引き金を引く。
弾が連射されるが、相手も馬鹿ではない。物陰に隠れてかわしていく。
弾がなくなった。
太腿に装着しているベルトに手を伸ばし、弾倉を一瞬で取り替える。相手からの発砲を廃墟の壁に隠れてやり過ごす。
周囲を見れば、引き連れていた隊の一般兵があちこちに倒れている。
全員が死んではいないだろう。よく見れば、呼吸しているとわかる者もいる。怪我を負ったときには無暗に動くなと命じている。
もしできるなら、最低限の止血と痛み止めを投与しろという命令に反することは許さない。
生きているなら、この交戦が終わり次第回収しなくては。まぁ、私も無事にここを撤退できればの話だけど。
「さて……、どうしようかな」
レジスタンスにはまともな武器は少ないようだが、それ以上に厄介なのが『貴銃士』という者たちだ。
世界帝軍にも、現代銃より召銃した者が複数在籍しているが、生憎と今回の私の出撃には誰も同行していない。
レジスタンスに動きがあるという事前情報は他にも複数あった。
重要度の高そうなほうに優先して貴銃士が回された結果が今だ。やはり、重要度が低そうであったとしても舐めてかかるのはよくないな、と考える。
今後は胆に銘じておこう。
古銃の貴銃士、及びマスターは生け捕りにしろと指示されているので、少しでもそれを実行に移したいがなかなか難しい。
銃の性能はこちらが上だが、古銃の貴銃士は何やら特殊な能力を使っている。
体に光をまとい、通常では不可能な速度の連射と動き。
その上、光の銃が空中に浮かびこちらの兵を一掃した。
あれはなんだ。さすがに超常的な力を使われると、普通の人間ではどうにもできない。
「……最低でもふたり、か」
戦闘中で確認できた、貴銃士らしき者はふたりいた。
援軍が後方に控えている様子はない。それ以外はおそらく貴銃士ではない人間だ。
貴銃士は最低ふたり、多くて三人。それ以上は私も無理だ。
いや、現状もそれなりか。部下のほとんどは倒れているので、味方との連携もできない。
無線で他部隊に現状は伝えたが、すぐに来れる距離でもない。来てもらえるとも限らない。
所持している武器を確認する。
愛銃のサブマシンガン、二丁のオートマ式拳銃。しかし拳銃でここは乗り切れない。
太腿のベルトに目をやり、思わず舌打ちした。サブマシンガンの弾倉はすでに替えがない。今、装填されているので最後だ。無駄撃ちはできない。
「……」
少し考えてから、無線を入れて小声を発した。
息を吐いて銃を持ち直し、物陰から飛び出した。
こちらに向かってきていたらしい、貴銃士と思われるふたりと鉢合わせた。
赤いコートと、白いコートの男。
ふたりは私を見るなり銃を構える。それを見て、私はすぐさま両手を挙げた。
愛銃を地面に放り投げ、ついでにこれもと拳銃二丁も投げる。これ以上は持ってない。そう示すように、ひらひらと手を振って見せる。
攻撃の意思はないと示したのがわからないほど、向こうも馬鹿ではないようでありがたい。
ふたりの男は訝し気に眉をひそめたが、警戒を解かずにこちらに近づいてくる。
「……おまえ、そっち側の貴銃士か?」
何も答えず、リアクションはとらない。ただ黙って両手を上げておく。
どうやら向こうも、こちら側に何人貴銃士がいるかというのは把握していないらしい。
赤いコートの男が銃を構えたまま私に近づく横で、白いコートの金髪の男は私の投げた銃を拾い上げる。まだ。
「抵抗しないなら、俺たちと来てもらうよ」
さすがのレジスタンスも無抵抗の者は殺さないか。おそらくは情けというより情報を吐かせるために生かしておくのだろうけど。
赤いコートのほうが「おい」と声をかけると、金髪の男は私の銃を持って銃口をこちらに向ける。
赤いコートが古銃を下ろし、慎重にこちらに近づく。──まだ。
上に挙げたままだった私の手首に、白い手袋をつけた手が触れる。
ガスマスクのおかげで相手には見えないだろうが、つい口元を上げた。
「Merci bien.」
「が……っ!?」
小さく呟くと同時に男の手首を掴み、脚を振り上げて鳩尾に一発を決め込んだ。
痛みで上半身を折った男の首裏に、続けて肘を打ち込んでやる。赤いコートの男は、これで地面と仲良しだ。
「ベスくん!?」
倒れたほうをベスくんと呼んだ白いコートの男へ向かって走る。
男は咄嗟に、手に持っていた私の銃の引き金を引いた。しかし弾は発射されない。当然だ、弾倉は抜いてあるのだから。
「うわっ!?」
銃を持っている男の腕を脇で挟むように抑え込み、そのまま男の腕と襟元を掴む。男に背を向けるように勢いをつけて引っ張り上げた。……こいつ、軽い。
宙を舞い、派手な音と共に背中から地面に落ちた白いコートの男は、小さく呻いたまま動かない。
男の手から落ちた私の愛銃をすばやく拾って、抜いていた弾倉を装填する。
ふたりに銃を向けながら後退する。
すぐには動けない様子であることを確認し、回収した拳銃を空へ向けて引き金を引く。三発撃ったところで声を上げた。
「撤退する!」
倒れていた兵がちらほらと起き上がり、負傷部分を抑えながら輸送車両へ向かって走り出す。
これより撤退のための陽動を行う。合図は拳銃音三発。
合図後、動ける者は車両へ走れ。また、可能なら他の者に手を貸すこと。この通達終了後、五秒後に陽動を開始する。
先んじて無線で通達していた。
合図を行った今、ある者は自力で、ある者は仲間に支えられながら車両へ向かっていく。
私は地面に倒れた貴銃士ふたりから目を離さずにいた。
このまま、ひとりくらい捕縛できるか? 白い服のほうを……いや、こちらは多くが負傷している兵だ。いくら先ほど投げた男が軽かったとはいえ、男ひとりを私だけで運ぶのは難しい。今は撤退が優先されるべきだ。
「コラール中尉!」
生きている者は可能な限り乗った。そう折りたたまれた意味の呼びかけを受ける。
撤退が悔しくないわけではないけど、今回は状況として仕方がないことだ。むしろ陽動にかかってくれた彼らに感謝くらいするべきか。そう思ったら口元に笑みすら浮かぶ。
「Mousquets, Bon week─end.」
貴銃士らに向けて言葉を発し、私は走って車両へ飛び込んだ。
それと同時に車両は勢いよく走り出し、交戦場所は遠ざかっていった。
*
「……っ、いってぇ……!」
きしむ背中と腰を押さえながらシャルルヴィルはなんとか起き上がった。
「ベスくん、無事……?」
「……ああ、まぁ、な」
地面に伏していたブラウン・ベスに声をかけると、痛みを堪えながらの声で返事があった。
肘を食らった首裏を押さえながらブラウン・ベスは仰向けになった。
「まんまと、引っかけてくれたな、あの女……」
下唇を噛みながら言うブラウン・ベスに、シャルルヴィルは驚いて彼を見やった。
「え、嘘……女性だった?」
「……たぶんな。近づいて初めてわかった。手首と、体格の線の細さからして、男じゃない」
鳩尾に蹴りをもらう直前に触れた手首の感覚、それを思い出すようにブラウン・ベスは自分の右手を見た。
男にしては少々細身だと思ったが、仲間の貴銃士にもそういった者はいるためそれだけで判断するのは早計だった。
『Merci bien.』
『撤退する!』
『Mousquets, Bon week─end.』
しかし、聞いた声と合わせればおそらくあれは若い女だった。
だが結果として撤退されこちらはこの有り様なのだから、もはや相手の性別などわかったところで何の関係もない。
「マジ……? じゃあ俺、女の子に投げ飛ばされたの……?
「……そうなるな」
「うわ……、しんど~……」
節制により、身長のわりに体重が軽いのは自覚があった。
それでいて急な反撃であり相手も訓練された兵であったとはいえ、それにしてもである。
ああも簡単に投げ飛ばされるとは。しかも女性に。体の痛みよりもメンタルのショックのほうがシャルルヴィルには痛かった。
痛みに顔を歪めながらブラウン・ベスが起き上がった。
「そうだ……。あいつ、何て言ってたんだ?」
「え?」
「フランス語だろ、あれ」
言われて、ああ、とシャルルヴィルは思い出したように頷く。
確かに、相手が途中で発した言葉はフランス語だった。しかしその意味を伝えようとして「はは……」とシャルルヴィルからは渇いた笑いが漏れる。
ブラウン・ベスから訝し気な視線を向けられ、思わず頬を掻く。
「えーっと……、ベスくんが攻撃される前に『どうも』って軽いお礼言ってたよ」
「……。……最後のは」
陽動に引っかかってくれてありがとう。
つまりそう言う意味か。奥歯を噛みしめてシャルルヴィルに先を促す。
すると今度こそシャルルヴィルは苦笑しながら「えーっとねー……」などと視線を逸らしている。
「……──、って」
なぜか自分が悪いことを言ったような空気になり、シャルルヴィルはごまかすように笑った。
しかし予想の通りブラウン・ベスの表情はみるみる不機嫌なものに変わり「くそっ!」と英国紳士に似合わない暴言も飛び出す。
その反応になるのも当然だろう。
陽動にかかってふたり共地面に挨拶させられ、捕虜も得られずに撤退を許した。
こちらも深追いできる戦力がないのは確かだが、この結果に加えて煽るような相手の言葉。
「ったく、言ってくれる……」
しかしながら反抗の言葉を言っていい結果ではないのもわかっていた。
言い訳じみてくる気がして、ブラウン・ベスもシャルルヴィルもそれ以上悪態を突くことはなかった。
「……コラール中尉、か」
わかったのはあの相手が女であったということ、中尉と呼ばれていたその階級と、ファミリーネームと、
『良い週末を、マスケット銃たち』
──そう言ってくるほど、強かであるということだった。