アフターサマーバケーション

※ロドスト・アメリカ編後。

 

 

夏休み期間中、私は士官学校に残り、いたって平和に過ごしていた。
特に欲しいものがあったわけではないけど、街をぶらりと見て回ったり、トレーニングをしたり。

さて、大統領のご厚意でアメリカへ呼ばれた面々は楽しく過ごしているだろうかと、そんなことも考えた。
数日後、一行は無事に士官学校へ戻ってきた。何より喜ばしいことだ。しかし候補生と共に、貴銃士と思われる者がひとり増えて帰国したのは素直に驚いた。

 

『は、はじめまして、スプリングフィールドといいます』

 

緊張しているというかおどおどしているというか。
候補生に連れられて私に挨拶をしてくれた儚げな彼はそう言った。

 

 

会議室にて、私は机をグーで叩きながら盛大に笑っていた。
同席している恭遠は苦笑し、ラッセルは何も言えない表情で頭を押さえている。

 

「反応の予想はしていたが……、笑い事ではないんだよ中尉殿」
「いやいや……! ふ、はは! ここで私が笑わなかったらただの嫌な思い出になるでしょ……!?」
「はぁ……」

 

ため息をつくラッセルをよそに、私はなんとか笑いを落ち着かせるのに必死だった。

アメリカで過ごしていた彼らの話があまりにも凄まじかったからだ。
先に結論を言えば、アメリカ政府ひいては大統領の芝居にかかっていたらしい。

しかしだ。破壊されることが決定した貴銃士三名を救うために、その三挺の銃をアメリカ支部の部屋から盗み出し、一時的とはいえ逃亡生活。
その後に大統領の所へ乗り込み、破壊しないでくれと直談判。

その上、それらを実行するために恭遠お手製の爆発物によって扉を爆破しただの、ラッセルが囮になっただの、そんなことを聞いて笑わずにいられるか。

 

「あー……おもしろい……っ。すごいねぇ、そこまでやったの」

 

アメリカ政府を敵に回す覚悟で、恭遠とラッセルに作戦への協力を求めた候補生の胆力も拍手ものだ。
普通、直属の上司もとい教官にそこまで言えるだろうか。いや、性格上きっと私は言えるけど。

元より貴銃士たちとの関わりが深かった恭遠はともかく、ラッセルはもちろん反対したそうだ。候補生の上官として当然の判断だろう。

なにせ相手は一国の政府だ。
今回の件が、アメリカとイギリスが争う理由に充分なり得る。そうならなかったのは、あらかじめ大統領が芝居を打っていたから。
たったそれだけの偶然と温情に過ぎない。

 

「だから胃薬持っていったほうがいいかもしれないよって言ったのに。ラッセル、持って行かなかったでしょう」
「はは……。仮にも夏休みだから穏やかに過ごせると思っていた私が愚かだったよ……」

 

候補生君がいればジョージやマークスも大人しくしているだろうと思っていた、と語るラッセルの気持ちもまぁわかる。
個性の強い貴銃士たちのお守りは骨が折れる。

 

「まぁひとまず、処罰とかは何もなくてよかったね。本当に」
「ああ、今回はそれに尽きると私も思う」

 

今回の骨折りのダークホースは貴銃士ではなく、他でもない候補生だったというのだからそこも私が笑うポイントである。
改めて思ったが、優等生サマもなかなか肝が据わっていらっしゃる。

 

「若いから、優しさと行動力に溢れてるのはいいけど。……でもちょっと危ない気もするね」

 

頬杖をつきながらの私の発言に、ラッセルも恭遠も黙って頷いた。

あくまで形式的なものではあるがラッセルは候補生に、反省文を提出することと、一ヶ月間の外出禁止の罰を出したらしい。

アメリカ政府大統領の芝居だった。だから士官学校側にはなんのお咎めもない。むしろ感謝されるほどだ。
しかしそれを知らなかったから、最終的に恭遠もラッセルも候補生の提案に協力した。

とはいえ、そもそも今回の候補生が提案し実行したことは目に余ると私も思う。例え貴銃士たちのためだとしても。
もう一度言うが、芝居の中だったとはいえ一国の政府を相手にしたのだ。

シャルルヴィルが士官学校へ来るきっかけとなった、以前フランスでリリエンフェルト家と戦闘を起こしかけた件と同レベル、もしくはそれ以上にまずいことである。

マスターであり士官候補生とは言っても、あの人はまだ学生で、大きな権力など持たない。

すでに何人もの貴銃士を召銃し、絶対高貴にさえ導いているというのはたしかに映えある功績だ。
しかし仮にお偉方や権力者が『マスターであることなど関係ない』と、本気で権力に任せて候補生をどうこうしようとすれば、きっとそれはできてしまうのだ。

今までそれが起こっていないのは、権力者側の者たちが明確に敵に回ってはいないから。なんだかんだで事件は丸く収まっているから。
ほんの、それだけのこと。

いつか候補生が、本当の壁にぶつかって、自分では何もできない現実を知って、打ちのめされる時が来てしまうんだろうか。けれど、それならそれでいい経験になるだろうと私は思う。

心が高貴であるだけでは超えられない。優しいだけでは救えない。
そんな風に、現実は時に非情で残酷であることを、ここにいる私たちオトナは知っている。
世界を変えた革命戦争を通じて敗者となった私は、よく知っている。

 

「私も一緒にアメリカに行ってたらよかったかな?」
「ああ、たしか……に? ……いや、結果は同じな気がするな」
「俺もそう思います」

 

恭遠はラッセルに同意しつつ苦笑した。

 

「むしろマリーのことだから、候補生君の提案に一切反対しなかった可能性がある」
「……うん、自分でもそんな気がする」

 

恭遠の言葉に自分でも随分と納得がいった。
その場に私がいたとして、私はきっと候補生の提案に反対しなかった。

恭遠のように、私も七年前から貴銃士と少なからず縁がある。
貴銃士として目覚められる銃が破壊されると聞いて見過ごすのは、さすがに気分が悪い。

それに、私は元々組織や軍人としてのキャリアに頓着はしていない。
ラッセルのように胃を痛めることなく、あっさり候補生に手を貸していただろう。だとすれば私がアメリカにいたところで終着点は同じだ。

 

「私がいたら余計にラッセルの胃を痛めつけてたかもしれないから、いなくてよかったかな」
「……ん、うん、まぁ」

 

ラッセルは曖昧に笑うけれど、否定の言葉が出てこないことが少し悲しい。
しかし何はともあれ、今回もまた大きな事件に巻き込まれたものだ。

 

「ペンシルヴァニアとケンタッキーの二挺はあとから来校予定なんだよね?」
「ああ。明確な日程はまだ決まっていないが、私と恭遠審議官もそう聞いているよ。アメリカで公表されていなかったスプリングフィールドだけ、先行してこちらに来てもらった」
「じゃあまた、彼ら用の制服を発注しておかないといけないね。寮室の準備もいるし」
「たしかにそうだ。ペンシルヴァニアとケンタッキーの分は急ぎではないけど、早めに準備しておく必要はあるな……では俺が休暇中に、」
「ああ、いいよ恭遠。その辺のことは私がやっておくよ。ラッセルも恭遠も忙しいでしょ」
「いや、マリーもラッセル教官と同じように忙しいだろう?」
「アメリカですごい目に遭ってた二人ほどじゃないから、大丈夫だよ」

 

皮肉めいた冗談を言うと、ラッセルも恭遠もそれはそうかと笑っていた。