※こちらと連動しているようなしていないような。 リンク先を未読でも問題ありませんが、一部の描写に違和感を感じる可能性があるのでご注意ください。
目を開いた所は、自分の知っている城と同じであって違っていた。
かつて自分が仕えた女王に酷似した現女王は、アイリーンといった。その慈愛に溢れた様は、自分の知る女王と同じだった。
そして不思議なことに、自分を解放した杖を持っていたこの少年は、主人と同じ波導を持っていた。おかしなことに。
そんな中、幼い少年と一人の少女が謁見の間に飛び込んできた。二人は非常に焦っているようだ。
ミュウが自身のポケモンと一緒に消えてしまったと聞こえた。ミュウ、という言葉に反応すると、眼鏡の少年の姿を捉えた。彼は自分を見て随分驚いたようだ。
そしてその少年の隣にいる少女を見て、やけに心臓が大きく音を立てた。
まさか、そんな馬鹿な。
少女の出で立ちは少々見覚えがあった。いや、驚くことではない……か。サトシが、自分の主人を模した服を着ているのだから、他にも当時と似たものがあったとしてもおかしくはない。
しかしつい口を開きそうになった時、サトシが少女のことをステラと呼んだ。呼ばれた少女は躊躇いなくそれに返事をする。
その少女は、ルカリオを知っている、とは言ったがそれは自分のことではないと明言された。そこで現実に引き戻された。
そうだ。今ここは自分が過ごした時代ではない。そんなわけがないのだ。だが、少女と目を合わせることはできなかった。
明日、サトシたちと共にはじまりの樹へ行くことになった。
ルカリオにとってはいろいろと整理したいことが多すぎた。
ひとり、城内を歩き大広間へ向かう。城のほとんどは自分が知っている当時のままだった。
少し違うのは、主人の肖像画が飾られているということ
『……っ!』
「うわっ!?」
後ろに気配を感じて高く跳躍し、視界に入った相手を抑え込んだ。
あっけなく組み伏せられたのはステラで、彼女はただもがくだけだ。その姿に、異常なほど違和感が湧き上がる。
……なぜ解かない。ステラを放して立ち上がった。妙にむしゃくしゃする。
『お前はあの程度の組み手も対処できないのか?』
あの程度で。振りほどいて反撃することもしなかった。
「あの程度って……。だって突然飛びかかられるとは思わないか、ら……、っ!?」
立ち上がった少女の首に勢い良く腕を向ける。当てる寸前で止めたが、彼女は受けることもかわすこともしなかった。できなかった、と言うほうが正しいのだろう。
「わ、たし、何かした?」
あの程度の組み手を解くこともできない。ルカリオに当てる気はなかったとはいえ、今の一撃を防ぐこともできない。反応が遅い。情けなく一歩後退するだけ。
さっき組み伏せたときに思ったが、ステラはまだ体ができていなかった。
顔立ちも背格好もこの少女は幼い。なんて、弱い。自分の身も守れない非力な奴だ。そう言おうと思ったが、口を閉じた。
ステラにとってガーディは「友達」だと言う。主従ではなく友達だと。その会話はどこか聞いたことがあるもので、余計に混乱しそうだった。
―――――
間欠泉が治まるまで温泉に入るという、人間の心理は理解しがたい。普通に待つのでは何か不都合でもあるのだろうか。
温泉の匂いは覚えがあった。修行の途中で、主人らと共に温泉へ足を浸けたかつての記憶。
「おーいルカリオー! お前も入れよー、気持ちいいぞー!」
「気持ちいいよー!」
思考を切ってきた声のほうへ目を向けると、自然とステラが映った。目を合わせていようとは思えず、そのまま目を逸らす。
彼らの呼びかけには答えず、ルカリオはその場から離れた。
その日の夜も、相変わらずサトシやステラたちと共にいることはしない。自分はアイリーン女王が望んだから案内しているだけだ。必要以上に関わる理由はない。
──ピカチュウは俺を信じてくれてるし、俺もピカチュウを信じてる。
そう言ったサトシの言葉が聞こえて、また記憶の引き出しが開く。その思い出を綺麗なものとして思い出せたら、どれだけよかっただろう。
だが、今のルカリオにはそれは綺麗なものではなく、ただの「綺麗事」にしか思えない。
『何が信じているだ!』
思わず発したその言葉を皮切りに、サトシと口論になった。
『ピカチュウやガーディのほうが、お前たちのような愚かな主人に嫌気が差して、逃げ出したのかもしれない』
サトシのように「信じている」などと簡単に言うような主人から。
ステラのように、自分の身すらも守れないような、強さを持たない主人から。
ルカリオが知っている者たちならばそうはならないと思うが。目の前のこの子らはあまりにも安直だ。自分が知る者たちと同じものを求めることすら間違っている。
「なんだと!?」
サトシに掴みかかられて、土手を転がり川へ落ちた。
口と根性だけはいっちょまえか……! サトシを投げ飛ばし、高く跳躍して川から土手へ上がる。
「信じている」など、口では何とでも言える。それが腹立たしかった。
「待ってルカリオ!」
ルカリオを追って手を伸ばしてきた少女の姿に、ぎくりとした。
──ルカリオ。
自分に向かって笑顔を向ける、とある人の姿が映し出される。そんな気がした。
こっちに来るな。私を呼ぶな。手を伸ばすな。
お前は……──お前は違う、やめろ。
ルカリオも手を伸ばした。
『触るな!』
ただし、彼女の手を取るためではなく。
大きな音を立てて少女の手にぶつかったのは、まぎれもなく自分の手だ。
一瞬で歪んだ彼女の表情に、我に返った。自分は今何をした。それに気づいたルカリオには、ただ走り去るしかできなかった
「ぁ……ルカリオ!」
自分を呼ぶその声は、必死に聞こえないふりをした。