士官学校にて貴銃士も通常授業に混ざってもらうという試みは、初日から頓挫することになった。
個人的には、やはりだめだったか、と思うところではある。
しかしながら、もしかしたらきちんと授業を受けてくれるのではないかと思いたい気持ちはあったので異議は唱えなかったけれど。
誰が一番問題児かというと、まぁ四名のうち三名が問題行動を取ったというのが正しい。
唯一問題を起こしていないのは十手だったが、日本産の彼は彼で、慣れない海外の学問や言語に四苦八苦しており、これではまともに授業に付いてはこれないだろうというのも別ベクトルで問題だった。
「マリー、少しいいかな」
移動中にラッセルに呼び止められた。
周囲に生徒や他の教員もいないので、ラッセルは私に敬称敬語を外した話し方をしてきた。
他の教員や生徒がいる場合は、曹長と中尉という軍事階級の立場を優先してお互いに接するが、そうでない場合は教官同士および友人というほうが優先されるのが暗黙の了解だった。
「昨日の貴銃士たちが参加した授業の件なんだが……」
「……ああ、あれね。どういった対応になる?」
「その説明のために、少し来てもらいたいんだ。会ってもらいたい人もいてね」
移動しながらラッセルが説明してくれたのは、昨日の事態を学校側は重く見たということ。
貴銃士用に特別クラスを設けて、一般生徒の座学授業とは分ける方針となったこと。
その指導のために、かつて貴銃士と交流の経験がある、かの恭遠・グランバード審議官を呼ぶことになったということだった。
「審議官が……」
「……ああ。君には思うところがあるかもしれないのだが、申し訳ない」
ラッセルは申し訳なそうにそう言ったけれど、対して私はなんてことなく笑った。
応接室に到着し、ラッセルに続いて中へ入ると来客席に座っていた人物は立ち上がった。
「お待たせして申し訳ありません、恭遠審議官」
「いえ、とんでもありません」
「改めまして、ラッセル・ブルースマイルと申します」
「マリー・コラール中尉です。はじめまして、恭遠・グランバード審議官」
恭遠・グランバード氏はどうぞよろしく、と人好きしそうな顔で笑った。
ラッセルからの説明により、グランバード氏と私で貴銃士特別クラスの座学授業と実技訓練を受け持つことになるという。
なるほど、そうでなくてはわざわざ私が呼ばれることもないわけだ。
訓練は、必要に応じて一般生徒と貴銃士合同で行ってもかまわないという。
急な決定だけど私は特に異論はなかったので、渡された資料に目を通しながら話を聞いていた。
「では、さっそくですがこのまま貴銃士たちの元へ向かいましょう。彼らは別教室に待機させています」
「ええ」
全員が席から立ったところで、私は口を開いた。
「……ミスター・グランバード、少しお伝えしたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「私の、とても個人的な話になりますが、あなたに話しておかねばならないことだと判断しました」
私が何を話そうとしているのかラッセルは察したようで、止めに入ろうとするも手をそちらへ向けて制止する。
「これからお伝えすることは、勝手ながらどうか内密にお願いしたく思います。しかし同時に、あなたに対する私からの信頼と、誠意であると受け取っていただきたい」
深刻な話であることは伝わったか、グランバード氏は少し驚いた様子ながらも神妙に頷いた。
これを伝えたからといって何かが変わるわけではない。
けれども、私は話しておかなければならない。
「ミスター・グランバード、あなたは七年前にレジスタンスとして活動しておられましたね」
その話は有名で、当然ながら私も彼と対面するまでもなく知っていた。これはただの前置きだ。
軽く息を吸い、グランバード氏を真っ直ぐに見据える。
「私は七年前、あなたの組織と敵対する側にいました」
グランバード氏は声を上げなかったが、その表情には明らかな驚きがあった。
「当時の私は、世界帝軍に所属する兵士でした。革命戦争にも、前線を張って参戦しています。古銃の貴銃士たちとも交戦しました」
自然と当時の頃が思い出された。
「あなたが、世界帝軍に……」
「革命戦争以前にも、レジスタンスと何度も交戦していましたし、取り締まりもしました」
──私は、あなたの仲間を何人も殺しているでしょう。
グランバード氏は悲しそうな表情を浮かべるけれど、黙ったままだった。
「けれど……、私はこの場において、七年前は申し訳ありませんでしたとあなたに謝罪するつもりはありません」
「中尉殿……っ!」
私の言葉に、第三者にも等しいラッセルのほうが慌てている。しかし私は言葉を止めない。
「革命戦争における勝者か敗者かは、この場の私たちにとっては関係がないと言えるでしょう。属していた組織が違えど、あの時の我々は単なる勝ち負けなどではなく、互いの正義を掲げてぶつかっていたはずです」
正義という名のエゴを互いに掲げて、その大義名分においてぶつかりあった。
人を殺した。互いに『敵』を倒していたのだ。
しかし世間的に見れば、敗者のみが悪と見られる故に勝者側の殺しは正当化されてしまうのは世の常だ。
けれど、正義の名の下に人を殺した。その事実は、勝者も敗者も関係なく負わなければならないことだ。
「あなたから見た私がどのように映るかはわかりません。しかし今の私は誓って、親世界帝派を擁護する意志も、連合軍や士官学校に害を成すつもりもありません」
そこまで言うと、グランバード氏は静かに口を開いた。
「……一つ、教えてください。中尉殿、七年前のあなたは、世界帝の独裁に賛同していたということでしょうか」
「いいえ」
質問には即答した。あまりにも即答だったためか、グランバード氏は面食らったようだ。
事実を言っただけだ。
私は、他の兵や当時の特別幹部たちに申し訳なくなるくらいには、世界帝アシュレー・サガンに対して尊敬も畏敬も抱かなかった。
『マスター』である彼が、薔薇の傷の影響で苦しんでいるということには、たしかに気の毒に思っていた。けれどそれ以上の、彼に対する忠誠と呼べるものは私にはなかったのだ。
「私は、世界帝の名の下に正義を掲げていたわけではありません。私には私の掲げる正義があったのです。世界帝軍にいたが故、結果としてあなた方レジスタンスとは敵対することになった。それだけです」
軍に入っていなければ、私とグランバード氏は共闘すらしていた可能性だってある。
私は私なりの正義を掲げているだけのこと。どこの組織にいるかどうかは、私にとって問題ではない。
今、私の正義を掲げてそれを実行できる組織が、連合軍であったというだけ。
私がいる組織と敵対する者がいるならば、それは排除の対象になるだけ。
組織も場所も、なんでもいい。しかし同時に、属するコミュニティへの裏切りは誓ってしない。
善か悪かでは、到底測れない。そんなことはとうに知っている。
『正義』などと耳障りのいい言葉を使おうとも、それはただのエゴで価値観に過ぎない。立場によっていくらでも変わる。
「私がお伝えしたいことは以上です、ミスター・グランバード。私の経歴を知っているのは一部の人間のみですが、あなたには、遅かれ早かれ話す必要があると思った次第です」
大変失礼をしました、と一礼して顔を上げると意外にも、グランバード氏は困ったような表情で、どうしたものかというように笑っていた。
「驚きました。まさか、そんな重大なことを告白されるとは思っていなかったので……」
「……恭遠審議官、念のためお伝えしておきますと、コラール中尉の経歴は理事長もご存知です。彼女が連合軍の所属である証明も正式に示すことができます」
「ええ、大丈夫です。その点は疑っていません」
ラッセルからのフォローに、眉を下げて笑うグランバード氏は小さく息を吐いて私に向き合った。
「あなたからの、私に対する信頼と誠意だとおっしゃいましたね」
彼は一瞬、思考するように目を閉じたが、すぐに私と視線が交差する。
「今の我々の間に過去の敵意はない。それで正解でしょうか、中尉」
「はい。その通りです」
互いに対する禍根はない、とは訊かないあたり、グランバード氏はわかっているのだ。
そのように訊くことはきっと、互いにとって少なからず嘘になり得るのだと。けれど私がはっきりと答えると、彼は納得したように頷いた。
「それがわかれば充分です。コラール中尉、改めて、あなたとの今後を築いていきたい所存です」
「私もです。ミスター・グランバード」
「恭遠で結構ですよ」
「そうですか、では、遠慮なく。私のこともマリーで結構です」
手を差し出せば、恭遠はまるで盟友相手であるかのようにしっかりと握手を交わしてくれる。
「これからどうぞよろしく。恭遠」
七年前にこうなれていたなら、また世界は違うほうへ変わっていたのだろうか。
そんな、考えてもどうしようもないことを、少しだけ考えていた。