再度の対面

「サトシ、ステラ!」
「ムゲンさん!」
「ムゲンさん……?」
「昼間助けてくれた人だよ」

 

ヒカリとタケシに教えながらムゲンのところへ走っていけば、視界が180度変わり、逆さまに見えていたムゲンも通常通りになる。重力、もしくはこの世界の空間の関係だろう。

 

「ここは何度も来るところじゃないぞ?」

 

ムゲンは小さくため息をついた。

 

「しょうがない。さぁ、こっちへ」

 

ムゲンに付いて洞窟のような通路へと入り、ひとまずギラティナの攻撃から逃げることはできた。出したままだったポケモンたちをボールに戻す。

 

「助けてくれてありがとうございます、ムゲンさん」
「あんまり世話を焼かすなよ」
「不可抗力だったんですよ」

 

ステラの返しにムゲンは苦笑しながら歩き出す。

 

「あれって……」

 

通路を進み、ムゲンの背中越しに見えたのは自分たちが知っている者たちだった。

 

「先生!」
「おかえりなのニャ!」
「おう!」
「おしぼりです!」
「お飲み物です!」
「うん、ご苦労ご苦労」

 

ロケット団の三人組だった。ムサシが差し出したおしぼりを受け取った後、コジロウからコップを受け取るムゲンは何の疑問も持たずそれらを使っている。

 

「ロケット団……!?」
「なんでお前らが!」

 

サトシが食ってかかる前に、彼らはふふんと笑って見せた。

 

「あたしたち、先生に弟子入りしたの!」
「反転世界を研究してんだよ!」

 

思えば、昼間にここへ来た時にロケット団もここへ吸い込まれた。ムゲンに助けられたステラとサトシは現実世界へ戻ったが、たぶん彼らは……。

 

「現実世界に帰れなくなったから仕方な、」
「お黙りジャリガール!」

 

ムサシにすごい目で睨まれた。反応を見るに図星を突いてしまったらしい。

 

「ムゲンさん、こいつらは……!」
「なかなか役に立つ連中だぞぉ?」

 

サトシは彼らが悪い奴らだと伝えようとしたが、どうやらムゲンの下では役に立っているようで、豪快に笑うムゲンに呆気にとられてしまった。

 

『ミーはお腹すいたでしゅ』

 

そう言ったシェイミはニャースの所へ行き『なんかくれ』と要求した。案の定、生意気な奴だという認定になってしまったようだ。

 

『ミ……!?』
「シェイミ!?」

 

その時、突然現れた二匹のコイルにシェイミが捕らえられ連れていかれてしまった。慌てて後を追い外に出れば、そこには昼間に出会ったあの青年がいた。

こちらがポケモンを出すよりも早く、大量のコイルたちが全員を一人ひとりを拘束する。コイルたちに捕らえられ、地面から足が浮いた。

 

「貴様……、ゼロ……!」

 

ゼロ……? ムゲンが青年の名を呼んだ。昔、俺の助手だった男だ、とムゲンが続けた。ムゲンの助手がなぜシェイミを狙うのか。

 

「お久しぶりです、ドクター・ムゲン・グレイスランド。相変わらずですね」
「お前、どうしてここに……」
「お判りでしょう? ここを私だけのものにするためですよ」
「まだそんなことを……!」

 

ゼロの口調はあくまで丁寧だったが、高圧的な態度を隠すつもりはないようだった。

 

「ここは現実世界を支えている、大事な場所なんだ!」
「そんなことは私もわかっている。しかし、この素晴らしい世界を現実世界の人間たちは汚してばかりじゃないか」
「違う! それがこの世界の役割なんだ!」

 

あの黒い煙を見たゼロは悲しそうな目をするが、ムゲンの言葉には耳を貸さない。

 

「あいつ、シェイミと一緒にステラのことも狙ってたんです」
「なに? ステラを……?」

 

サトシがムゲンに向けた言葉を聞き、ゼロがこちらを一瞥する。

 

「その女はもう必要ない。ギラティナの浮上ポイントにいたのでマークしていたが、お前にはギラティナに直接関係することは何もないとわかった」
「そういうことか……」

 

妙な勘違いをされていたということだ。だがここまで関わっておいて、今更ギラティナやシェイミと無関係だと言うつもりはないが。

コイルたちが黒い煙の周りで回転するように動くと、煙がこちらへ向かってくる。

 

「あ、そうそう。あなたの発明を、私が完成させてあげましたよ」

 

思い出したように告げるゼロの言葉と同時に煙に囲まれる。とっさに息を止めた。この煙には毒性があると、昼間にムゲンが言っていた。

コイルに捕まった状態のまま、シェイミがこちらへ運ばれてくる。必死に息を止める自分たちを見て、シェイミは煙を吸収し始めた。ピンクの花が黒く染まっていく。それを見てゼロは「それでいい」と妖しく笑う。

シェイミに毒ガスを吸収させて、何をするの……?

 

「かわいそうなギラティナ……。ディアルガのために自分の力で現実世界に出られなくなるなんて。今、助けてやる」

 

そう言ったゼロは満足げな表情をしている。しかしながら、およそギラティナを助けるための優しさなどはそこから見出せない。
シェイミによって黒い煙は吸収され、周りからは煙が消えていく。

ディアルガの力によって、今のギラティナは自力でここから出られない。
ギラティナに捕らえられた時、ディアルガは偶然にシェイミが作り出した空間ホールから出たという。どうしてシェイミが空間ホールを作れたのか。それは、

 

「シードフレア……」

 

思考から行き着いた結論が口からこぼれた。

 

「そうか……!」

 

ムゲンも気づいたようにこちらを見る。同時に、煙を吸収し終えたシェイミは自分たちから離されていく。

 

「さぁ、シードフレアで反転世界に穴を開けろ。ギラティナを望み通り、外に出られるようにしてやれ」

 

ゼロが一人ごちるように言う中、ギラティナは大量のコイルたちにぶつかっていく。それはコイルたちを追い払っているように見えた。

 

「ムゲンさん、ギラティナは……」
「ああ、シェイミを食べる気などない」

 

肯定された言葉に、サトシたちは驚きを示した。
ゼロの言うことは一部は正しい。ギラティナはここから出たいのだ。だが、ディアルガの力により今はそれができない。だからシェイミの力を借りたかったのだろう。

あの黒い煙を吸収したシェイミのシードフレアなら、空間に穴を開けるほどの威力を誇る。だがそれは反転世界の内側から発動されなければ意味がない。

だからシェイミをここに連れてこなければならなかった。ギラティナには、悪意があってシェイミを引き込もうとしたわけではなかったのだろう。
しかし、離れているシェイミはそれをわかっていないようで、迫りくるギラティナに怯えたシェイミの体が光り始める。

 

「シェイミ……!」
『ミーーーーー!!』

 

そのまま放たれたシードフレアの威力により、離れた場所にいたにも関わらずステラたちは吹き飛ばされる。同時に、コイルたちの拘束は解けた。
そして、生み出された空間ホールには栓が外れたように勢いよく強風が吹きこんでいく。その発生源にいたシェイミはもちろん、全員その力には抗えずに地面から体が浮いた。

 

 

吸い込まれ、空間ホールから吐き出された場所は森付近の岸辺で、海を挟んだ少し先には氷河がそびえていた。

 

「シェイミ……!」

 

ヒカリがシェイミのことを抱き上げる。

 

『食べられるところだったでしゅ……!』
「ギラティナはお前を食べようとしたんじゃないんだ」
『え……?』

 

ムゲンに言われ、シェイミは困惑したようだ。

 

「反転世界から出たかったんだよ。でも自分でそれができなくて、だから、シェイミのシードフレアの力を借りたかったんだよ」

 

そう伝えてシェイミを撫でると、シェイミの目は空間の穴から出てくるギラティナに向けられた。

ギラティナが完全に現実世界へ来ると、反転世界にいた時とは異なる姿に変わっていった。重力の変化と関係があるらしいとムゲンが教えてくれた時、突如として赤い光線がギラティナを襲った。
その方向を見ると、霧の中から巨大な母艦が現れた。母艦から伸びているアーム状のメカがギラティナを捕縛してしまう。

 

「これは、ゼロ……!」

 

ギラティナが捕らえられたことを確認したゼロは、使っていた飛行メカを乗り捨てアームへと飛び乗った。

 

「ギラティナ……私はお前がこちら側に出てくるのをずっと待っていたのだ」

 

アームが母艦へ接続され、ゼロは母艦の先端にある操作位置へとついた。液晶パネルに女性人工知能の姿が映る。

 

『ギラティナは、ディアルガとの接触以前の状態に戻っています。反転世界への出入りは、すでに可能です』
「こちらに出られたことで時間のループが解けたか。……よし、インフィ、スキャニングを開始しろ」
『かしこまりました。スキャニングを開始します』

 

インフィと呼ばれた人工知能により、母艦内の画面が起動した。