、まぁ仕方がない。
照れてしまうのは避けられないけれど、彼の真っ直ぐな愛情には、こちらも全力を出して応えなくてはいけないのだ。
(シャルルヴィル、お宅の弟さんの情緒教育ってどうなってるの?)
(よくわかんないけど、俺もしかして怒られてる……?)