できることが誇りとなれ

※マスターではない夢主。

 

『治療はいらねぇって言ってるだろ』

 

基地へ帰ってきたケンタッキーさんは、深手ではないが怪我をしていた。それなら手当てをしなくてはと思ったけれど、取り付く島もなく断られてしまった。

残念ながら、彼の敬愛するマスターである先輩は別の作戦に同行していて不在だ。
貴銃士とはいえ怪我を放置していいはずがない。しかしケンタッキーさんは治療はいらないの一点張りだ。先輩の前ではとても従順で明るいひとだけれど、それは先輩に限定された対応のようだ。猫をかぶっているというわけではないのだろうけど。

彼が怪我を負ったままということを知れば先輩だって心配するはずだ。
いや、そもそも先輩が言ったなら、きっとケンタッキーさんはおとなしく手当てを受けてくれるんだろう。そう考えて、それならばとついに私は最終手段を使うことにした。

 

「だめです。怪我した貴銃士がいたら手当てをしろって〝先輩から〟言われてます」

 

威力は絶大かな最終手段。そのワードが出た途端に、ケンタッキーさんは勢いよくこちらを振り向いたのだった。

椅子に腰かけるケンタッキーさんはとても不機嫌そうだった。
『先輩が言っていた』という魔法の言葉を使い、着替えた彼をなんとか衛生室へと連れてきた。
しかし視線は鋭いままだし、まるで警戒を解く気配がない。そんな視線に気づきつつも、彼の心情はわからない能天気を装い消毒液とガーゼを手に取る。

 

「失礼しますね。あと、たぶんというか、絶対染みますので」

 

左腕には小さくはない切り傷があった。
戦闘中に地面に擦れたらしく、石か何かで切れてしまったのだろう。ケンタッキーさんの左手首に手を添えて、傷にガーゼを当てる。

 

「って……!」

 

貴銃士といえどさすがに応えるか。
私から顔を背け、ケンタッキーさんは膝の上で拳を握る。表情は見えないけれど、自分もぐっと胸が苦しくなる。痛みに苦しむ様子を見るのは、いつまで経っても慣れるものではない。
手早く消毒を終えた。おそらく縫合は必要ない。
どのみち、先輩が戻ってきたならこの傷はすぐになくなるだろうし、そうでなくても貴銃士の皆さんの傷の回復は普通の人間よりも早い。
だからケンタッキーさんの言うとおり、本当は、私の手当てなどきっと彼には必要ない。それでも、

 

「……なんでそんなに手当て手当てってうるせえんだ、あんた」
「え?」
「ああ、別に答えなくていい。興味あるワケじゃねえから」

 

不意にケンタッキーさんから投げかけられた質問に、すぐに答えられなかった。まさか彼のほうから話題を振られるとは思っていなかったので、驚いた。

ケンタッキーさんはめんどくさそうに、答えなくていいと手を振る。それにつられて黙ってしまったけど、少し考えて口を開いた。
答えなくていいと、興味はないと言われた。それならきっとケンタッキーさんは私の独り言など聞いちゃいないだろうから、言葉に出すだけタダだろう。

 

「……正直、自分にできることなんて大したことないんです。医療知識はありますけど元々ただの民間人だし」

 

傷に清潔なガーゼを当てて、テープで貼り付ける。

 

「女だから、作戦から外されることも多いです。そりゃ男性に比べたら力は負けるので理解はしてますけど、足手まといだって暗に言われてるみたいでけっこう情けないです。力仕事もさほどできません。自分が男だったらよかったんですけど」

 

ガーゼの上から包帯を巻いていく。少しだけ、動きがゆっくりになる。

 

「一応、衛生兵の端くれですけど、先輩みたいな形で皆さんの治療はできませんし」

 

こうして、人と同じような手当てをすることしかできない。
先輩は貴銃士に限り、こんな傷一瞬で治せてしまう。とても不思議な力だ。

 

「できることはやろうって思いますけど、ほんとは自分にできることなんて何もないんじゃないかって思ったりします。考えないようにはしてますけど」

 

劣等感ってやつですね、と苦笑して口を閉じた。
巻き終えた包帯をハサミで切って端を結び、ケンタッキーさんの腕からそっと手を離した。
独り言も手当ても終わりだ。ケンタッキーさんは明後日のほうを向いていた顔を自分の腕へと向ける。

 

「終わりました。痛むと思いますが、先輩が戻られるまでの辛抱ですので」
「……よくしゃべる口だな、ほんと。あと、……んな顔してんじゃねえよっ」

 

椅子から立ち上がったケンタッキーさんはさっさと出ていくかと思っていた。しかし、不機嫌そうな顔をしたまま私の頬を引っ張ってきたのだ。驚いて思わず声が上がる。

 

「あんたのことに興味はねーけどなぁ、何もできないとか誇りもないこと言ってんじゃねぇぞ」

 

眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐにこちらを見てくる。さっきまでのように逸らされることもない。
でも不機嫌を通り越して怒っているように見えた。どうして。

 

「メディックなら、たった今、怪我人の治療したこと誇りに思ってればいいだろうが」

 

その言葉はがつんと重く響いた。
今ケンタッキーさんを治療したことを、怪我人の手当てが正しくできたことをメディックとして誇りに思え、と。自分にもできることがあるのだと。

 

「っ、ひゃい……」

 

おかしな返事になってしまったけど、力強い言葉に肯定するしかできない。
頷いた私の頬から手を離すと、ケンタッキーさんはいよいよ扉へ向かっていった。背を向けたままだったけど、ケンタッキーさんは少しだけこちらを振り向く。

 

「あんたの手当て、言う程悪くないと思うけどな」

 

そう言って、手当てした左腕を上げてひらりと手を振ってくれる。
私は怒られたのか、励まされたのか。誉められたのか。そんなのきっと全部だ。

 

「ああ、そうだ。手当てしてくれた礼に、コーヒーくらい淹れてやってもいいぜ。飲みたかったら食堂に来いよ」

 

じゃあな、と告げて扉を開けたケンタッキーさんは少しだけ笑っていたような気がした。