君との約束

翌日になり再び車を走らせると、もうかなりはじまりの樹へ近づいていた。
やっと近くまで来れた、と思っていると車が急停止した。ステラがフロントガラスを覗くと、先導していたルカリオが立ち止まっている。

 

「ルカリオ、どうしたんだ?」

 

全員が車から降りる。ルカリオは崖の上を見つめていた。

 

『ここで私は、封印された……』
「え……」

 

サトシの問いに答えるようにルカリオは呟いた。ここで……?

 

『なぜですか……!』

 

彼にとっては嫌な思い出に違いないのだろう。苦悩するルカリオが手をついて頭垂れると、すぐ傍に咲いていた時間の花が開いた。

 

「え……?」

 

まさか。
花が開いて、空間が広がるような不思議な感覚に襲われる。
そして映し出されたそこには──崖の上に立つ人物がルカリオへ向けて杖を投げていた。その人物は、城の肖像画に描かれていたアーロンその人であった。

地面に突き刺さった杖から光が放たれ、ルカリオが杖へ封印されていく。その光景がステラの目に焼き付いた。
まさか時の奇跡とは、何百年も前のことですら無期限に記録しているというのか。
連動するように新たな時間の花が開いた。

 

「えっ!?」

 

大きな音がしてそちらを見ると、鎧を身に付けた多くのポケモンたちが押し寄せ、自分たちの目の前を通過していく。
マサトは悲鳴を上げてハルカへしがみついた。ステラの体は硬直する。
時間の花が記録したものだと直感でわかっていた。それでも怖い。怖い、逃げろ、と本能が告げるほどにそれは生々しく自分たちの前にある。

 

「うわっ!?」
「ルカリオ!?」

 

突然ルカリオが放った攻撃を、サトシと間一髪でかわした。はどうだん……!?
立て続けに放たれる攻撃は狙ったものではないとすぐにわかった。──錯乱している。

 

「ルカリオ!」
「やめろルカリオ! これは本物じゃない!」

 

サトシの声に、正気を取り戻したのか我に返ったルカリオは攻撃を止めた。
同時に時間の花は閉じ、目の前は何の変哲もない景色へ戻った。武装したポケモンたちの姿は消え、恐怖に包まれるような雰囲気すらもなくなった。ただコスモスの花が揺れているだけだ。

ルカリオは何も言わずに走り出し、サトシはそれを追いかけて行った。

 

「怖かったぁ……」

 

マサトを抱きしめていたハルカが呟いた。全員が同じことを思ったはずだ。

 

「ここは昔、戦場だったんだ……。……ルカリオが言ってたこと、本当だったな」
「伝説が、間違っていたってことかしら……」
「そんな……! 違う!」

 

タケシとキッドの言葉に反射で上がった自分の声は思いの外大きかった。みんなの視線が向けられて決まり悪く顔を伏せる。
何が、違うんだろう。たった今、目の前でその光景を見たばかりだ。タケシの言うように、ルカリオの言っていたことは本当だった。

きっと何かの間違いだと。きっとそんなはずはないとどこかで思っていた。
そんな期待は裏切られ、アーロンはルカリオを封印していた。だが──

 

「違うよ……」

 

喉が熱くなった。……嫌だな、駄々をこねる子供みたいで。
自分は彼らのことなど何も知らない。口など出せようはずもない。でもどうしても認めたくないのだ。違うと思いたい。ざわざわと沸き立つ感情をせき止めて、サトシを追いかけた。

 

「ごめん……っ」

 

サトシの謝罪が聞こえて足を止める。ルカリオに昨日のことを謝っているのだ。サトシの震えた声を聞いて、ステラの涙腺も緩みそうになる。
つらいのはルカリオだ。自分のことのように泣くな。言い聞かせながら歩み寄ると、ルカリオはこちらに向き直る。

 

『サトシ、お前は絶対にピカチュウを捨てるなよ。ステラ、お前もだ』
「……当たり前だよ。ね、サトシ」

 

自分の目線よりも、少し低いサトシの頭をぽんぽんと叩く。
泣くのを見られるのは不本意と思われているかもしれないが、年上として慰めるくらいは許されて欲しい。

 

「ああ……っ、わかってる」

 

サトシは答えながら涙を拭った。
ルカリオの言葉は、その苦痛も絶望もわかっているからこそ、ピカチュウやガーディを自分と同じ目には遭わせるなという意味だ。
時と場合によってはガーディらを捨てる決断をすると、昨日言ったことは曲げるつもりはないが、

 

「約束するよ、わたし」

 

今さら言われるまでもないことだが、今ここでルカリオに約束しよう。それ以外の理由でポケモンたちを捨てるなんてことは、絶対にしないと。
ステラの返事にルカリオは頷いた。昨日までと違い、自分たちの中で何かが変わった。そのことに対して少しだけ安堵すると、不意にルカリオが頭の房を広げた。

 

「……ルカリオ、どうしたの?」

 

ステラの質問には答えず、ルカリオは来た道を走り出した。ただならぬ雰囲気にサトシ共に後を追う。
タケシやハルカたちの所へ戻るとルカリオは足を止めたが、その空気は張り詰めている。

 

「ねぇルカリオ、」
「おい、どうしたんだよ!」

 

ルカリオが目を開け、ゆっくりとこちらを向きかけてから、

 

「うわっ!?」

 

一瞬で抱え込むように押し倒された。
急に何がと思う前に、先ほどまで自分たちがいた場所から何かが飛び出したのだとわかった。その正体を見て目を見張る。

 

「……レジロック!?」

 

突如現れた伝説のポケモンは、キッドの車をいとも簡単に持ち上げ投げ飛ばした。
伝説のポケモンとの遭遇に感動する間も無く、レジロックははかいこうせんを放ってくる。みんなこっち! とキッドが崖の隙間の通路へ入っていく。
ルカリオが二発目のはかいこうせんを迎え撃った。

 

『行くぞ!』
「あ、うん……!」

 

ルカリオの声に促され、ステラも走って通路に入り込んだ。
そこから横穴へ入り、暗い通路をルカリオに先導されながら歩く。幸い、レジロックを撒くことができたようだ。

 

「どうして、レジロックが攻撃してきたんだ……?」
『近付くなと言っていた』
「警告?」
『世界のはじまりの樹を、侵入者から守っているのかもしれない』
「わたしたちは侵入者か……」

 

思わず顔をしかめた。はじまりの樹に害をなすつもりはないが、レジロックからはそう見えるのか。
外部の侵入者を退けるのならば、そうするだけの何かがはじまりの樹にはある。同時に、ここは人間の干渉を受けていないということだ。

だが行かなくてはいけないのだ。自分が何のために来たかを改めて思い、俯いていた顔を上げてみんなへ続いた。