巨大な母艦に捕らえられ、ギラティナの苦しそうな呻き声が響く。
白んできた夜明けの空の美しさに、それはとても不釣り合いだった。
「あれは……俺が設計したんだ」
ムゲンの言葉には素直に驚いた。
「ギラティナの能力を、すべてマシンにコピーするために……」
「なんで、そんなことを」
サトシの問いに、ムゲンは小さく肩を落とした。
「……反転世界に自由に出入りしたかった。……だが俺は、ギラティナが犠牲になることに気付いた」
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『この計画は中止する』
『先生……? 何を言い出すんです……!?』
『我々の研究のために、ギラティナを犠牲にするわけにはいかん』
男がコンピュータを操作すると、画面からは図や文字が消えていく。データの消去だ。
『あ……! 何をするんです!』
止めに入った青年の腕を掴み、男は静かに首を横に振る。
『設計図は、すべて抹消する──』
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「……しかし、ゼロは諦めていなかった」
今の話で、先ほどゼロが言っていた言葉の意味がわかった。
──あなたの発明を、私が完成させてあげましたよ。
あれはこのことを言っていたのだ。今の話から、その時たしかに設計図は抹消されたようだが、データの復元、もしくは何らかの形でそれに準ずるデータを手に入れたのだろう。
あれがムゲンの設計したものだというのなら、かつて彼の助手をしていたゼロがそれをすることは容易だろう。
「でもムゲンさん、あれは……明らかに普通の機械じゃないですよね?」
機械に詳しいわけでもないが、いくら機械に疎くてもそれくらいはわかる。
表立って名前を聞いたことがなかったとはいえ、ギラティナは、神と呼ばれるポケモンであるディアルガと渡り合える力を持っているというのにあの巨大な機械はそれを完全に抑え込んでいる。
それに加え、ギラティナの力を完全にコピーするなどという性能がある。
「……あれが私の設計図通りなら、間もなくギラティナは……死ぬ」
「え……!?」
「そんな……!」
さっと血の気が引いていくような気がした。それを聞いたが早いか、反射的にモンスターボールを放った。翼をはためかせてムクホークが姿を現す。
「ステラ……? どこへ行く!」
「決まってます!」
能力をコピーされることが体に大きな負担になるのだろうか。詳しいことはわからないまでも、このままではギラティナが死んでしまうという。
だったらなおのこと、こんなところで悠長に見ている場合ではないではないか。あの機械を止めなくては。
今でさえギラティナはあんなにも苦しそうなのに、黙って見ているなどできるわけがない。
ムクホークの背に乗り込むと、ムクホークは力強く飛び立った。
自分の目の前で命が奪われようとしている。そんなのは、絶対に嫌だ。
ふと、かつてカントー地方にいた時のある数日間が思い出される。……嫌だ、いやだ。目の前で誰かが、死ぬなんて。
『ステラ!』
母艦へ向かって飛行している途中で名前を呼ばれ振り向くと、スカイフォルムになったシェイミが隣へ並んできた。
「シェイミ!? なんでスカイフォルムに……!」
『お花畑です!』
言われて眼下の景色を見ると、先ほどは全く気付かなかったが、下には地面いっぱいにグラシデアの花が咲き誇っていた。
「あ、じゃあ、ここが……」
『目指してた場所です!』
そして後ろから、飛行メカに乗り込んだムゲン、サトシとヒカリが追ってくるのが見えた。
「ムゲンさん……!」
「俺のせいでこんなことに……。ギラティナを死なせるわけにはいかん!」
『ギラティナを助けるです!』
母艦へ向かおうとすると、ゼロの指示が下ったのかコイルたちが迫ってくる。コイルたちをかわすが、当然後ろから追いかけてくる。
それを少し振り返りながら、ムクホークの背中をそっと撫でた。
「ムクホーク、頼んだよ」
「ムクホッ!」
追ってくるコイルたちを、ムクホークはうまく撒いてくれる。しかしながら、ムクホークではコイルたちに有効打が打てない。タイプ相性的にも、状況的にも。
このまま空中戦を行うことも不可能ではないが、それでは厳しい戦いを強いられる。
ムクホークの攻撃は、相手に直接ぶつかっていく技がほとんどだ。それにステラを乗せたままでは、仮に指示を出したとしてもムクホークはこちらを気遣い、攻撃に移ることはしないように思えた。
現状かわすことに問題はないが、ステラを乗せている分いつもの戦闘時よりスピードも落ちている。
別のモンスターボールを手に取り開く。
「トゲチック、任せていい?」
「トゲチッ!」
大きく旋回してコイルたちから距離を取りながら、赤い光線が作り出す檻へ攻撃を仕掛ける。
「ピカチュウ、10万ボルト!」
「ポッチャマ、バブルこうせん!」
「トゲチック、めざめるパワー!」
各々が放った攻撃は確かに命中したが、赤い光線が消える様子は全くない。すべて弾かれている。
「こりゃ、中に入って止めるしかないな……!」
ムゲンの言葉に再び母艦へ接近しようとする中、リーダー格であるジバコイルの相手をしていたシェイミが攻撃を受け落下していくのが見えた。
「シェイミ……!」
それを見たムクホークが方向を変え、急加速したことでシェイミを受け止めることができた。攻撃は受けたがシェイミ自身は無事なようだ。
コイルたちから距離を取り、ムゲンは飛行メカを母艦のデッキへ着地させた。ステラもムクホークから降りる。
「ムゲンさん、コイルたちは任せてください!」
サトシの言葉に同意して頷く。中に入って止めるしか方法がないが、それができるのはムゲンしかいない。その間、自分たちがコイルたちの相手をしていなくては。
「おお、すまん! タテトプス、ラスターカノン!」
扉を破り、ムゲンは中へ入っていった。あとはムゲンに任せるしかない。そして自分は、自分に任されたことをしなくてはいけない。
ステラはまた別のボールを手に取る。足場があるなら自由も利く。ここなら、
「ウインディ、出番だよ!」
「ガウッ!」
相棒に任せられる。コイルたちの相手をする上で、彼は最も適任だろう。
「ウインディ、かえんほうしゃ!」
強力な炎はコイルたちを一掃していく。
サトシとヒカリも、ヒコザルやブイゼル、エテボースにミミロルを加えて応戦している。
トゲチックとムクホークは先ほどから指示を出さずとも、自らの判断で技を繰り出している。まったく、頼れるパートナーたちだ。
ムクホークがコイルたちに追われているが、こちらと目が合う。すると一声鳴いたムクホークは方向転換し、そのままこちらへ猛スピードで向かってくる。その意図がわからないほど、ステラも伊達に彼らのトレーナーをしていない。
「ムクホーク、うまくかわしてよ? ……ウインディ、りゅうのはどう!」
ウインディとステラ、の目の前まで迫ったムクホークは、こちらをかわすようにギリギリで急上昇する。
ムクホークを追っていたコイルたちには、そのままウインディの攻撃が直撃した。うまくいった連携にポケモンたち共々、不敵に口元を上げる。
「ガウッ!」
「え……、っ!?」
ウインディが反応した方向を見ると、すぐそこにコイルたちが迫っていた。驚いている一瞬で指示が遅れた。応戦できない。
息を飲んだが、横から飛んできた電撃がコイルたちを吹き飛ばした。その爆風で足が数歩後退する。とん、と背中が何かにぶつかり足は止まる。
「大丈夫か、ステラ!」
背中から聞こえる声に安堵した。……今の電撃。
助けてくれたこの背中の主に、後ろ手に拳を出す。
「うん。ありがとう、サトシ!」
「おう!」
こつん、とサトシの拳が自分のに小さくぶつけられた。
ことバトルに関しては、彼は本当に頼りになるトレーナーだ。しかしながら、目の前で未だ苦しむギラティナに、そう楽観的にはなれなかった。
「ムゲンさん、早く……っ」
サトシがつぶやいた言葉に、思わず拳を握る。きっとムゲンは止めてくれる。自分にはそれを待っているしかできない。急かしてもどうしようもない。
だがどうしても、サトシと同じことを思わざるを得なかった。
不意に、母艦が大きく揺れた。
それまで激しく機能していたメカのあちこちが動きを止めていく。アームが外れて落下していき、赤い光線が消えた。同時にギラティナを抑え込んでいた檻も消える。
解放されたギラティナは力なく落下し、母艦の一部に引っかかった。
「止まった……?」
「……ムゲンさん、やったな!」
「ピカチュ!」
ついに機械は動きを止めたらしい。サトシやヒカリと共に喜ぼうとしたが、再度母艦が揺れる。そういえば……。
ギラティナを捕らえていた機能は停止した。それはいい。それが目的だ。だがしかし、たった今見ていた光景によれば、それまでこの母艦を飛行させる原動力となっていたであろうプロペラのような部分も動きを止めてしまっている。
何が起こっているのだろうか。わずかに浮かんだ思考を遮るように、母艦は何やら落下を始めたような気がした。
すると先ほどの扉からムゲンが戻ってくる。
「ムゲンさん!」
「やりましたね」
「ああ! ……だが、申し訳ない」
「何がですか?」
ギラティナを解放することができたというのに。尋ねると、言葉通りムゲンは申し訳なそうに頭を掻いた。
「システムだけじゃなく、エンジンとか全部止めちまった……」
「え、それって……」
「どういうことです?」
こちら問いに、ムゲンはどうしようもないと言うように苦笑しながら口を開いた。
「こいつは墜落する」
「え……」
「えええええええ!?」
サトシやヒカリとシンクロした叫びもむなしく、母艦はみるみる落下を加速させていた。