間欠泉を抜けた少し先で今日はキャンプをすることになった。相変わらずルカリオはこちらに入ろうとはせず、少し離れた場所にいる。
火を囲みながら、なんとなくこれまでの旅の思い出話になった。
「ピカチュウって、俺と最初に会った時は今とは違ってたんだ。全然なついてくれなくて、あいつの電撃を何発喰らったか……」
「へえ、意外だね。今はあんなに仲良しなのに」
「うん、まあね」
実際ステラがバトル大会でサトシとぶつかった時、サトシとピカチュウはとても息が合っていた。全然なついてくれなかったというのは驚く。
どうやって仲良くなったの? とキッドに訊かれ、ハルカとマサトもそれに便乗した。
「ぼくも、サトシとピカチュウがどうやって仲良くなったのか聞きたい」
マサトはまだポケモンを持てる年齢ではないので、トレーナーとそのパートナーポケモンの交流に興味を持っているのかもしれない。サトシは話を続けた。
「旅立ちの日に、オニスズメの群れに襲われてそれを二人で切り抜けたのが、友達になったきっかけだったんだ」
「へえ~」
「そんなことがあったの」
マサトとハルカの言葉にサトシは頷く。
「それからピカチュウは俺を信じてくれてるし、俺もピカチュウを信じてる」
「すごく素敵だね、それ」
ステラが素直な感想を言うと、サトシは少し照れ臭そうに笑った。自分も同じだった。
サトシと同じように、わたしはガーディを信じてる。改まって訊いたことはないが、ガーディも同じように思ってくれているだろうかとぼんやり考えた。
「ステラとガーディはどうやって出会ったんだ?」
「わたし? わたしたちはね、」
*
昨日と今日だけで、ルカリオにとって多くのことが思い出された。
主人と共に城で過ごしていた頃のこと。
今は、自分が生きたあの頃の時代ではないとわかってはいた。
しかしどうしても、ひとつの場所で、ひとつの出来事で、思い出されてしまうことが多過ぎる。
だが、どれだけ思い出が綺麗なものであったとしても、その全てをぶち壊してしまうほどの出来事が先頭に立ってくる。それだけで全てが台無しになり、それがルカリオの鬼門だ。
それなのに。それなのに、当の主人は現代では勇者として伝説に残っているという。
一体どういうことだ……。あの方が戦争を止めただと? なぜそんなことになっている。
「それからピカチュウは俺を信じてくれてるし、俺もピカチュウを信じてる」
サトシの声が思考を切ってきた。その言葉でまた思い出す。
初めて本格的に波導の修業を行った時のことだった。振り子のように取り付けた丸太を目隠しした状態でかわす。その手本を見せてから、お前ならできるはずだ、と主人は言った。
──信じているぞ、ルカリオ。
上手くできる自信にあふれていたわけではない。不安だってあった。しかしその一言が大きく自信につながった。信じている、と。自分も主人に対してそう思っていたのに。
「わたし? わたしたちはね、」
だが、あの方は、私を……っ、
『何が信じているだ!』
*
サトシに話を振られてステラが口を開くと、突然ルカリオが大きく声を上げた。驚いて肩がすくむ。
「……ルカリオ?」
『人は信用できない』
「……っ、ちょっと待てよ!」
ルカリオは吐き捨てるようにそう言って歩き出す。ルカリオを追いかけたサトシは彼の前に回り込んだ。
「俺のことを言ったのか?」
『お前も都合が悪くなれば、ピカチュウを捨てるかもしれない』
「俺は絶対にピカチュウを捨てたりはしない!」
『……わかるものか』
サトシとは対照的に、ルカリオは静かに横を通り過ぎる。それが癇に障ったようにサトシは声を荒げた。
「だいたい伝説で勇者って呼ばれるようになる人が、そんな簡単に自分のポケモンを捨てるわけないんだ! お前がデタラメを言ってるだけなんだろ!?」
『……何?』
ルカリオの声が低くなった。振り向いたその視線は今まで以上に鋭い。
「サトシ……!」
「やめなさいよ!」
「だってこいつがっ、」
『ピカチュウやガーディのほうが、お前たちのような愚かな主人に嫌気が差して、逃げ出したのかもしれない』
「……そんなっ……!」
「なんだと!?」
ルカリオの一瞥に、ステラの背筋が震えた。
逃げ出したわけがない。自分の目の前からガーディが消えた時のあれは、きっとミュウの力で、ガーディが望んでそれをしたなんてことは思いたくない。そんなことはないと、断言したい。
自分とピカチュウのことを否定され我慢の限界が来たのか、サトシはルカリオに掴みかかった。そのまま二人は土手を転がって川へ落ちる。
「サトシ!」
「やめろよ!」
ハルカやタケシが制止しながら土手を下りる。
水中での取っ組み合いは長くは続かず、サトシを投げ飛ばしたルカリオは高い跳躍で川から土手の上まで戻った。
「待ってルカリオ!」
ステラはルカリオを追いかけて思わず手を伸ばした。
『触るな!』
ルカリオからも手を伸ばされた。だがそれは怒気を強めた叫びと共に、強かにステラの手を打った。
「い……っ!」
“振り払う”を通り越した力に、手首が熱さと痛みを運んでくる。
『ぁ……、……っ!』
「あ……ルカリオ!」
ルカリオは振り返らずに、足を速めて森に姿を消した。
「とにかく冷やさないとね」
「……ありがとうございます」
赤みと共に腫れが懸念されたので、キッドがステラの手首に氷のうを当てる。
思いの外ルカリオの力が強かったというのは、見ただけのキッドやタケシにも伝わっていたらしい。
「ステラ、大丈夫か?」
「うん、平気。さすが、伝説の時代を生きたポケモンの力は強いね」
「ステラちゃんったら……」
冗談めかした言い方にタケシとキッドは苦笑する。
サトシも頭が冷えただろうか。ハルカと一緒に車のほうへいるはずだが、ここはハルカに任せておいたほうがいいだろう。
ルカリオの言葉に自分はショックを受けているのか、払われた手が痛かったからなのか、ルカリオから明確に拒絶されている態度が悲しいのか。
どれが正解なのかわからないままステラがため息を吐くと、マサトがどこかへ向かうのが見えた。
「マサト、どこ行くんだ?」
「ちょっとルカリオのところに行こうかと思って」
「あ……、待ってマサトくん! わたしも行く。キッドさん、これありがとうございました」
「え、でもまだ、」
当てたばかりの氷のうを手首から外してキッドへ渡す。お礼もそこそこに立ち上がりマサトへ付いて歩いた。
「ステラさん、大丈夫……?」
「うん、大丈夫だよ」
痛みはするが、決してルカリオを責める気にはなれなかった。
意図してやったわけではないとわかっている。仮に意図的だったとしてもだ。さっき、どうしてあんなに悲痛な表情をしたのか。
ああでも、行ってどうしたらいいんだろう。
マサトに付いて来たはいいが、ルカリオと顔を合わせてどうすればいいのかを考えていなかった。