危機と真実

主人が、いなくなってしまった。
ステラが溶け込むようにして消えた地面を叩くが、自分の手が痛くなるだけで何も起こらなかった。

 

「ワウ……、ワウ……ッ!」

 

名前を呼んでも、ガーディの声がそこに響くだけで返事もない。

 

『ステラ……、サトシ』

 

ルカリオも呆然と立ち尽くしている。彼の手は、さっきわずかに主人の指先に触れただけだった。

ピカチュウやサトシのポケモンたちは涙を流していた。口に何かしょっぱい味がして、自分も泣いているのだとガーディは気づいた。ムウマもグレイシアもトゲチックも。ムクホークは涙を耐えるように俯いている。
自分たちの大切な主人がいなくなり、悲しくならないポケモンなどいない。

 

「ミュー?」
「ワウッ……」

 

残されたサトシの帽子を拾ったミュウは目を細めた。
目を閉じたミュウの体が発光し始めた。ミュウは結晶の一つへ触れる。青色の結晶が緑色に輝き始めて、地面から何かが湧き上がってくる。

湧き上がってきた物体が消えると、そこにはステラが座り込んでいた。

 

 

目を開ければ、自分が呑み込まれる前と同じ場所にいた。
目の前にはガーディを始めとしたポケモンたちがいて、歓喜の声と共に全員が飛びついてきた。サトシもキッドもそれぞれのポケモンたちと抱き合っている。

 

「あ、れ? なんで……?」

 

全員を受け止めながらも疑問符を浮かべてしまう。
レジスチル、レジアイス、レジロックも互いに何度か体の点を点滅させ合うと、こちらを襲うことなく横穴へ姿を消した。
よくわからない。でも今は、みんなとまた触れ合えていることが嬉しくてたまらない。腕にいるポケモンたちを力いっぱい抱きしめた。

どうやらミュウが、人間はバイキンではないと樹に教えてくれたらしい。ひとまずポケモンたちをボールへ戻すが、ガーディはそれを拒否した。

 

「入らないの?」
『お前といたいに決まってるだろう』

 

近付いたルカリオの言葉にガーディは頷く。ルカリオが手を伸ばしてきた。

 

「ありがとう」

 

伸ばされた手に甘えさせてもらう。ルカリオが引っ張る力に任せて立ち上がる。やっとルカリオに手が触れた。
拒否されたわけじゃない。届かなかったわけでもない。今度は、ちゃんと。掴んでいるルカリオの手を、少しだけ力を込めて握った。

 

「この世界のはじまりの樹とミュウは、お互いの力を分かち合う共生関係にあるのね」

 

キッドの言葉に、太陽の光を浴びて輝く結晶を見上げる。

 

「……ん?」

 

青い結晶が一瞬嫌な赤色に染まったような気がした。

 

「ミュウっ?」

 

サトシに帽子を渡そうとしたミュウが、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
キッドが抱き上げると、どうやらミュウは発熱しているようだ。それと同時に周囲の結晶は赤く染まり、黒に変色して崩れていく。

キッドにバンクスからの通信が入った。
急激な免疫活動により、はじまりの樹のエネルギーの流れに乱れが発生したらしい。このままエネルギーの流れが止まると、はじまりの樹が崩壊するという。

 

「そんな……!」

 

そんなことになったら、この下にある空間のポケモンたちが死んでしまう。

 

「ミュ……」

 

キッドの腕から離れたミュウは、付いて来いと言うように通路へ飛んで行く。それを追いかけた。

着いた先は、異常なほどに赤く染まった空間だった。およそはじまりの樹にはふさわしくないほど。中央の巨大な光の柱も、その異常さを物語っている。
ふらりと落下するミュウをキッドが受け止めた。

 

『……っ!』
「ルカリオ?」

 

不意にルカリオが結晶の塊に駆け寄った。そこには青いグローブが引っ掛けられている。

 

『まさか……』

 

ルカリオが目の前の大きな結晶へ手をかざすと、その中に何があるのかが見えた。
人だ。どくり、と心臓が脈打った。

 

『アーロン様……!』
「え……!?」

 

アーロンを見たのは、ここに来る少し前だった。ルカリオを杖に封印したあの映像は目に焼き付いている。
ここにアーロンがいるということは、ルカリオを封印した後にはじまりの樹へ来たということだ。

アーロンがここにいる。
そしておそらくここははじまりの樹の心臓部で、伝説のとおりアーロンが戦争を止めたというなら、ルカリオを封印した理由は──。

中央の結晶へ近づくサトシがしゃがみこんだ。そこにあるのは時間の花だ。サトシが手を触れると、花が開いた。

 

『出てきてくれ、ミュウ!』
「……これは!」
「ワウ…!?」

 

花の投影した映像に現れたのはアーロンだった。
アーロンの呼びかけに答えるように、何かの鳴き声がする。上に空いていた穴にいたのはホウオウだ。
だが、ホウオウの体が光るとその姿はミュウへと変わり、ミュウはアーロンの傍へと飛んできた。

 

『ミュウ、お前がこの樹と一つだということはわかっている。……頼む、お前の力を貸してくれ』

 

ミュウが頷くとアーロンは手をかざした。

 

『波導は我にあり! ……私の波導を、受け取れ!』

 

アーロンの右手から伝わる波導はミュウへと流れ込んでいく。
それがよくわかるように、アーロンの体には電気のように衝撃が走る。ミュウを包み大きくなった光は弾け、同時に時間の花は閉じた。

ガーディとピカチュウは不思議そうに辺りを見回す。

 

「アーロンは自分の命と引き換えにして戦いを止めた……、真実はこういうことだったのね…」

 

キッドの出した結論を黙って聞いていた。
伝説は間違っていなかった。ルカリオの言うことも間違っていなかった。どちらも正しかったのだ。
項垂れるルカリオにミュウが近づいた。

 

「ミュー、ミュミュミュー……」
『自分の力を、今度はこの樹のために使うというのか……?』
「ミューミュー」

 

その間にも、はじまりの樹はどんどん崩壊へ向かっていた。天井の結晶が次々と崩れていく。

 

『よし、私が、』
「ルカリオ!? そんなことしたら……!」

 

ミュウの力を使うには、波導をミュウに送らなくてはならないのは違いない。だがそれをすれば、恐らくここにいるアーロンのように、同じ道を辿ってしまう。

 

『わかっている』

 

ルカリオはステラへ頷いた。
今まで散々逸らしてきたのに。どうしてこんな時に限って、彼は真っ直ぐに自分を見るんだろう。