※2022年5月現在において、本編でもイベントでも一切描写されてない捏造率120%仕様の話。ただしロドストアメリカ編後。
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所在不明になっていたラブ・ワンが親世界帝派に回収されており、召銃もされている(闇落ち状態みたいな)ことを知ったライク・ツーが、身内を人質にされているようなものなので兄が無事でいることを選び、自分も親世界帝派につくことを決め士官学校側と対立する。そして親世界帝派のアジトのひとつに突っ込むマスターと貴銃士たち。
……という捏造のあらすじが前提で進む話です。
繰り返しますが2022年5月現在、公式では上記のようなことは一切描写されておりません。
『こちらマークス。マスター、狙撃準備は完了した。いつでも行ける』
「こちらナマエ。了解」
『こちらケンタッキー。俺もスタンバイオッケーっす』
「了解。ふたりとも手筈通りにお願い」
『了解した』
『了解っす』
無線を通して、離れた狙撃ポイントにいるマークスとケンタッキーとの通信を終えた。
作戦、開始だ。
「お前らならそういう作戦で来ると思ったよ。雑魚が」
身を潜めていた茂みの中、後ろから冷ややかな声がする。
とても聞き覚えがあって、探していた声だった。
「ライ、」
「動くなよ」
「……」
振り向こうとした後頭部に、にぶい音を立てて押し付けられた何かは、すぐに答えがわかる。
黙って、ゆっくり両手を挙げる。
「お前はラッセルに『俺が裏切った』って言わないだろうと思ったよ。お前のことだから、俺が拉致されたとか言って、救出作戦としてここに来たんだろ?」
冷ややかな声は、嘲るように笑いを含んだものに変わる。
「でもラッセルが、お前自身をアジトに突っ込ませるのを許すわけがない。アジトに乗り込むのは貴銃士たちだけ。マスターのお前は身を隠して状況を確認。貴銃士の数はこっちが多いから制圧できるはず。……そんなところだろ?」
レベルの低い作戦だな、とそこで言葉は途切れた。
他のみんなは無事だろうか。そう思うも、しかし私も今は自分が命の危険に晒されている。仮に誰か貴銃士が近くにいたとしても、私の身に降りかかっているこの状況はどうにかできるものではない。
読まれていた。完全に手を打たれていた。
「……さすが、ライク・ツー」
突然にいなくなってしまったライク・ツーを探しに来た。それだけだった。
『お前らといるより、親世界帝派のほうが俺にとってメリットが大きいってわかった。元々お前らと仲良しなつもりもなかったしな』
先日の作戦の戦闘後、突如そう言って彼は自ら親世界帝派へと付いていってしまった。本当に、突然のことだった。
「立て」
後頭部に押し付けられているものが、ぐり、と音を立てる。
言われた通り立ち上がる。
「お前のことは殺さなきゃならないけど、まだ一応、俺の体はお前の傷で成立してる状態だからな。俺が消えても『こっちの』マスターがすぐ再召銃できる場所で死んでもらう」
彼の言うとおりだ。私は死んでいないし、薔薇の傷が消えたわけでもない。だからライク・ツーは、便宜的にはまだ私というマスターの貴銃士ということになる。
この場で私を殺せばライク・ツー自身も肉体が消えてしまう。それを防ぐために、親世界帝派のマスターがいる場所で私を殺すのだろう。
相変わらず、とても合理的だ。やっぱり彼は間違いなく私が知るライク・ツーなのだ。
でも、私も、
「黙って殺されに来たわけじゃ……っ、ないんだよっ!」
「……っ!?」
私が後ろを振り返ると同時に、ライク・ツーは後方へ飛び退いた。その瞬間、発砲音が響き渡る。
私と正面から対峙することになったライク・ツーの左頬に、一筋の赤い線が滲む。
手に持ったハンドガンの銃口から、ゆっくりと硝煙が上る。
ライク・ツーは自身の本体を持っていないほうの左手で、頬から滲んだ赤い血を雑に拭うと口元に笑みを浮かべる。
「……へぇ、お前、そんなハンドガンでもここまで狙えるのか。そのあたりはさすがスナイパーってところか」
やはり気付いているか。私が敢えて、頬を掠める程度で済むように撃ったことを。
「でもいいのか? そこまで狙えるなら、俺の急所を撃てる唯一のチャンスだったんだぞ? 正面切っての戦いで俺に勝てないってことくらい、優等生サマならわかんだろ」
「……そうだね」
戦闘の訓練を受けているとはいえ、だからといって生身の戦闘で貴銃士に勝てるとは思えない。ましてや相手は座学、実技訓練共に成績トップクラスのライク・ツーだ。彼の頭脳が、単純な学問のみならず実戦の戦略性にも優れていることはもちろん知っている。
だからライク・ツーの言う通り、私は今この一瞬で、彼の胸か頭を撃ち抜くべきだった。それが最善だった。
「これだけのことしてるってのに俺に情でも湧いたか? そういうとこが甘いって言ってんだよ。状況と必要に応じて非情になれねぇ奴はろくな軍人にならない。裏切った俺に引き金を引けないお前は、こうして俺と対峙してる意味もないんだよ」
どこまでも彼は、いつものように正論を言う。
何も間違っていない。今の私は、ライク・ツーを撃てない私は優しいのではない。戦場において判断を誤り、状況に応じた対応ができていない愚か者なのだ。
でも愚か者の私にも、少し思うことはある。
「……ライク・ツーは、裏切ってなんかないよ」
「はぁ? この状況でなに寝ぼけたこと言ってんだよ」
「誰だって、家族は大事だよ」
私がそう言うと、ライク・ツーの表情は固まった。
「お前……」
「なんで知ってる、って? ……この前の作戦でいた親世界帝派の貴銃士が持ってた銃は、UL85A1だった。私も、伊達に現代銃に触れてないんだよ」
その作戦の時に、ライク・ツーは突然に私たちに決別を宣告した。交戦中にこそ何も言っていなかったけれど、その時彼は何を思っていたのか。
ライク・ツーには前身、つまり兄に当たる存在とも言える銃があるのはかつてライク・ツー本人から教わったから知っていた。
そしてライク・ツーが私たちから離れていってしまったあの後、私も知ったのだ。
親世界帝派にいたあのUL85A1は、七年前、世界帝軍の特別幹部であった個体であるということを。
UL85A2という銃にとって、UL85A1は前身だ。
しかしこのライク・ツーという貴銃士にとっては、あのUL85A1の貴銃士はただの前身というわけではない。かつて共に召銃されていた、特別な存在なのだ。
「ライク・ツーは、家族の無事を選んだだけでしょう?」
そして同時に、私があのUL85A1について知ることは、さらにその奥も知ることに繋がってしまう。
ライク・ツーが、本体を持つ手に力を込めたのが音で伝わる。
貴銃士ライク・ツーの奥底にあるものを、彼が明かしていなかったことを、私は自ら知ったのだ。
──目の前の彼は、世界帝軍特別幹部であったひとなのだと。
その彼が、なぜ今までおとなしく士官学校側にいたのかは私はわからない。ただ少なくとも、私が召銃した彼は、決して殺戮や諜報などを目的としていたわけではなかったというのはわかっていた。
「……、は……っ」
わずかに俯いたライク・ツーは、次に顔を上げた時には笑みを浮かべていた。
「ますますバカだろ、お前」
引きつったような、やるせないような。そんな、表情に見えた。
「俺が世界帝軍特別幹部だったって知ったんだろ? じゃあなんで撃たない? 世界帝軍が……、俺たちが七年前まで何やってたかなんて、ガキでも知ってんだろ!? お前の両親だって俺たちが殺してるんだぞ!? 俺は無関係じゃない! なのになんでお前はこんな所まで来てる!?」
ライク・ツーの表情はより引きつり、口元は歪んで、声は彼らしくなく荒んでいって。
それなのに、目だけはどこか泣きそうにも見えてしまうのは、私の勘違いなのだろうか。
ライク・ツー。貴銃士ライク・ツー。
元々彼は私の親友の銃だ。召銃こそ私がしたけれど、ヴィヴィアンから正式な譲渡を受けたわけではない。だから彼は、彼の本体はきっと未だヴィヴィアンの銃とも言えるのだろう。
でも例えそうだとしても、図々しかろうとも、私はあえて宣言してやるのだ。
私がなんでこんな所まで来ているかなんて、そんなこと。
「私の銃を、取り戻しに来た」
そんなこと。理由なんて簡単なものだった。私は私の銃を取り戻しに来たのだ。
彼が何を思って何を抱えて、そういうことも全て知って、それでもなお私は取り戻さなければならないと思ったのだ。
誰に強制されたわけでもない。私の意志で、私が決めたこと。
ライク・ツーは絶句したように目を見開く。
「……、知っ、た、風なこと言ってんじゃねぇよ!」
口を引き結ぶと、右手に持った本体を勢いよく私に向けた。
「俺が今お前になにしてるかわかってんだろ!? 俺が撃てばお前は死ぬ! お前は俺に勝てない! そんな状況でまだ綺麗事言えんのかよ!?」
「でも私は、」
「戻れるわけないだろ!」
言葉を遮る彼の声は、あまりにも痛々しい響きだった。
「俺は……! 僕、は、もう……戻れないんだよ! お前を……っ、裏切った僕なんかは!」
ああきっと、この痛々しくて悲しい叫びが、彼の心の底からの本心なのだ。
きっと彼にとっても苦渋の選択であったのだと、そう確信が持てるだけの彼の痛みが、目から耳から伝わって来る。
そんな表情もできたんだね。今まで、全然見たことなかったよ。……いや、私が彼に、それをさせてあげられなかっただけなのかもしれないけれど。
構えていたハンドガンを下げる。彼に銃口を向けるなんてことは、もうおしまいだ。
大切なひとに銃を向けて引き金を引き、わずかであっても狙って傷を与えた私は、最低だ。
けれどどれだけ拒否をされようと、どれだけ銃口を向けられようと、どれだけ正論を言われようとも。
「戻って来れるよ」
ハンドガンを地面へと落とした。ライク・ツーとの距離を縮めていく。
世界帝軍であった君が、私に召銃されたあのとき連合軍の所属になったように、居場所は何度だって変えられる。
縮まった距離が、向けられていた銃口を私の胸の真ん中にぶつける。
今この瞬間にライク・ツーが引き金を引けば、私は死んでしまう。しかしライク・ツーはそれをしなかった。
ゆっくり、向けられていた銃口を横に退けるも、抵抗はなかった。
私より背の高い、けれども俯いた彼の頬に手を添える。綺麗な二色の瞳を見据えた。
「私は、君に戻ってきて欲しい」
君のお兄さんを命をかけて必ず助けてみせるから。おこがましいかもしれないけれど、私が君の居場所であり続けるから。
だからもう一度、
「──戻ってきて、ライク・ツー」
刹那、堰が切れた。
二色の瞳は透明と溶けて流れ出し、悲しくて苦しくてやるせない。全ての感情は叫びとなって私に降りかかってくる。
膝から崩れ落ちる彼の体に腕を回す。支えながら、私も地面へ膝を着けた。
つらかったね、苦しかったね。そんなことは間違っても言えない。今の彼が、そんな言葉ごときで救われるものか。
叫びはやがて、ひくついた息づかいに変わる。彼の片手が、私の肩を力強く掴む。
「……っ、め……ん。……ごめん……っ」
涙混じりの絞り出すような言葉に、黙って彼の頭を抱きしめた。
どのくらいの時間が経ったのか。もしかしたら一分も経っていないかもしれない。
体を離し、彼の左頬に手を当てる。私が傷つけてしまった。
「私も……ごめんね。痛かったでしょう……」
わずかな光が発生したなら、もうライク・ツーの頬に傷はない。私の言葉に、ライク・ツーは静かに首を横に振った。
私は立ち上がりハンドガンを拾う。彼の兄を、家族を救いに行かなくてはならない。他のみんなも戦っている。
「私、行くよ」
果たしてこの先を私一人で行くことになるかどうか。それを選ぶ権利は彼にある。
ライク・ツーに薔薇の傷がある右手を差し出すも、彼は目を伏せる。
「……俺が戻れば、お前の立場が悪くなるぞ。俺の正体明かすなら、マークスが黙ってないし、ラッセルだってはいそうですかなんて簡単に言うわけない」
ああそうか、彼としては自分が戻ることによる懸念事項が増えているのだ。私はあまり気にしていなかったけれど。
「平気、大丈夫だよ」
あっさりと言った私にライク・ツーは、驚きで顔を上げた。
「ライク・ツー、私が夏休み中にアメリカで何やったか詳しく聞いてない?」
てっきりジョージとかから聞いて知っていると思っていた。
あの時のことに比べれば、いや、比べなくたって私は彼の居場所を作るためなら怖くなんかないのだ。
「私、一国の大統領に啖呵切ったんだよ。マークスに止められたり、ラッセル教官に怒られるくらい、何も怖くない」
ライク・ツーの正体が明らかになったことによって私の立場も悪くなるというのなら、そんな組織も肩書きも、言葉は悪いがくそくらえだ。
「もしそうなったらさ、その時は士官学校なんか出てふたりでどこかに行っちゃおう」
今の私は、そうすることになんのためらいも迷いもなかった。
そんな形でしか君を守れない。でも何があったって、誰に何を言われたって、私は君の味方でありたい。
「貴銃士ライク・ツー。私と一緒に来て欲しい」
彼を独りにしないという私の覚悟よ、どうか伝われ。
「……はっ」
ライク・ツーは口元に笑みを浮かべた。呆れたような、ちょっとバカにしたような、これまでも見たことがある表情だった。
彼は顔を上げて私を見る。彼の体が動き出す。
「……上等!」
ライク・ツーの左手が、私の右手に重なった。同時に私も彼も走り出す。
彼が手を取ってくれたなら、もうきっと大丈夫。私はどこまででも戦える。打ち克っていける。そう思う。
彼ひとりだけが苦しむなんてことは、この先もう二度と、私がさせやしないのだ。
*
今の自分のマスターは、とんでもなくバカだとライク・ツーは思っている。
学業の成績的な意味ではなく、思考回路や行動面の意味で。
許されないことをした。
負け犬にはならない。そう誓ったはずなのに、今一度許されない裏切りをおこなったのだ。
自分の都合を最優先し、マスターと他の貴銃士を、連合軍側を裏切った。それでもいいと思った。
元々自分は、召銃された瞬間から、自分の目的のために動いていた。悪い言い方をするなら、そのためにマスターを利用していた。
自分の肉体が消えないためにマスターに死なれては困る。それだけのこと。マスターだろうが他の貴銃士だろうが、必要のない関わりは意図的に断ち切った。
自分の内側には入れなかった。自分の底にあるものは何も明かさなかった。そうしていたつもりだった。
それなのに。なんでお前はこんな所まで来る。俺の正体を知ったくせに、なんでここまでする。
自分の内側になんて入れようとしなかった。しかし彼女は、ライク・ツーの正体を知ってなお、自らライク・ツーの内側をこじ開けて入ってきた。
バカな奴だと思う。誰かのために体を張って、心を痛めて、命をかけて。──俺の銃口を胸の真ん中にぶつけて。
ここでライク・ツーが少しでも指に力を入れれば彼女は即死だ。一思いにそうしてしまえれば早かったのかもしれない。それでも、できるわけなどなかった。
彼女から差し出された右手は、ひどく眩しく見えて、美しかった。
自分にその手を取る資格はない。この期に及んでそう思う。懸念事項だって増えた。しかし彼女は、ライク・ツーの懸念事項を心の底から一蹴した。
「平気、大丈夫だよ」
なんの権力も持たないくせに、その一言で済ませてしまう。
自分が決めたらそれを曲げない、諦めないところを見れば、やっぱりこいつはクソ頑固だと改めてライク・ツーは思う。そこまで言われて腹が決まらないのはこちらのほうが情けない。
許してくれなどとは言えない。自分はまた間違えた。二度と繰り返さないと決意していたはずなのに。失いたくないがために、自分は間違った。
しかしながら間違えた結果として、この状況において自分は何を失ったのだろう? 疑問が頭を過る。
兄はいる。破壊されてもいない。
他の貴銃士たちが戦っている。『ライク・ツーの救出』の名のもとに。
マスターの彼女がここにいる。生きている。多くを理解した上で、それでもなお『取り戻しに来た』と。
自分は何を失ったのだろう。失いたくなかったものは、今すべて手の届く範囲にあることに気が付いた。
差し出された彼女の右手を見据える。
頼るな、甘えるな、一人で立て。自戒の言葉が逡巡する。だがそんなためらいも、もはやわずかなものだった。
「貴銃士ライク・ツー。私と一緒に来て欲しい」
その言葉でもう決まった。
一人で立つこともできた。彼女の手を振り払うことだってできた。それをしなかった。しかしだからといってこの衝動は、頼るのでも甘えでもない。
彼女の手を取った。立ち上がって一緒に戦場へ走り出した。
これは彼女への答えで、覚悟だった。
受け入れてくれて、ありがとう。
お前がそんな奴だから、──もう一度、僕は立ち上がれる。