おやつの時間くらい、ちょっと子供みたいに

※ペンニキはまだ不在基地。

 

食堂へ入ってみると甘い匂いがした。
それと同時に「ナマエ!」と呼ばれて反射的にそちらへ目を向ける。

椅子から立ち上がっていたシャルルが手を振っていた。
振り返すと、次は手招きをされたので呼ばれるままにそちらへ近づいた。
シャルルの周りには、ベス、スプリング、ケンタッキーが座っている。スプリングとケンタッキーは笑顔でこちらを迎えてくれる。

 

「ちょうどよかった。ナマエも一緒にどう?」

 

何かと思ったけれど、シャルルの手元を見て納得した。テーブルには、大きめのお皿から溢れそうなアップルパイがどんと乗っていたのだ。
食堂に来た時の甘い匂いの正体はこれだとすぐにわかった。そして、各々の手元には好きな飲み物が用意されており、どうやら彼らはこれからおやつを楽しむようだ。

 

「私も入っていいの?」
「もちろんっすよ!」
「シャルル兄ちゃんが作ったアップルパイ、おいしいよー!」

 

スプリングに手を引っ張られ、あれよあれよと席に着く。ベスは何も言わなかったけれど、私が座ると同時に立ち上がった。

 

「紅茶でいいか?」
「あ、うん。……いや、待って! 自分で持ってくるからいいよベス」
「いいから座ってろ」

 

そのままベスは一度厨房へ引っ込んでいく。なんだか悪いなぁと思っているとシャルルが小さくウインクしてきた。

 

「大丈夫だよナマエ。紅茶は英国紳士に任せておいて」
「はっ、イギリス野郎がカッコつけやがって」

 

頬杖をついたケンタッキーが悪態を突くが、いつものことなので私は緩く見守っておいた。
ケンタッキーとスプリングのマグカップからはコーヒーのいい香りがする。
もしかしたら私が来る前に、ベスとケンタッキーによる『コーヒーはヤンキーが飲む泥水』論争があったのかもしれない。
程なくして、ベスがマグカップを片手に戻ってきた。丁寧に差し出されたカップを受け取ると、色鮮やかな紅茶が輝いている。

 

「ありがとう、ベス」
「気にするな。その……、おまえの飲み方の好み知らなかったから、ストレートで入れたけど」
「なんだよ、しゃしゃったクセにマスターの好みも知らねえのかよ」
「なんだと……!?」
「ケンちゃんだって、マスターのコーヒーの好みとか知らないでしょ。はい、終わり!」

 

あわや喧嘩勃発かと思われたけど、パンッと手を叩いたスプリングの一言によって一瞬で終わりを告げた。
加えて、ケンタッキーは痛いところを突かれたらしく「スーちんひでえ……」と机に突っ伏す。慣れたようなスプリングとシャルルの反応に、本当に彼らは仲がいいなぁとつい口元が緩む。
ベスとケンタッキーからすれば、仲なんて良いわけがない、と言われてしまいそうだけど、なんだかんだ言ってそれなりに息が合うのだと私も知っている。

 

「よし、じゃあ気を取り直して。みんなの分切るね。ちなみにだけど、等分にする? 大きさ希望制?」

 

ナイフを持ったシャルルが私たちを見回して訊ねる。
等分が一番平等だとは思うけれど、言えば大きさ希望制もありなのだろうか。
シャルルが作ったアップルパイはとてもおいしそうで、できればいっぱい食べたいなぁなんて少し図々しいことを思ってしまった。
なんとなく言い出しづらくて黙っている間に、とりあえずと言いつつナイフが差し込まれた。さくりと焼き立てのアップルパイが音を鳴らす。
それを見て、不意に思い出された。

 

「……An apple pie, when it looks nice,」

 

とあるメロディに載せて、自然と口が言葉を紡ぎ出す。

 

「Would make one long to have a slice,」

 

私が口ずさんだことに真っ先に反応を示したのはベスだった。さすが大英帝国紳士だ。
目が合うと少し呆れたように小さく笑ったけれど、案外乗り気なのか意外にもベスは私に合わせて口を開いた。

 

「But if the taste should prove so, too,」

 

私とベスの声に、スプリングはひらめいたように笑顔を見せる。
アメリカでも幅広く伝わっているようだし、知っていても不思議ではない。私と顔を見合わせて、彼も楽しそうに口ずさみ始めた。

 

「I fear one slice would scarcely do.」

 

そしてスプリングが呼びかけるようにケンタッキーの服を引っ張り、強制的にこの流れに引き込んでいく。
ケンタッキーは渋い顔をしたけれど私を見ると苦笑しながらも口を開いた。

 

「So to prevent my asking twice,」

 

四人分の小さな合唱に、シャルルはきょとんとしてこちらを見ている。
突然始まったことに驚いただけなのだろう。
意味は理解しているのか「えー……」と困ったように眉を下げる。まぁ、一番困るのはアップルパイのカットを担当しているシャルルだろう。
まるで大きい子供が四人いるみたいだけれど、おいしいものはたくさん食べたい。そう思うのは子供も大人もきっと一緒だ。
さて、これが最後の節だ。

 

「Pray, Charleville, cut a good large slice.」

 

歌い切ってシャルルを見上げると「もう、仕方ないなぁ」とシャルルは苦笑した。
たったいま歌い上げたのは、イギリスやアメリカで伝承童謡とされている、かの有名なマザーグースの一曲だ。苦笑しながらもシャルルはアップルパイのカットを再開する。

 

「……あ、でもやっぱりだめ。みんなの分大きく切ると俺の分が小さくなる!」
「いいだろ。節制だと思えば」
「ベスくん簡単に言わないでよ。よくないよ」
「マスターが大きく切れって言ってんだから文句言うなよ」
「作ったの俺だよ!?」

 

ベスとケンタッキーからの茶々にシャルルは完全にいじられている。そんな中でスプリングは待ちきれないというように軽くテーブルを叩いた。

 

「もー、なんでもいいからシャルル兄ちゃん早く!」
「私も冗談で歌っただけだから、気にしなくていいよシャルル」

 

私の言葉にシャルルは安心したのか、ようやくアップルパイは五等分に切り分けられ、賑やかなおやつの時間は始まったのだった。

アップルパイって おいしそう
誰だって一切れ食べたくなるよ
でも本当に味がわかるためには
一切れだけじゃ足りないかも
二切れ目のおねだりをしないように
ねえシャルルヴィル 大きく切ってちょうだいね

 

(マザーグース『An Apple Pie』より)
※文中の「Charleville:シャルルヴィル」の部分は本来は「mamma:ママ」です。