めんどくさい彼と彼女

ニコイチだと戦闘でつらくね?

不意にそう訊ねたことに理由はなかった。ただなんとなく。
自分ら貴銃士との出撃がある一人の女の兵と、エフは共に出撃することがわりと多い。仲も悪いようには見えない。
だからこそ、戦闘のときにそちらへ意識が向いたりしないのかと。

89の問いにエフは首を傾げた。

 

「89ちゃんったらなに言ってるの? アレは、アタシの弱点にはならないわ」

 

戦闘で死ぬならそれまでの兵だったってだけじゃない。なんでアタシがつらくなるのよ。

続いた言葉には妙に納得した。
それもそうか。調教だのなんだのと変態的な理由で部下を構ってはいるようだが、かといって部下や仲間の死を悼んだりはしないか。

エフの場合、アインスに何かあったらさすがに大騒ぎしそうだが。

 

「けっこう似た者同士だよな、お前ら」

 

実は先ほど89は、彼女──マリーのほうにも似たような質問を投げかけたのだ。

──私はエフの弱点じゃないし、エフも私の弱点じゃないよ。

その答えがこれだ。必要があれば互いに容赦なく見捨てる。そう言っているように聞こえた。
彼女は部下や仲間を邪険に扱うことはないが、ああ、この女はたしかに軍人なのだと改めて思った。

戦闘を恐れることなどなく、引き金を引くことにも躊躇いはない。
世界帝軍に所属していれば、そんなことはごく当たり前でもあるだろう。
彼女のように尉官を務めるに至っている者であればなおさらだ。

似た者同士というワードにエフは眉をひそめたが、いたずらに銃を撫でる。

 

「ま、どうせ、アレはすぐにはくたばらないわよ」
「へえ? なんでまた」
「アタシたちと違って、自分はすぐに死ぬってわかってるわ。戦略的に撤退を選べるだけの頭もあるみたいだし。それに、」

 

精々死なないように気をつけろ、とは言ってあるわ。
エフの発言に、89は少々引っ掛かりを感じてしまう。

 

「なんだよ、さっきと言ってることちげぇぞ」

 

容赦なく見捨てるのではないのか?
死んだとしても何も思わないのではないのか?
こちらを見るエフはよくわからないというように首をかしげる。

 

「何か違った? 別にアタシは、」

 

そこで、少し口に出すのを躊躇ったように見えた。
口元に手を当てたが、エフはどこか遠くを見ながら改めて口を開く。

 

「あの子は……マリーは愚図だけど、死ねとは思ってないわよ。アタシと出撃してる時に死なれたら、何かとうるさく言われるもの。そんな面倒ごめんだわ」

 

やぁよねー、とついたため息がわざとらしかったのはよくわかった。
本音を隠すごまかしなのは見て取れた。本音が何を思っているのかは知らない。

……めんどくせぇな、こいつら。89は首の後ろを掻く。
なにが「あの子」だ。呼び方は、ずいぶんと距離が近いことで。

それでいてこの物言いは、下手をしなくても惚気に聞こえるのは気のせいなのか、違うのか。
現状エフと、この場にはいない彼女がどういう名前の関係なのかは知らない。
お付き合い、というようなことをしている様子はない。

 

「ま、お前も精々がんばれよ」

 

戦闘でもそっちのほうでも。とは言えなかったが、形だけでも応援くらいはしてやろう。
頑張るって何をよ、と訝しげにこちらを見るエフには「別にぃ」と言ってごまかした。

というより、そんだけ言っておいて『ニコイチ』ってとこは否定しないのかよ。
思わず内心で突っ込んだ。意味を知らないのか、否定を忘れているのか、それとも否定するつもりがないのか。
まぁいいや、と89は思考を投げた。

どのみちこれは『リア銃乙』もしくは『爆発しろ』という表現が合うものであろうと思えた。
いや待てよ、そもそもこいつはノンケなのか?

アインスやミカエルに対する語りやスキンシップの数々は89も知っているので、いまいちわからない。
女に興味がある様子は今まで見たことがなかったが、かといってそれは興味がないということの断定理由にはできない。

……それこそ関係ないか。
自分が考えてもどうしようもないことだと、89は今度こそ話題を切り替えていった。