ひとまずゼロのメカを探さなくてはと周囲に目を向けるとすぐに、高速で移動するそれを見つけた。
ギラティナもそれに気づいて向かう途中、ゼロのメカは周囲にある白い柱をいくつも破壊していた。あの透明な泡ほどではないにしろ、反転世界で物を壊せばそれは現実世界へ影響してしまう。
あの白い柱は、おそらく現実世界では先ほどいた場所の氷河に相当するものだ。
「まさか……!」
そのまさかが的中してしまうことを知るのに時間はかからない。
反転世界にある泡の一つには、現実世界のムゲンやヒカリ、タケシが映っていた。彼らがいる場所にある氷河が動き出している。
現実世界と反転世界は互いに支え合っているとムゲンは言っていた。これ以上ゼロの破壊行動を続けさせれば、現実世界はとんでもないことになってしまうだろうことは想像がついた。
ギラティナが接近し攻撃を仕掛けた。それはメカに直撃したが、それとは別に、電撃とエナジーボールがメカへと飛んで行った。咄嗟にその方向を見上げる。
「サトシ……!」
飛行メカに乗ったサトシにピカチュウとシェイミ、ムクホークがいた。どうやらギラティナの作った穴からこちらへ入ったらしい。
ギラティナが彼らのほうへ近づき、改めてゼロと対峙した。
ギラティナがシャドークローを仕掛けると、ゼロの乗るメカのアームがシャドークローに似たオーラを帯びた。それとぶつかり合うも、ギラティナは押し負けていく。
「ギラティナ……! ……っ!」
ぶつかり合ったあまりの衝撃に手の力が追い付かず、ギラティナから手を放してしまった。浮いた体はそのまま宙へ放り出される。
ギラティナがそれに気づいたかはわからないが、わずかにこちらに目が向いたような気がした。
今いるこの場所は、通常通りに重力が働いている場所なのだとわかった。落下速度からそれがわかってしまう。地面に叩き付けられたら一巻の終わり。
しかしそう思うもどうしようもできなかった。いずれ来るだろう衝撃を覚悟して固く目を閉じる。
しかし、次の瞬間にドスンと背中に走った衝撃は思いのほか痛くはなかった。いや、それなりには痛いのだけど。
「……あれ?」
恐る恐る目を開けると、そこには茶色く広い背中があった。
「ムクホッ」
「ムクホーク……!」
どうやらムクホークが受け止めてくれたらしかった。間一髪だ。
「いつつ……、ありがとうムクホーク」
お礼を言いつつ体勢を変えると、ムクホークは安堵したように息をついていた。
「ステラ、大丈夫か!?」
サトシの声に、大丈夫と示すように笑って頷き返す。ムクホークが上昇してサトシの所へと近づいた。
大きな音が耳に響いた。押し負けたギラティナが、氷河の柱に激突してしまっていたのだ。
その光景に驚いてしまう。言ってしまえばたかが機械なのに、どうしてそれがギラティナに押し勝つのだろう。
「なんでギラティナが負けちゃうんだ……!?」
「たぶんだけど……、それが『ギラティナの力を手に入れた』ってことなんじゃないかな」
てっきりそれは反転世界へ出入りすることだけを差しているのかと思ったが、それはおそらく違うというのが今の状況で理解できる。飛び上がったギラティナと、ゼロのメカがまた同じような攻撃をぶつけ合った。
きっとギラティナの力を手に入れたというのは、ギラティナの技をもコピーしているということなのだろう。ゼロのあのメカは、今はギラティナそのものにも等しい。
ゼロからの攻撃が直撃してしまったギラティナは岩場へと落下した。そこに止めと言わんばかりにゼロは氷河の柱に攻撃し、砕かれた氷はギラティナへ降り注ぐ。
「ギラティナ!」
「やめろゼロ!!」
飛行メカを操り、サトシはヒコザルやナエトルを繰り出しゼロへと攻撃する。
「サトシ!」
「ステラはギラティナを頼む!」
サトシの言葉に一瞬ためらうが、サトシの意志を汲んで頷き返した。
ムクホークが岩場に着地し、ギラティナへと駆け寄る。しかしどうやっても自分の力ではどうしようもできないことは一目でわかる。迷うことなくベルトからボールを取った。
「ウインディ、お願い!」
「ガウ!」
「かえんほうしゃ! ムクホーク、インファイト!」
「ムクホッ」
ボールから現れたウインディはすぐさま状況を理解し、ギラティナにのしかかる氷を解かすべく炎を放った。ムクホークもインファイトにより氷を砕いていく。
上を見上げると、乗っていた飛行メカからサトシが投げ出され、ゼロの乗るメカへと下りていた。メカのコクピットが開くと、操縦席に座るゼロが見えた。
「ゼロ! 反転世界を荒らすのはやめろ!」
「反転世界を汚しているのは現実世界だ。……見ろ、あの毒の雲を! この美しく清潔な私の世界が、どんどん汚されていく。私は反転世界を守るのだ!」
「違う! 二つの世界は支え合ってるんだ!」
確かに、現実世界で起こった何かしらの歪みを修正するために、反転世界にはあの毒の煙が発生してしまう。しかしそれが反転世界の役割であって、現実世界なくして反転世界は存在しえない。
コクピットが閉じてしまい、サトシの訴えは届かない。そしてサトシとピカチュウに、毒の煙が迫っているのが見えた。
「サトシ、ピカチュウ、息を止めて!」
「ぅ……!」
サトシたちが煙に覆われてしまったことに息が詰まるが、そこへシェイミが向かっていく。するとシェイミが吸収したのか徐々に煙が消えていき、サトシたちが無事であるのが確認できた。
同時に、泡に映っている現実世界では、氷河を止めようとポケモンたちが懸命に抵抗しているのが見えた。あろうことか、伝説のポケモンであるレジギガスがたくさんのマンムーたちを引き連れて氷河を必死に抑えている。
早く、何とかしなくては。
「ウインディ、ムクホーク、行けそう!?」
まだギラティナを氷から救い出せてはいない。ゼロのメカに対抗するにはどうしてもギラティナの力が必要だろう。しかしそれが間に合うかどうか。
今は、ゼロを攻撃して止めるよりも、これ以上ゼロを反転世界にいさせないことが一番の対抗なのかもしれない。それならば、
「サトシ、ゼロをここから出そう!」
こちらの呼びかけにサトシは一瞬考えるような表情を見せたが、すぐに何を言っているかわかってくれたようだった。
「そうか……! シェイミ、シードフレアだ! ゼロをここから追い出すんだ!」
毒の煙を吸ったシェイミのシードフレアを使えば、その絶大な威力で空間に穴を開けられる。空間に穴が開けばどうなるかはサトシやステラも先ほど経験したばかりだ。
空間ホールが開いた瞬間、あの穴は周囲にあるものを吸い込む。きっとそれで、強制的にゼロを現実世界へ出すことができるはず。今はそれしか手がない。
シードフレアを発動させまいと、アームがシェイミを捕らえようとするがピカチュウがそれを破壊する。
業を煮やしたのか、サトシたちを振り落とすことにしたようでメカが大きく動き出す。
まずい。もうあの飛行メカはない。振り落とされたらサトシはどうしようもできない。咄嗟にムクホークを飛び立たせようとしたが、ステラの背後で大きな気配が動く。
「ぁ……、ギラティナ!」
未だ氷に動きを封じられてはいたが、全く動けないわけではない。後ろを振り向くと、ギラティナは前足ともいえる部分でメカの一部を掴んでいた。
「う……っ!!」
動きが制限されたゼロのメカだったが、邪魔をするなと言わんばかりにエンジンがこちらに噴射し、激しい熱と煙に襲われる。
ウインディとムクホークが無事であることに安堵はしたが、状況は何も変わらない。それでもギラティナは決してメカを放さず、訴えるように大きく一声鳴いた。
腕で視界を守りながらなんとか口を開く。
「サトシ!」
「ああ! シェイミ、頼む!」
『わかったです!』
サトシから離れたシェイミの体が光りだす。それを阻もうと、メカの先端から炎の玉が生み出され始めた。
シードフレアができなければ、ゼロを追い出す手段はなくなってしまう。都合よく何度も毒の煙をシェイミに吸収させるなど、そんな時間の余裕もない。
これが最初で最後のチャンスだ。このチャンスは、潰させない。
「ウインディ、りゅうのはどう!」
「ガウッ!」
ウインディの放った攻撃は炎の玉へと直撃し、相殺されて爆発した。
「シェイミ……、いっけえええええええ!!」
そしてサトシの声が合図になったように、シェイミの体から爆発的な光が放たれた。
シェイミを中心とした空間には穴が開き、強い風が吹き込んでいく。
素早くウインディとムクホークをボールに戻し、ギラティナへしがみついた。自分たちもすぐに反転世界を出なければならないだろうが、今この瞬間にここを出ていくのはゼロだけでいい。
ギラティナは掴んでいるメカの一部を離さないが、その理由はすぐにわかった。サトシとピカチュウがメカの上にいるからだ。
彼らを救うようにギラティナは口から攻撃を放つ。それによりゼロのメカは押し出され、空間ホールへと吸い込まれていく。
「うわああああ!?」
「サトシ!」
サトシとピカチュウが空中に放り出される。同時にギラティナは氷から自由になり、ステラをしがみつかせたまま飛び上がった。
*
シェイミの開けた穴から飛び出してきたゼロのメカは、ポケモンたちにより氷河に縫い付けられるように氷で覆われた。
『オールシステム、ダウンします』
「ギラティナの情報を保存しろ!」
『オールシステムダウン。保存できません』
中では、インフィと呼ばれた女性知能の音声が響いた。
「私の美しい計画が、消えていく……」
システムが消える予兆のように、切れ切れにオールシステムダウンと繰り返す声にゼロは諦めたように薄らと笑った。
外では、空間ホールからの勢いに抗えなかったシェイミがランドフォルムに戻りヒカリに受け止められていた。
「シェイミ、大丈夫……!?」
『ちょっと怖かったでしゅ……!』
「サトシたちとステラは?」
『まだあっちでしゅ……』
見上げた空間ホールの後ろでは、氷河が動きを止め始めていた。