『マスター、俺とデートしない?』
なんちゃって、と続けて冗談めかしたこともあった。しかし本気で誘いをかけたことも、もはや両の手では足りないくらいあった。
『あー、ごめんね。ちょっと行けないかな』
しかし冗談交じりでもそうでなくても、彼女からの答えはいつも苦笑とお断りの返答だった。先の予定があるとか、仕事でやることがあるからとか、少し疲れているからとか。
どれもこれもリアルな断り方過ぎて、シャルルヴィルが強く押すことなど到底できない。だからいつも、じゃあまた今度誘うねと言うしかできなかった。けれども、
「ねえねえマスター、オレ、これから街に買い物行くんだけどマスターもどう?」
「ほんと? いいよ。私もちょうど街に用事あったんだ」
「イエーイ、やった! どこ行くどこ行く?」
「マルガリータ、行く場所決めてたんじゃないの?」
行きながら考えるよー! とテンションが高めの声に苦笑しながらも、彼女はマルガリータと連れ立って基地を出ていった。
図らずも陰からその場面に遭遇してしまったシャルルヴィルはぽかんと口を開けていた。
え、なに今の……。めちゃくちゃあっさりオッケーしてたね?
マルガリータのいつも通りのテンションと、マスターのあっさりとした了承に開いた口が塞がらない。
彼女はなんてことないように普通に了承していた。シャルルヴィルが誘ったときのように困ったように笑ったり、ごめんねという謝罪もない。気持ちいいほどに快い承諾だった。
いや待てよ、もしかしたらマルガリータだからこそできた芸当だったのかもしれない。そう思って、彼と彼女の背中を見送ってからその場を後にした。
あ? マスターと? そりゃ行ったことあるけど、なんだよ急に。
マスターとお出かけ? うん、あるよ。カフェに行ったりとか。
はぁ? あるに決まってんだろ。むしろ貴銃士でマスターと出かけたことない奴いんの?
きっとマスターはマルガリータのテンションにつられて了承したのだろう。そう考えて、ひとまず身内からリサーチをかけてみたところの結果は惨敗だった。
ブラウン・ベス、スプリングフィールド、ケンタッキーは全員がマスターと出かけた経験があった。そこまでであればぎりぎり予想の範囲ではあったが、最後のケンタッキーの言葉に止めを刺される。項垂れる中で、さすがスナイパーと称賛すらした。
マスターと出かけたことない奴、いるんだよ、ここに……。
ここまで来るともはや、今まで聞いたお断りの理由などすべて後付けに思えた。
「ねえ、マスター。俺が誘ってたの、迷惑だった?」
面と向かった彼女はきょとんとしていて、対照的にこちらは苦笑するしかない。
訊ねにくいことではあったが、訊かなくては納得ができなかった。他の者が妬ましいというよりも、ただ理由が知りたかった。
誘いを断る理由ではなく、シャルルヴィルと出かけられない理由を。
他の貴銃士たちはよくて自分という特定の者がだめというのなら、なぜなのか。それが知りたかった。知ったところでどうしようもないかもしれない。その時はもう、彼女とのデートはもちろん、デートどころかこの感情も諦めるしかないかもしれないけれど。
俺の感情は、迷惑だったのかな。だとしたらいっそそう言われたほうがいいかも。それでもこれからもマスターを守っていきたいけど、と考えているうちに、ふと気が付いた。マスターは悲しそうに眉を下げ、勢いよく首を横に振った。
「ちが……、ごめんシャルル、シャルルが嫌だとか、そういうつもりじゃなくて……!」
「へ?」
違うの、ごめんね、と手をわたわたさせている彼女はとても必死そうで、シャルルヴィルが予想していた反応とはまるで違っていた。
「あの、マスター……? 俺が嫌で一緒に出掛けたくなかったとか、そうじゃないの?」
「そうじゃないの! 違うんだよ!」
「えーと……、じゃあ、なんで今までずっとお断りだったか訊いてもいい?」
それならと質問を投げかけると、途端に彼女は言葉を詰まらせた。
ああ、やっぱり言いにくい理由があるのかな。シャルルヴィル自身が嫌われているわけではないらしいので、そこだけは少し安心できたがまだ油断はできない。
すると目を泳がせる彼女の顔が徐々に赤くなっている気がした。服の裾をぎゅっと握りしめるともごもごと口を開く。
「……だって、シャルルとのデートに着ていけるようなかわいい服なんて、持ってないから。化粧品とかも、何もないし……」
つい、呆気にとられた。
今日のマルガリータとのお出かけといい、他の者とはいつもの格好で出かけていただろう。しかしシャルルヴィルとはそれができないという。
あれ、それって……。辿り着いた考えに一気に顔が熱くなっていくのがわかる。同時に口元が上がってしまう。なんだ、そういうことだったんだ。
服の裾を握る彼女の手を解いて包み込むと、赤い顔をした彼女と目が合い自然と微笑んだ。
「じゃあさ、俺と一緒に、マスターに似合う服探しに行こうよ。だからマスター、」
明日は、俺とデートしない?
*
デートの誘いを断られたことは以前に何度もあった。
それはそもそも、シャルルヴィル自身が冗談交じりで言っていたのが一因でもあった。
なーんちゃって、などと言っている暇があったら、黙って真剣に彼女をデートに誘っていればよかったと今なら思う。しかしながら、彼女にも然るべき理由があってのお断りだったのだから仕方がない。今思えばなんとも愛らしい理由である。
『……だって、シャルルとのデートに着ていけるようなかわいい服なんて、持ってないから。化粧品とかも、何もないし……』
彼女からデートを断られる理由が判明した時の、彼女の弁である。
他の者と出かけるときには特に気にしていないのに、シャルルヴィルに対してだけこうした部分を気にしていた。だからデートも断られた。
自分に対してだけ。これがわかった時の感情と言ったら、表現のしようがない。ただただ自惚れたし、喜びでしかなかった。その時のことは、とてもよく覚えている。
「マスター、俺とデートしない?」
今日も今日とて、以前と変わることなく基地で彼女に声をかけた。
ただおしゃべりするだけの基地内デートでもいいし、街に出かけるならプランは事前に考えている。どちらの場合でも準備はしている。
ただ当然、彼女の都合もあるので断られたときの想定もしている。ドライゼ並みの準備をしたと我ながら自負していた。
声をかけた後の彼女は、一瞬何度か目を瞬く。
こうした誘いは初めてではないはずなのに、デートの誘いにはどのようなリアクションを取るのが正解なのか未だにわからない、そんな風に見えた。
こうした初なところもシャルルヴィルの内をくすぐる。しかしながら雰囲気から、ああ今回はだめっぽそうかな、と感じた。断られてもショックが少なくなったのは以前からの成長だ。
なーんちゃって、無理強いはしないよ、といつものように空気を軽くしようとしたところで不意に彼女は微笑んだ。
「私でよかったら、喜んで」
こちらを見上げてくる顔はほんのり赤いような気がする。それでも彼女は嬉しそうに笑ってくれている。
予想と違いすんなりとした了承に、今度はシャルルヴィルのほうがまばたきを繰り返す。驚いたと同時に、安心と喜びに満たされた。
『〝デート〟って、恋人同士じゃないのに気軽にやるものじゃないような感じに思ってて』
かつて、そんな内容の彼女の恋愛観を聞いたこともあった。それなのに今はどうだ。つまり、シャルルヴィルは彼女がデートを了承してくれるだけの関係になれたということだ。今は恋人同士なのだから、当たり前と言えばそうかもしれないが。
「メルシー、マスター。今日も俺、君のこと好きだよ」
彼女の目に、今の自分はどう映っているのか。我ながらとろけた表情をしている自覚はある。彼女は「そ、そういうのは恥ずかしいからちょっと……!」などと言って慌てている。
慌てる彼女にお構いなしに距離を縮めて、そっと頬に唇を当てる。すると顔はみるみる赤くなっていき、両手で顔を覆ってしまった。
「腰抜けて……デート行けなくなるよ……」
「ああ、ごめんごめん。でもマスターの腰が抜けても、それなら基地内デートプランにするから大丈夫だよ」
マスターが腰抜かしちゃう前に、お出かけデートしてこよう?
そう言って、顔を覆う彼女の手を取ってみればもはや流れは完璧だった。彼女は空いた手で顔を仰ぎつつ、シャルルヴィルの手を握り返して頷いてくれるのだった。